□湿ったサンドイッチ 2/3□



 それから、俺は中嶋さんに避けられ続けた。突然だった。
 学生会室を覗いても、誰もいないか王様が一人昼寝をしているかで、姿さえ見せない。食堂でも、廊下でも出会わない。中嶋さんらしき影を見つけて追いかけても、すぐに逃げられる。
 寮の部屋をノックしても、居留守を遣われているのか、ドアが開かれることがなかった。
「中嶋さん、中嶋さん……っ」
 5日目の夜、我慢の限界にきた俺は、寮のドアを乱暴に叩き続けていた。上級生達が不審そうに見つめてくるけれど、気にしてる場合じゃない。
 居留守を使っているのはわかってるんだ。就寝時間直前なんだから、いないはずがない。
 だけど、どれだけ乱暴に叩いても、中からは何の反応もない。
「伊藤、こんな時間に何をやっているんだ」
 振り向くと、寮長である篠宮さんが立っている。騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
「すみません、篠宮さん……」
「中嶋に用事か? 今日は外泊届けが出ていたぞ。丹羽と二人でな」
「王様と……」
「ああ。急ぎの用事でなければ、明日学校で会いに行けばいいんじゃないのか」
 篠宮さんの言葉が耳に入ってこない。
 自分の部屋に戻っても、外泊をした理由が見つけだせなかった。
 どうして、こんな時間に出ていくんだ。仲がいい二人の事だから、遊びに出かけるということも確かにありえるだろう。だけど、こんな時期に。中嶋さんは俺を無視し続けているこんな時に。
 何か意図的なものを感じてしまうのは仕方がなかった。
 王様に聞けば、何かわかるかもしれない。王様なら殆ど毎日顔を合わせている。中嶋さんに「これ以上相談するな」と言われていたからいつも通りに接していたけれど、本人が雲隠れしてしまえばしょうがないだろう。
 次の日の放課後、真っ直ぐに学生会室に向かう。
 ドアを開けたその先には、やはり王様がいて、大あくびをしているところだった。
「よーお、啓太」
「……王様、聞きたいことがあるんです」
 真剣な顔をしている俺にすぐ気が付き、王様の顔から笑顔が消える。
「最近、中嶋さんが俺を避けているのはどうしてなんですか」
「……知らねえな」
 一瞬の沈黙の間、僅かに王様の頬がひきつったのを見逃さなかった。その気まずそうな表情に、思い当たる節を見つける。
 まさか。王様が。
 王様が俺達を別れさせる為に、何か中嶋さんに言ったのか。
「……中嶋さんに、何か言ったんですか……っ。俺と別れろとか、そういう事を……」
 今度は、居心地の悪そうな顔をあからさまにして、頭をかきながら口を開く。
「……すまねえ、近いことを言ったかも、しれねえ」
「そ、んな……っ、だって、中嶋さんは何も悪くないのに……っ」
「悪くないって、どう見ても明らかに悪いのはヒデの方じゃねえか。俺は、お前の為を思ってよ……」
「どうして、そんな勝手な事を……っ」
 怒りのせいで拳に力がこもり、強く握しめるせいで腕が震えてくる。だけど、それ以上王様を追求するつもりはなかった。先に何としてでも中嶋さんを捕まえて、気持ちを確かめることが先だ。
「……昨日、二人でどこに行っていたんですか」
「昨日? ……ああ」
 わざとらしく驚いて見せたあと、まっすぐ俺を見返してくる。その口元は何故か勝ち誇った笑みを浮かべているように見える。
「すまん。俺の口からは何も答えられねえ。知りたければヒデに聞くんだな。まあ、何も言わないだろうが。ヒデをあまり信用するなよ。痛い目を見るのは、啓太なんだ」


 校内を走り回り、ようやく中嶋さんを見つけた場所は、学生寮へと続く遊歩道だった。
 大声で名前を呼び、近づいていっても中嶋さんは逃げようとはしなかった。逃げ出さないよう腕を掴んで息を整えてから、ようやく口を開く。
「どうして、なんですか。どうして、俺の事避けたりするんですか」
「お前に構っている暇がなかっただけだ」
「それって、いつもの事じゃないですか、嘘ですよね。何か隠してるんですよね。俺が知らなくて、俺と王様しか知らないことがあるんですよね。一体何ですか、どうして俺には言えないんですか」
 一気にまくしたてて、息を吐く。夕焼けの光が邪魔をして、眼鏡の奥の瞳が見えない。何を考えているのか掴めない。
「……あいつが、何か言ったのか」
 低い声は、どこか緊迫感を感じさせた。嘘をつける雰囲気じゃない事だけはわかる。
「……中嶋さんと付き合えば、後悔することになるって……。別れた方がいいって……」
「丹羽を信用するな」
 突然歩き始めて、それでも腕にしがみつき、引きずられるように後を追いかける。会話を強引に切られも、このまま引き下がるわけにはいかなかった。縋り付きながら問いただす。
「中嶋さんも、王様に別れた方がいいって言われたんですか。だから、俺を避けていたんですか。昨日の外泊は、その事が関係しているんですか」
 掴んだ腕が大きく揺れて、中嶋さんが大きく動揺したのがわかった。
「……俺と丹羽の関係に口を出すな」
 凄みのある冷たい目で見下ろされ、身体が一瞬凍り付く。冷たい声の中に、有無を言わせない何かを感じさせた。
 だけど、もっと納得できるように説明してほしい。そうじゃないと、不安でたまらない。別れてしまうんじゃないかという恐怖がつきまとって、いつまでも消えてくれない。
 付き合っている俺を無視して、中嶋さんは王様と外泊をした。数日間無視され続けた俺の気持ちはどうなるんだ。王様の事は一言も言わず、ただ「関わるな」「丹羽を信用するな」の一点張りだなんてひどすぎる。それさえ王様を庇う言葉に思えてくる。
 悔しい。俺との関係は王様にバレても気にもしてないくせに、二人の秘密は絶対に言おうとしないなんて。
「中嶋さんは、俺より王様の方が大事なんですか……っ。二人の秘密って一体何なんですか……っ」
 とうとう手を振りほどかれ、いくら叫んでも追いかけても、中嶋さんは俺を見ることはなかった。


 悔しと思う気持ちは、それから一言も発しなかった中嶋さんのせいでひどくなっていく。
 もしかして、二人は隠れて付き合っているんじゃないかと疑ってしまう程に。まさか、それはないだろう。仲間であって、恋人になれる雰囲気じゃあ決してない。
 王様が俺に残した数々のキーワードは、どれも繋がらず、答えが導かれない。
 二人とも揃って「信用するな」と言った。
 何を、どこを信じればいいんだ。中嶋さんはただ「関わるな」の一点張り。王様は意味深な事ばかり言うだけで、核心は答えてくれない。
 どちらも嘘をついているように思える。
 だけど。王様は俺に何かの危険信号を発していた。多分俺を気遣って、言うことのできる限界まで秘密を漏らしてくれている。もし、本気でお願いすれば、頼み込めば教えてくれるかもしれない。
 真相を言ってくれるかもしれない。
 中嶋さんと俺が付き合っている現場を王様に目撃された、それが三人の間に大きな溝を作ってしまった。おたがいの気持ちがずれて、すれ違い始めている。
 このまま放置していても、表面上はうまくやっていけるだろう。だけど、王様とわだかまりを残したまま付き合いたくはなかった。それより何より、中嶋さんと元通りになりたかった。
 ――見つかったあの日から、俺は一度も中嶋さんの笑顔を見ていないんだ。
 今、俺ができる限りの事をするべきだ。


 隣の部屋の中嶋さんに気付かれないよう、三年生の寮、一番奥の部屋をノックする。
 中から「誰だ」という声が聞こえて、小さい声で名前を名乗ると、そっとドアが開かれた。
「……啓太か」
 ラフなTシャツとジーンズという出で立ちで、王様が俺を迎え入れる。ひさしぶりに入る王様の部屋は、よく嗅いでみるとほんの少し煙草の匂いがするけれど、気にならない程度だ。窓が全開になっていて、生暖かい風が入ってくる。
「どうしたんだ、突然」
 案外整頓された、白い家具で統一された部屋をしばらくの間眺めていると、横で王様が床に胡座をかいて座る。促されて俺もその場に座り込む。
「……教えてもらいにきたんです。王様と中嶋さんの事を」
「俺達の事を?」
 さりげなく、「俺達」と答えた事に少しひっかかりながら、言葉を続ける。
「二人は何を隠しているんですか。俺が傷つくからって王様は言ってくれなかったけれど、お願いします、教えて下さい。そうじゃないと、俺は前に進めないんです」
「……それで、ヒデの事を見損なってもいいのか」
 落ち着いた口調は、逆に緊迫感を煽っているように感じる。
「王様は、それを知っていて見損なわなかったんですよね。それなら、俺だってそうです。中嶋さんの事だから、多少の覚悟はできてます」
 王様に負けるかという気迫はどこか滑稽だったのか、王様が目元を和らげて俺の顔を覗き込む。大きな手が頭を撫でて、離れていく。
「じゃあ、落ち着いて聞けよ。あと、これから言うことは絶対に誰にも言うな。もちろんヒデ本人にもだ」
 頷いて同意すると、王様が淡々とした口調で話し始めた。
「浮気してるんだよ、あいつは。それも何人もな。不特定多数、相手は誰でもいい。今でもところ構わず声をかけてやりまくってる」
 思わず叫ぼうとした俺を、王様が人差し指で黙っていろと制止する。
 突然、何を言い出すんだ。
 ありえない、今でもだなんて。絶対にありえない。
「嘘だって言いたいのはわかる。そりゃあ信じたくねえよな。でもな、これには証人がいるんだ。つまり俺だよ。全部、現場に立ち会ってる。セックスまでな」
「な――っ」
 声を失う程驚いている俺を、更に打ちのめす言葉が続く。
「3Pってわかるか。三人でやるんだ。時々四人とか五人の時もあるが、だいたいは三人だ。多すぎるのも面倒だからな。一時期、俺とヒデは三人でやるのにハマって、毎日やりまくってた。相手は後腐れないよう一度だけと決めていたんだが、学園の外を出てちょっとした所を歩けばすぐに見つかるから、相手に不足したことはなかった」
 全身が震えだし、涙が溢れ出している俺を見ても、王様は直接的な言葉をためらいもせず、どこか楽しげに話し続ける。
「啓太、お前と付き合っているのを知っていたら、俺はヒデの誘いには乗らなかった。乱交なんて、相手がいないからやれることだろ。なのに、ヒデは先週も俺を誘ってきた。外泊した日があっただろう。……お前と付き合いながら、俺と外で遊び続けてる。あいつはセックス狂だぜ。絶対に一人じゃ満足しねえ。相手がボロボロになるまで犯して、捨てるんだ」
 追い打ちをかける事実に、一瞬視界が真っ暗になる。涙が頬を伝い、手の甲に落ちる。
「……だがな、それが本当のあいつだ。俺と一緒に誰かを抱いている時だけが本物だ。言っただろう。だからヒデは俺にしか扱えねえんだ」
 首を振って、それだけは違うと、全部嘘だと否定する。
 王様がまた、声も出せず泣いている俺の頭を撫でてくる。
「啓太だけは守ってやりてえんだよ。お願いだ、ヒデからは手を引け。遊ばれてるお前なんて見たくねえんだ」
 大きな手の平がいくら俺を落ち着かせようとしていても、ショックが和らぐはずがなかった。
 中嶋さんに、聞かなければ。ただそればかりが頭にある。
 ふらつきながら立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
「……き、きます……俺、中嶋さんに聞いてきます……」
「それだけは、絶対に駄目だと言っただろう」
 腕を掴まれて引き寄せられ、息が出来ないほど抱きしめられる。
「今言ったことは絶対にあいつに言うな。捨てられたくなければな。問いただせばヒデは簡単にお前を捨てる。少しでも知っているそぶりを見せれば、うざがって二度とお前の元には戻らなくなるぞ」
「う、そだ……、だけど、俺……っ」
「我慢するんだ。いずれ俺がなんとかする。忘れさせてやるから。今は俺を信じて待ってろ」
 王様のTシャツにこびりついた煙草の匂いが、一層胸をむかつかせ、苛立たせる。激しい嫉妬が更にそれらをひどくする。
 部屋を出て、自分の部屋に戻ったとたん、不快感のあまりトイレで吐いた。


 心を抉られるような言葉ばかりを選んで、俺を追いつめたように聞こえた。それぐらいすべての事がショックだった。
 王様と、俺との間には、大きな隔たりがあった。埋められない溝があった。
 わかってた。俺一人じゃ中嶋さんが満足しないことは。
 だから、もし他の人とセックスしたとしても、俺は見て見ぬふりをしようと決めていた。それぐらいの覚悟がないと、中嶋さんと付き合えないと思っているから。
 たとえ、最後はボロ雑巾のように捨てられたとしても、後悔しないだろう。どんなひどい扱いを受けたって、中嶋さんの側を決して離れないと、死んでもしがみついて離さないと決心してる。
 自分なんて捨ててもいい、それぐらい俺は中嶋さんの事が好きだから。
 そして今、実際にその事態が起きた。中嶋さんが俺の知らない人を抱いた。
 なのに何故か、その知らない人についてはどうでもよかった。自分でも不思議だけれど、激しく嫉妬している対象は、その知らない人でなかった。
 ――どうして『王様』なんだ。
 胸が焼けるほど嫉妬している対象は、王様だった。
 どうして。どうして。その言葉だけが頭を一杯にする。
 三人でしたければ、いくらでもすればいい。俺一人じゃ満足しなければ、誰を抱いたっていい。俺を含めて三人でしたいと言われれば、同意するだろう。嫌でたまらなくても、中嶋さんに嫌われたくないから、ついて行くだろう。
 その中の一人が王様である必要はどこにあるんだ。
 知り合いじゃなきゃ駄目なら、俺が変わりになったっていいはずだ。なのに、中嶋さんは王様を選んで、俺を選ばなかった。
 どんな溝があるっていうんだ。
 しかも、その遊びは続いている。俺ともしていながら、中嶋さんは王様と二人で誰かを抱いている。
 敗北感に打ちのめされていた。
 三人でセックスにふける中嶋さんこそが、本当の姿だと言った。俺が見ていた中嶋さんは偽物だと言いたいのか。俺を抱くあの人はすべて嘘なのか。
 イク瞬間に見せる中嶋さんの顔を、王様も知っている。何度も、何度も見ている。
 王様は俺の為にすべてを話してくれた。別れた方がいいと、助けてやりたいとも言ってくれた。
 なのに、王様に感謝する気持ちには全くなれなかった。激しい嫉妬が渦巻いていて、うち明けてくれた事さえ、俺よりも上だと、中嶋さんと対等だと思い知らされているようで。俺を気遣う言葉が、すべて口先だけのものに聞こえて。悪いと思いながら、そう感じるのを止められなかった。
 中嶋さんと王様の行為を、俺が止めることはできなかった。
 そうすればいつまでも俺は、王様よりも下のままだ。つまり、負けたままなんだ。
 二人の間に割り込みたい。絶対に、負けたくない。
 中嶋さんと王様が罪を共に犯す共犯者なら、俺も罪を犯せばいい。そうすれば立場は同じになる。
 何をしてでも這い上がりたい。
 あの二人と対等になる方法は、ひとつしかないんだ。


 次の日、俺はもう一度王様の部屋に向かった。
 王様の部屋のドアをノックすると、奥から入れよという声が聞こえた。誰かと問わないところを見ると、俺が再びやってくることを予測していたんだろう。
 部屋に入ったとたん、昨日とは比べものにならない程の煙草の匂いに、喉を詰まらせてしまう。昨日は窓が開いていて、風通しがよかったからなのか気付かなかった。染みついた匂いは、相当吸わなければこんなに強くならない。
 ベッドの上に腰掛ける王様さえ白く煙って見える。
「……来ると思ってたぜ」
 灰皿に煙草を押しつけて、俺の正面に立つ。慈しむような目がぼやけて映る。
「別れる気になってくれたか」
「……お願いがあって、きました」
 これから告げる事は、王様にとって理不尽で無茶なお願いだ。
 王様は、興味もない男を抱くことなどできるのか。だけど言ってみなければ始まらない。
 ここで断られてしまえば、すべて終わりだ。
「俺も、仲間に入れて下さい。男でもいいんだったら、俺を二人で抱いて下さい。そうすれば学園を出て誰かを探す手間が省けるし、いつでも出来ます。そうすれば……中嶋さんがどこかで他の人を抱いてるんだって、思わなくても済みますから」
 王様と対等になりたいという、本当の理由を言うつもりはない。
「王様と中嶋さんの遊びを止めさせる事ができないなら、もう俺には……それしかありません」
 強い口調に驚いたのか、王様が目を見開いて、それからしばらく俺の顔を見つめる。長い沈黙の後、小さな溜息をついて俺から目をそらして言った。
「……啓太はそう言うんじゃないかって思ってたよ。やっぱり言わなければよかったな……すまねえ、お前を追いつめちまったな」
「そんな事はありません。俺だけじゃやっぱり不満なんだってわかったから。中嶋さんの事なら、それがどんな事でも知りたいんです」
 さすがだな、と気のない様子で呟いたあと、俺に近づいてきて頭に手を乗せられる。
「俺は別に構わねえよ、誰でもいいから三人でやってんだしな。でも、お前はいいのか? ヒデの前で好きでもねえ男にやられちまっても」
 改めて言われた言葉に、俺の決心した事が何を意味するのか気付かされる。
 そうなんだ、中嶋さんとのセックスを王様に見られるだけじゃない。中嶋さんに見られながら、俺は王様にも抱かれる。好きじゃない人と、同性の男とセックスする。
 行きずりの人とは意味合いが全く違うんだ。もしかしたら、生理的な嫌悪を感じてしまうかもしれない。
 だけど、その不安を口に出すつもりはなかった。
「……いいんです、俺は大丈夫です。王様だったら我慢できます」
 楽しそうに「我慢?」と返されて慌てて否定すると、大きな手が顎に伸びてきて掴まれる。
 顔を覗き込まれ、至近距離で目を合わされる。
 王様とこんなに近づいたことはなかったかもしれない。強い意志を秘めた瞳と、骨っぽく形のいい鼻筋。大きな口は意外に唇がふっくらと盛り上がっていて、目のやり場に困るような色香があった。
 どこか性的なものを感じて、いたたまれなくて目をそらすと、あっさりと頭が離れていく。
「ヒデにはもう言ったのか?」
「いえ……今から、言いに行くつもりです」
「その必要はねえよ、俺からもう伝えてある」
「え……」
 驚いて言葉を失っていると、王様が携帯を取り出して電話をかけ始めた。しばらくして中嶋さんが出たんだろう。ただ「来いよ」と一言だけ言って携帯を閉じる。
 どういう事なのか意味がわからない。
 俺から何も中嶋さんに説明していないのに、王様は何を言ったんだ。俺なんて、どう言えばいいのか悩みに悩んで、今でも迷っているというのに。
 王様と三人でセックスをしたい理由なんて、単純な俺の頭では何も思い浮かばなかった。「王様の事も好きになってしまった」とか、「三人でしてみたかった」とか、どれも説得力に欠けるものばかりだった。
 そして、どんな理由でも、中嶋さんが俺に愛想を尽かせることは目に見えていた。
 他の男に抱かれたいと言えば、中嶋さんはあっさりと俺を捨てるだろう。絶対に追ってこない。問い詰めもしないだろう。
 だから、その時は王様に内緒にしろと言われた事を切り出すつもりだった。他の人と三人でするなら、自分にしてくれと、そうお願いするつもりだった。
 縋ってでも、土下座してでも頼むつもりだった。
「どうやって、中嶋さんに頼んだんですか……」
「お前は気にするな。ちゃんと話はついてる。ヒデはお前を責めたりはしねえ、安心しろ。だが俺達がお前に隠れて遊んでたって事は、絶対に言うな、わかってると思うが」
 もう一度畳みかけるように言われて、ただ頷くしかない。
 もしかして、王様は俺がバラしてしまうのを予想していたんだろうか。だから先回りして中嶋さんと話をつけたのだろうか。
 どんな話をしたのか、王様は全く説明しようとしない。
「……逃げるなら今のうちだぜ」
 挑発するように口元を歪めて笑う王様に、俺は改めて視線を投げかける。
 この人に、負けるわけにはいかない。
「いつも二人がするようにして下さい。手加減はしないで下さい」
 王様はそれに答えず、ただ凶暴そうな犬歯を剥き出して、笑った。





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