□湿ったサンドイッチ 1/3□



 最近、二人きりで学生会室にいると、平常心が一時間も持たなくなってる。
 もちろん、我慢がきかない俺の状態に中嶋さんが気付かないわけがない。殆どの場合は完全に無視されるけれど、たまに誘うように口元に笑みを浮かべられると、止まらなくなる。
 視線だけで昂ぶっていく俺が、いつ我慢できなくなるか。
 中嶋さんは罠など張らない。ただ見つめるだけで俺を捕えることができるから、その必要がないんだ。
 椅子に座る中嶋さんに近づき、唇を近づける。
「……しても、いい、ですか……」
「何を」
 わかっていて、いつも問いかけてくる。言いよどむ俺を楽しんでる。キスさえ許可をもらえないと触れられない。はじめからそう躾られてしまった。
「……キス、……です」
 肯定するように瞳が伏せられて、俺は震える両手で冷たい頬を覆い、唇を塞ぐ。すぐに溢れる唾液が中嶋さんの唇を濡らしていく。自分から動こうとせず、俺のつたないキスに身を任せてくれるだけで、ひどく興奮してくる。
「……ん……、ん、ぅ……」
 歯列をわり、上顎をなぞり、中嶋さんの舌を舐める。動いてほしくて何度も突いていると、頭を掴まれ押さえつけられた。とたん肉厚の舌が絡みついてきて、強い刺激に腰が抜けそうになる。
 いつものように、俺は椅子に座る中嶋さんの上に跨った。抱きついて、腰を中嶋さんの腹に押しつけながら、無我夢中で唇を貪る。
 腰に手を回されただけで、硬い筋肉で覆われた中嶋さんの太股が尻に当たるだけで、下着の中が濡れていくのを感じる。
「なか、じまさん……、お願いだから……最後までして……」
「またここでか?」
 ここで止められてしまえば、気が狂ってしまう。最後まですると約束してほしくて、中嶋さんの首にしがみつく。
「寮に帰るまで我慢できないのか」
「も、持たない、です……っ、……ゃあ……」
 ズボンを突き上げているあそこを指先でなぞられて仰け反った。裏筋のあたりを往復されて、腰を揺らしてしまう。あそこへの突然の刺激に、目尻に涙が浮かんだ。
 ジッパーを下ろされて、隠す間もなくあそこが外に飛び出すのがたまらなく恥ずかしい。手を掴まれ、無理矢理自分のソコを握らされる。
 熱を帯びて、じっとりと湿った自分のあそこは硬く、先端がぬめっている。
「見ててやるから自分でしろ」
「また、こんなの……いやだ……っ」
「やれたら最後までしてやる」
 そう言われてしまえば、抵抗も何も出来なくなる。入れてくれるなら、どれだけ恥ずかしいことも我慢できるようになってしまった。
 前を弄られるより、後ろに入れられるほうが感じてしまう。
 それだけじゃない。俺を抱いて、射精する中嶋さんの顔を見ることができるなら、どんなことでも出来る。
 苦痛を感じたように寄せられた眉と、熱を帯びた目元。あの表情を見れるのは、ここにいる俺だけだ。
 過去には誰かいただろうけど、今、この学園で見られるのは絶対に俺だけだ。
「……ぁ……あ……」
 中嶋さんの上に跨ったまま、ソコを握る手を動かした。すぐに先端から滲むものが竿じゅうに行き渡り、ぬちぬちと小さな音をたてる。いやらしい匂いもしてきて、恥ずかしくてたまらない。
 制服を着ている俺と中嶋さんの間で、肉色の性器だけが覗く様はいっそう卑猥に映る。
 楽しげな視線に晒されながら、ソコが天を仰ぎ、絶え間なく濡れ続ける。
「な、かじまさ……っ、なかじま、さん……っ」
 名前を呼ぶだけで、びくびくと痙攣する。中嶋さんが机の上からティッシュを一枚取り出すと、カリ全体を包まれた。すぐにティッシュは白から半透明に変化してカリにまとわりつく。
「ぁ、ぁ……っ」
 射精が近い。がむしゃらに扱き、腰を揺らしていたその時だった。
 学生会室のドアが開く無機質な音が、部屋中に響き渡る。
 振り返ったその先に、目を見開いて俺達を見つめる大柄の生徒が立っていた。とっさの出来事に身動きが出来ない。現実感のない光景――受け止められるはずがない。
 長い沈黙は、王様の足音によって破られた。無言で学生会室の中に入り、俺達の方に近づいてくる。机の上に放られた鞄を掴むと、すぐにドアの方に歩き出した。
「鞄を取りに来ただけだ、邪魔して悪かったな」
 部屋を出る直前に、一度だけ振り向いて俺達を見つめて、そう告げた。
「……太、啓太」
 それから、どれだけの間動けなかったんだろう。頬を何度も叩かれる感触にようやく我に返り、中嶋さんを見つめる。
「……どうしよう、中嶋さん、どうしよう……っ」
 口に出したとたん、全身が震え始める。急速に体温が下がっていくのがわかる。
 見られたのだ。俺達の行為を王様に見られたのだ――
「中嶋さん……!」
「落ち着け、どうせいつかはバレるんだ」
「違う、違う……っ」
 中嶋さんの身体を掴む手が戦慄いているのは、驚いたからだけじゃなかった。
 中嶋さんは気付かなかったはずだ。視線は俺だけに向けられていたからだ。
 笑っていた。
 口元を歪めて、その目が一瞬、蔑むように笑ったんだ。


 その晩は、殆ど一睡もできなかった。
 これからどうやって顔を合わせればいいのか、正面から王様を見れるのか。中嶋さんは「普段通りにしてろ」と言ったけれど、できる自信なんてこれっぽっちもない。
 最後に見せた王様の表情が脳裏に焼き付いて、離れない。
「そんなわけがない、よな……」
 中嶋さんに訴えても、「気のせいだ」と言ってちっとも聞いてくれなかった。その話題に触れようともしない。
 王様の事をよく知る中嶋さんがそう言うんだ。やはり俺の勘違いだったんだろうか。
 そうだ。きっと行為を見られたショックが大きすぎて、そう見えただけなんだ。
 よく考えてみると、王様は気まずい雰囲気にならないよう、逃げ出したり罵倒を浴びせたりもせずに出ていってくれた。恥をかいたのは俺だけど、もっと気まずい気持ちになっているのはきっと王様の方だ。
 身近にいる中嶋さんと俺が、セックスをする関係だなんて知りたくなかったはずだ。特に親友ともいえる中嶋さんの秘密を知って、ショックを受けているに違いない。
 巻き込んでしまったのは自分だ。見られて恥ずかしいと思うより、中嶋さんに申し訳ないという気持ちの方が強かった。
 次の日、俺は朝食をとらずに学校へと向かった。食堂で王様と顔を合わせたくなかったし、食欲もなかったからだ。
 学生会室にも行けるはずがなかった。
 しばらく、三年生の教室にも近づけない日々が続いた。
 怖かった。次会ったとき、王様が何を俺に言ってくるのか。
 ――俺なんかと付き合うなと、王様が中嶋さんに言っているかもしれない。
 学園内にいれば、絶対に顔を合わせる。避け続けられるはずがない。どれだけ逃げても不安が取り除かれるわけがない。
 わかってる。
 昼食も売店のもので済ませて、一人中庭のベンチに座って食べていると、誰かの影で視界が暗くなる。
 見上げると、中嶋さんが目の前に立っていた。
 王様を避けることで、中嶋さんとも離れている日々が続いていたから、二人きりで顔を合わせるのはあの日以来だった。
「今日は学生会に来い」
 俯いたままでいると、中嶋さんが俺の隣に座る。
「……あいつが気にしてるぞ」
 王様の事だ。身体がびくつかせる俺を中嶋さんが見つめている。この数日の間に、中嶋さんは王様に事情を話したんだろうか。まだ聞ける勇気はなかった。
「あれの性格を知ってるだろう。がさつだが非道いことをする奴じゃない。信じてやれ」
「……でも……」
「とにかく今日は来るんだ」
 きつい物言いに何も言い返せないでいると、用件をすべて言い終えたのか、立ち上がりあっという間に去っていった。
 その背中に、俺の立場を気遣う様子は微塵も感じられない。その事に少し胸が痛む。
 だけど。
 どこか強ばった表情をしていたように見えたのは、気のせいだろうか。


 放課後、勇気を振り絞って学生会室のドアを開けると、開けた窓の前で煙草を吸う二人がすぐ視界に入ってきた。
 二人というのは、中嶋さんともう一人、王様だ。
「近づくな鬱陶しい」
「お前……今更だろうが」
 煙草の火をもらいあっているのか、楽しげに笑う二人をしばらく呆けたまま見つめていると、王様が俺を見つけて俺に笑いかける。
「よお、啓太」
 その笑顔は普段と全く変わらない。いつもと違うのは、王様が煙草を吸っていることぐらいだ。
 どんな顔で会えばいいのかと散々悩み、身構えていたのに、いきなり肩すかしをくらった気分になる。
「なんだ、俺が煙草吸ってるのがそんなにおかしいか?」
 いたずらがバレた時の子供のように無邪気に笑われて、身体から急速に力が抜けていく。
「い、いえ……そんなことは、ないです」
 王様がいつもと同じなら、俺も普段通りに接するべきだ。例えぎこちなく見えたとしてもだ。瞬時にそう判断し笑い返す。
「じゃあ、啓太も来たことだし……俺はちょっと会計部に顔見せてくるわ」
「用事もないのにか」
「た、たまにはあるんだよ」
 口ごもっているところを見ると、やはりさぼる口実らしい。あまり仕事が忙しくない時期もあって、中嶋さんはそれ以上追求せず王様が部屋から出ていくのを見守る。
 俺とすれ違おうとしたその時、笑顔の王様と目が合った。
 その目は明るい光だけを宿している。
 やっぱり。あの時は俺が後ろめたい気持ちでいたからそう見えたんだ。
「よく来たな」
 王様が出ていった後、中嶋さんが煙草を消しながら少し笑う。いつもより、力がないようその笑みが少し気になる。
「……王様って、煙草吸うんですね」
「ああ、あいつは俺といる時しか吸わないらしいがな」
 俺に書類を渡し、少し出てくると言い残して中嶋さんが部屋を出ていく。
 ゆっくりと椅子に座り、ひとり書類をめくる。紙の音だけが部屋に響きわたる。
 いくら書類を開いてみても、仕事に集中する気力など沸いてはこない。中嶋さんもそれをわかっているんだろう、この書類をどう処理すればいいか何も言っていかなかった。
 中嶋さんと俺の関係を誰かに知られる事。
 いつかこんな日が来ると思っていた。学園内で行為に及んでいれば、いつかは見られるだろうと。
 だけど、一度始めてしまえば感覚は麻痺して、いつの間にか危険な事だと気付かなくなっていく。スリル自体を楽しんでさえいた。
 女王様のように、誰もが肯定的に受け取ってくれはずはない。
 一番見つかる可能性があった王様。だけど、もし見つかったとしても、王様なら女王様と同じように認めてくれる気がしていた。
 確かに、実際見つかってしまった今、何も言わず、いつもと同じように接してくれる。
 けれど、女王様とは明らかに違う。何が違うのか説明はできないけれど、どこか違うんだ。
 空を見つめたまま何分経過しただろうか、ドアが開く音に振り返ると、そこには王様が立っていた。先程までの疑問を心の奥にしまい、再び書類に目を通す。
「ヒデは?」
「ちょっと出てます」
 ふーん、と気のない返事をしたあと、部屋に入ってきて俺の正面の席に座った。両足を机の上に投げ出すと、ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
「中嶋さんといる時だけ、吸うんじゃなかったんですか?」
「たまにはな。俺にも吸いたい時ぐらいある」
 意味を持たせたような台詞に、王様の表情を伺うとすぐに俺を探るような目とぶつかった。目を合わせながら王様が煙を吐く。
「お前に秘密にしておく必要もなくなったからな」
「……どうして、ですか」
「……さあな」
 煙草の煙を吐き出して、目を細めながら俺を真正面から見つめてくる。
「あいつのどこがいいんだ? 啓太」
「え……」
 いきなり切り出された質問に、どう答えればいいのかわからない。本気なのか、冗談なのか。俺の気持ちを確認しようとしてるのか。
「知ってるとは思うが、あいつはひでえ男だ。……心配なんだよ、お前の事が」
 目を見開いて王様を見返すと、恥ずかしそうに頭をかきながら苦笑する。
「なんだよ、そんな驚かれるような事言ったか?」
 しばらく言葉も出ないのは当然だった。中嶋さんより、俺の事を心配しているなんて思いもしていなかったからだ。
 王様が立ち上がり、俺の方に近づいてくる。大きな手が頭に乗せられる。撫でているんだろうけれど、王様だと力が強すぎて少し痛い。大きな身体はそれだけで圧倒されそうだ。
「あいつはお前の手に負える奴じゃねえ。後で後悔する事になるぞ」
 暖かい手とは正反対の、低く冷たい声が降ってきて、無意識に身体が強ばる。脅迫めいた物言いは、俺達の事を心配している様子のものとは違っていた。
 心配しているんじゃない。王様は、俺達の仲を反対しているんだ。
「……でも、俺、は……」
 好きだから、つきあっているから。どう答えても空回りするような気がして言葉が続かない。
 王様が正面でしゃがみこみ、俯いている俺の顔を下から覗き込んでくる。泣きそうな顔をしているんだろう、目が合うと気まずそうに眉をしかめる。
「……すまん。でもな、啓太の為を思って言ってるんだ。俺はヒデに捨てられてひどい目に合った奴を嫌という程見てきた。お前もそうなって欲しくねえんだ」
 俺が何度も悩み、頭の中で繰り返してきた言葉が、王様の口から発せられる。
 覚悟していたことだ。中嶋さんがひどい人だっていうことは、俺だって嫌という程知ってる。それでも、俺はここまでついて来たんだ。
「知ってます、俺……覚悟はしてます」
 言い返してきた俺に、更に眉をひそめる。
「違うんだ、啓太は何もわかってねえ。これから先の事を言ってるんじゃねえんだ」
 突然立ち上がり、背を向ける。その肩が強ばり、震えているように見える。
「俺は知らなかったんだ。ヒデとお前ができてたんなら絶対断ってた……っ」
「……王、様……?」
 何の事かと聞き返すより先に、言葉の裏に潜む何か不穏なものを感じて立ち上がる。
「……王様、教えて下さい。一体何をしたんですか、何の事を言ってるんですか」
 どれだけ問いつめても、王様は何も答えようとしない。
 ここまで意味深な事を言っておいて、黙っているなんて卑怯だ。次第に問いただす口調がきついものになってしまう。
「お願いします、王様……!」
「……わからねえか」
「え……」
 声のトーンが突然低くなり思わず顔を上げた。驚くほど悲しみがこもる声だった。
 なのに、背中からはそんな雰囲気が全く感じられないのはどうしてだろう。その違和感が更に緊張を煽る。
「……あいつは俺にしか扱えねえんだ」
「それって……どういう、意味……」
 それ以上、王様は何を言っても答えず、中嶋さんが返ってくるより先に、すぐに学生会室から出ていってしまった。
 その後、中嶋さんと仕事を進めながら。
 あの時、王様は一体どんな顔をしていたんだろうか――何故かそればかりを考えていた。


 その日の夜、俺は中嶋さんの部屋を尋ねていた。
 めずらしく中嶋さんはテレビを点けていたけれど、目的があってというより、ただ流しているだけのようだった。
 その横に座り、さりげなさを装って聞いてみる。
「王様と、いつからあんなに仲が良いんですか」
 テレビの方向を見たまま、中嶋さんの顔は微動だにしない。しばらく沈黙が続いて、やっぱり答えてくれないのかと溜息をついた時、中嶋さんが口を開く。
「何か、言われたのか」
「いえ、何も……」
 それきり、再び口を閉ざした。恐る恐る顔を覗き込んでみると、何か別の事を考えているように見える。
 本当は、たくさんの事を言われた。そう答えればきっと問いつめられて吐かされる。内緒だとは言われなかったけれど、とても中嶋さんに本人に聞けるような内容じゃなかった。
 俺にしか扱えない、そう王様は言った。一体どういうことなんだろう。
 王様は何を断ったんだ。誰を捨てて、どんなひどい目に合わせてきたんだ。
「丹羽が、俺達の事は黙っていてくれるそうだ」
「は、い……」
「あいつはいい加減だが信用できる男だ。だが、たまに間違った事を言う時もある。だからこれ以上相談するな」
「え……?」
 最後に言われた意味が理解できない。口を開けて中嶋さんを見つめていると、一瞬だけ眉をしかめてから、俺と目を合わせてくる。
「お前はただの後輩でいればいい。深入りするな」
「どういう……意味ですか」
 問いただそうと身体を乗り出すと、硬い表情をした中嶋さんの顔を見つけて言葉を失う。
 青ざめているようにも見えた。
 何故、そんな顔をしているんだろう。王様の前では普段通りだったのに、どうして。




NEXT