■乳首のススメvol,2■



「啓太、なにしてたんだよ?」
「ご、ごめん、和希…」

体育館でみんなが整列しているところにもぐりこんで、授業にはなんとか間に合った。
和希の横に並び、息をつく。
「ストレッチ、一緒にやるか?」
「うん」
今日はバスケの授業だった。
「やっぱり大きいな、七条さんの体操着」
ちょっと笑って和希が、ストレッチをしながら俺の姿を見つめる。
俺はあれ――が透けて見えるんじゃないかと、とっさにかがんで胸の前にしわをよせた。
ばれないだろうか。どうしよう、こんなのばれたら、和希にばれたら俺どうすればいいんだよ。
白の布の体操着だから、もしかしたら気づかれるかもしれない。
こんなとこに、こんな、ヘンなもの貼り付けてるなんてバレたら。
「啓太?」
「え!な、なに!?」
「どうしたんだよ、顔赤いぞ?」
「ち、遅刻するかと思って走ってきたからっ!」
だめだ、気になって仕方ないよ…!
こんなんじゃ絶対ばれる!
俺、ぎくしゃくしてる。
身体を動かすと、臣さんの体操着に俺の貼り付けられたそこが
布に擦れてしまって、そこがじん、と熱く疼いてしまうのだ。
擦れてないときはひんやりとして、むずがゆくて掻きむしりたくなる。
気にしないようにしてるのに、そう思えば思うほど、そこに意識が集中してしまう。
できるだけ擦れないよう、背中を曲げて体操をしていると、怪訝な顔をして
和希が見ているのがわかる。
でもどうしようもない。こうでもしていないと耐えられない。
「啓太、背中押そうか」
「う、うん」
座り込んだ俺の後ろから、和希が背中を押した。
わ!
和希の手が俺の背中を触った瞬間、甘い痺れが襲った。
暖かくて大きな手。触られてる。
俺の身体、どうしちゃったんだよ。
こんな――こんな。
身体が、熱くなってる…っ。
「次は俺な」
そう言って座り込む和希の後ろで、俺はふらつく足で立ち上がり、和希の背中を押す。
和希の背中を触るだけなのに、俺の身体は熱くなっていく。
中嶋さんじゃないのに。
中嶋さんに触られる感触や、たくましい腕をつかむ感覚。
思い出してくる。

「ぅわっ…!」
突然胸を強い刺激が襲って、俺は大きな声を上げた。
かがみこんでいた俺の下で和希が立ち上がり、和希の肩が俺の胸に当たったのだ。
俺はとっさに胸を抱えてうずくまってしまった。
じんじんする。痛くて、熱い!
「啓太?!大丈夫か?!」
触らないようにしていたのに、そうすればやり過ごせると思っていたのに。
でも、駄目だ…!
だってこんなもの、貼られて…もう、耐えられない…!
俺の身体は一気に火照り始める。
「ごめん、和希…お、俺、見学してるから…」
「大丈夫なのか!?」
「う…うん、じっとしてたら、よくなる…から…」
和希が先生に向かって何か叫んでる。
和希が俺の身体を支えようとしたけど、俺はもう触られたくなくて
それを断り、震える足で体育館の端まで歩き、座り込んだ。
「水とか持ってくるか?」
心配そうにかがみこむ和希。
「ううん…いいよ。ありがと…」

俺は涙ぐんでいた。悲しくて。くやしくて。
どうして、こんなひどいことするんだよ、中嶋さん。
俺、なにしたっていうんだよ。
ただ、七条さんに体操着を借りただけだ。
中嶋さんが七条さんと仲が悪いのは知ってる。だけど――

そうだ。
いつもの中嶋さんはこんなひどいことしない。
冷たくて自分勝手で、無理やり俺に恥ずかしいこともさせるけど、
本当に俺がいやがることはしないんだ。
この湿布を貼り付けたときの中嶋さんの目は、とても冷たかった。
俺、もしかしたら中嶋さんを…。

「啓太?」
「和希、和希…もしさ、もし…その、つきあってる…人が、自分じゃない人に
何か頼んだり、お願いしたりしたら…どう、思う?」
突然そんなことを聞いて、和希は少しびっくりして俺を見つめたけど、
俺の真剣な目を見て、うーんと考え込んだ。
「俺以外の人に? 内容にもよるけど…。やっぱり始めに俺を頼ってほしいと思うよ。
どうしてそんなこと聞くんだ?」
そうか…そうなんだ。
「ううん、なんでもない…。
和希、もう大丈夫だから。ありがとう」
和希は心配そうな顔をしたまま、名残惜しそうに戻っていった。
俺、中嶋さんを頼らなかったんだ。
そして、俺の意思じゃないけど、でも、七条さんに頼ってしまった。
多分…そうなんだ。
だから中嶋さんは、怒ったんだ。

冷たい目で、湿布を貼り付ける中嶋さんを思い出す。
平気な顔をして、七条さんの体操着を着ていた俺。
俺、そんなことに気が付かないで…。
壁にもたれて、体育座りをして膝をかかえる。
湿布のあたりが熱い。
これは、とっちゃ駄目だ。
中嶋さんに許してもらう為に。

”今日は一日ここを立たせているんだ。
ここを立たせながら、俺のことを考えていろ”
でも、だからって…。
こんな恥ずかしいことするなんてひどいよ。
じんじん…する。
身体を動かさずにいると、逆にそこばかり気になってしまう。
もしかしたら、我慢して授業を受けていたほうがよかったのかもしれない。
ひんやりした感触が、だんだんひどくなってくる。
さっきより、冷たい。
多分、俺の身体が熱くなってるからだ。
触られてもいないのに、きっと俺の乳首、固くなってる。
湿布を突っ張ってるのが、わかる。
こんな俺、中嶋さんが見たらどう思うだろう。
多分、楽しそうに笑って…、俺は恥ずかしくてたまらなくて。
中嶋さんはいやらしい言葉で、俺をたまらない気持ちにさせて。
…だめだ。思い出してしまう。
細くて長い綺麗な手と、俺を抱きしめてくれる力強い腕。
あの手で、この湿布を貼られたんだ。
俺のことを考えろって。ずっと、立たせてろって。

目の前のコートで、クラス内でのバスケの試合が始まっている。
和希がボールを奪い、ゴールへとドリブルしている。
俺はそっと、気づかれないように、右手を自分の左胸にもっていき、
恐る恐るそこに触れてみた。
「っ…」
じぃん、と背筋を甘いものが駆け上がる。
敏感になりすぎて、痛いほどになっていた。
今立ち上がれっていっても、立ち上がれない。
だって、乳首と同じくらい、下の方も、もう重苦しいぐらいに立ってしまっていた。
どうしよう、って思うよりも先に、右手が自分の胸をそろそろを撫でる。
こんなとこで、俺、自分の胸なんて触って…。
止まらないよ。
この湿布を剥がして、じかに触りたい。中嶋さんに触ってほしい。
中嶋さん――中嶋さん。
あの見透かすような瞳を感じて、俺はギュッと目をつぶった。
あそこの先から、熱いものがじわりとにじみ出てくるのを感じた。
もう、駄目だ――

もう少しで授業が終わる。
あともう1時間、次の授業がある。だけど、もう無理だよ。
これ以上我慢なんてできない。
身体が、おかしくなってしまう。
きっと誰かに、バレてしまう。

もう、耐えられなかった。
「啓太?」
あともう少しで授業が終わるというときに、俺は立ち上がった。
そっと体育館の出口に行こうとする俺に、和希が後ろから声をかける。
俺はドキッとして身体がこわばるのを必死で抑えながら答えた。
「俺、先に戻ってるから…ちょっと保健室で薬、もらってくる」
臣さんの体操着でよかったかも…。
ショートパンツより長い上着のおかげて、下半身を隠せたから。
でも、ごめんなさい、七条さん。
パンツ、ちょっと汚れてしまってるかもしれない。
先っぽに濡れた布がぬるぬると擦れてる。

まだ、授業は全部終わってないけど、俺はどこにも行くことができなくて、
静まり返った廊下を走り、学生会室へと向かった。



(→vol,3)