□ふたつの我が儘 中編□



 さっきまでの勢いはどうしたんだ。勇気はどこにいったんだ。
 映画が始まって既に数分が経過しているというのに、まだ一ミリも動けないなんて。不覚だ。
 背中に感じる、硬い胸もと。肩や首筋にかかる熱。微かな吐息。いきなり全身で中嶋さんを感じて、身体が驚いてしまったんだろうか。もちろん思考回路も停止したままだ。自分は平均的な体格だと思うけれど、ふたまわり以上大きな身体に包まれてしまえば、まるで子供のようだ。
 いつまで経っても動きを見せない俺の態度を不審に思ったのか、少し興味が沸いたのか。中嶋さんが頭を撫でてきて身体が飛び上がらせてしまった。そのおおげさな反応に気を良くしたらしい、小さく笑って耳元で囁いてきた。
 それも、格別に艶を帯びた、掠れた声で。
「もう少しで終わるから、先に始めてろ」
 何を始めるのかと聞かなくても、今まで何度も焦らされているからおのずとわかる。結局自分で処理しておけってことじゃないか。トイレに行くのと変わらないじゃないかと抗議しようと首をひねった時、それを塞ぐように口に太いものが差し込まれる。
「うぅ……っ」
「指だけ貸してやる」
 二本の、骨張った中嶋さんの指だ。思わずむせそうになってしまい喉を鳴らしているというのに、中嶋さんは再び濡れ場を終えて、クライマックスを迎えている映画の続きに集中し始める。
 口一杯に広がる、長く太い指。
 舌の上に乗った指の腹が、撫でるように動いた。ゆっくりと奥に入ってくる。
 中嶋さんは、見ているだけで卑猥な想像をしてしまうような、色っぽい手をしている。しかも、何気ない仕草でも目が離せなくなるような、優雅な動きをする。
 背中に体温を感じながら、特に好きなその指を口の中に入れられれば、緊張は一気に溶けて別の方向へ走り始める。
 どっと唾液が溢れ出てきて、中嶋さんの指を濡らしていくのがその証拠だ。
「ぅ……、ん……、ん……っ」
 二本の指の間に舌を入れて、味わいながら吸ってみる。形のいい爪は綺麗に切り揃われていて、関節が硬く尖ってる。
「ん――っ、……ぅ……」
 ぐるりと動かされ、上顎を擦られた。そのまま何度も根本まで入れては抜かれ、否応なく何かを想像させる動きに身体の芯が次第にとろけてくる。
 身体を仰け反らせれば、中嶋さんの肩に後頭部を押しつけることになる。見上げれば、指に吸い付いている俺を全く無視している怜悧な横顔がある。
 映画に集中しているから、適当に指を動かしているだけ。それでも俺を刺激するのには十分だなんて、情けないけれど本当のことで。
 また、二つの事を難なくこなしているわけだ。
 尻の孔を指で穿られるのと同じ動き。乱暴で、そのくせ一番イイ所を的確に突いてくる。
 唾液がどんどん溢れて止まらない。顎を伝い、中嶋さんの指が濡れて光ってる。下半身もそうだ。短パンの中がじっとりと濡れて、アソコにまとわりついているのがわかる。
 俺は短パンに手をかけ、尻を上げて脱いだ。上はTシャツ、下は下着だけの格好になる。
「……、ん……っ」
 自分の下半身を見下ろすと、下着を突き上げて、あらゆる隙間から赤い肉を覗かせているものを見つけてしまった。
 ボクサーパンツだけれど、とても小さくてビキニに近い。だから、勃起すると簡単に布が肌から離れてしまう。袋も竿も、陰毛だって丸見えだ。それが怖くてあまり履かないようにしていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
 しかも、ここまで見えるなんて思いもしなかった。これじゃあ殆ど見えてしまっているような状態じゃないか。
 我に返って、慌てて短パンを履き直そうと指を口から離せば、中嶋さんが気付かないはずがない。
 くやしいことに、そういう事は特に察知するのが早いのだ。
「なんだ、やる気十分の下着だな。女物か?」
「違います……っ」
 グレーの下着は既にカリの形に沿って、濡れて沈んだ色に変わってきている。ふぅん、と呟くついでに首筋に息を吹きかけられて、寒気のような快感が走る。
 追えば引き、引けば追ってくる。中嶋さんはそういう人だ。躊躇すればすぐに気がついてねちねちと追いつめてくる。
 興味が俺に移ってくれたのはいいけれど、ものすごく不本意だ。
「……誘うのがうまくなったな」
「だから違う、って、ひ……」
 耳たぶの裏に唇が触れて、おしつけられる。一気に先端から先走りが溢れるのを感じた。
 時々やわらかい部分を舌先でつつきながら、低音を響かせて囁かれれば、もう何もかも崩れてしまう。とろけてドロドロになってしまう。
 くやしいことに、全く抵抗が出来ない。それどころか、揺れる身体を止められない。
「お前、毎日一人でしていただろう。いやらしい匂いがこびりついてる」
「あ、あ……っ……」
「一日何回抜いたんだ? 正直に答えてみろ」
「……そんな、には……っ」
 痛い程噛みつかれて、目尻に涙が浮かんだ。中嶋さんの両手は床についたまま、俺のどこにも触れていない。屈んで耳に触れているだけ。俺が背中をもたれさせているだけ。
「……啓太、答えるんだ」
「ふ……ぁ……っ、……かぞ、えてな……っ」
「数えられないくらい抜いたのか。まるで猿だな」
 吐息が耳穴にかかり、ぞくりと身体が震える。
 オーケストラが聞こえてきて眼を開けると、涙でにじむ視界の中に、映画の終わりを告げるエンディングロールを見つけた。映画が終わったんだ、そう気付くより前に突然視界が真っ暗になる。
 頭を掴まれ、覆い被さってきたのは中嶋さんの顔だ。熱い肉の感触に驚く悲鳴ごと、唇を塞がれる。
 中嶋さんの唾液が入り込んでくる。指よりも熱い舌が歯列を割り、舌を捕まえられる。吸われ、扱かれる。熱に巻き込まれる。
「ふ、ぅあ……、ぅ……」
 わななく唇を噛みつかれ、身体が痙攣する。
 突然の爆発。映画でしていた以上の、激しいキス。映画の中のなまめかしいキスシーンを羨ましそうに見ていたのを、きっと知っていた。映画に集中していたはずなのに、中嶋さんは全部見ていたんだろう。
 きっと気配だけで、僅かに触れていた肌だけで俺のすべてを察知できる。
 フレンチキスに変わって、もどかしくて舌を突き出すと、一番敏感な舌先をねぶられる。唇で挟まれ、弄ばれる。
 全身から力が抜けて、ただされるがままになる。
 きっと俺、映画の女性とは比べられないくらい変な顔をしている。恍惚として、バカみたいに口を開けて、みっともなく唾液を顎に垂らして。
「や、や……、へん、……っ」
「へん?」
「お、れ……変なか……お、して……っ、や……」
 唇が痺れて、ろれつが回らない。それでも言っている意味は理解したらしく、いじわるそうに更に顔を覗き込んでくる。眼鏡の奥の、怖い程に鋭い切れ長の目。
 初めて出会った時に魅せられてしまってから、目が合えばもうおしまいだった。奥まで見透かされそうで、何もかも暴かれる。なのに目が離せない。
 瞳の奥のちりちりと燃えている炎が、抵抗も何もかもゼロにしてしまう。
 俺はすべて中嶋さんのもの。
 支配されてしまいたいという、強烈な快感が身体を突き上げてくる。それが俺にとっての、絶対の幸福。
「ぁ……ぁ――」
 太く熱い腕が上半身に巻きつき、息が出来ないぐらい抱きしめられた。囲うようにして深く口づけられたとたん、アソコからねっとりとしたものが溢れてくる。止まらない大量のそれは、精液に違いなかった。触れられずイき続け、身体を大きくびくつかせる俺を、楽しそうに凝視している。
「……匂いが濃いな」
「は……、は……っ」
 射精が収まるのと反比例して、部屋に湿った生々しい精液の匂いが広がっていく。肩で息をしていると、乱暴にシャツをたくしあげられた。下着の周りを汚し、陰毛やへそのあたりに散っている精液を、中嶋さんが俺の胸や腹に伸ばしてくる。
 ぬるぬると、大きな手が身体を撫でてくる。自分の精液を塗り込められて、恥ずかしくて身体を捩らせても、後ろから抱きしめられている状態で叶わない。ますます精液の匂いが鼻をついて、思考回路を麻痺させる。
「あ、ぁあっ」
 二つの乳首に指先が触れた。濡れた指の腹が、固くしこったそこを弾いて、精液を塗りつけてくる。ぬめった乳首を摘んで、引っ張ってはこねられる。
「ぁ、あ、ん……っ」
 ちぎれる程伸ばされては、爪で先端をつつかれる。
 真っ赤に充血した乳首が、中嶋さんの指を跳ね返すほど固くなってる。敏感になりきったそこが白い液体にかき混ぜられる度、腰が揺れる。アソコは項垂れることもなく、再び硬さを取り戻してくる。
 胸ごと掴まれ、乱暴に揉まれれば、もう泣きながら懇願することしかできない。
「も、だめ……っ、や――……」
 首筋に噛みつかれ、中嶋さんの唾液まで身体になすりつけられれば、もう言葉が続かない。
「いや……ぁっ」
 中嶋さんが俺の下着を少しずらすと、滴を垂らした竿がぶるんと飛び出した。湯気をたててそそり立つそれが、すぐに大きな手に包まれる。あまりの快感に視界が真っ白になる。
 下着をずらされた状態のまま、濡れた音を立てて扱かれた。上下する単調な動き。筋の浮く神経質そうな手の中で、俺のアソコが歓喜に震えて痙攣を繰り返す。
「あ、あっ、あ」
 自分でするの時とは全く違う、目眩がするような快感。
 身体を揺らしすぎるのが鬱陶しいと思ったのか、中嶋さんが身体をずらして俺を仰向けに横たわせた。すぐに大きな身体が俺の上に被さるように動いて、上半身が俺の下半身に近づいていく。
 逃げる間もなく、アソコが生暖かい感触に包まれた。
「や、あ――」
 精液にまみれたそこを、中嶋さんが銜えているとすぐには気づけなかった。驚きのあまり身体が一瞬硬直してしまったからだ。逃れようと必死で身体を捩らせても、完全に力が抜けてしまっているせいで、逆に中嶋さんの口の中にアソコを入れてしまう動きになってしまう。
 アソコが唇や歯で扱かれてる。舌がまとわりついて、カリを包み込む。
 裏筋を押しつぶす指と、下半身の上で上下する中嶋さんの頭。太腿にかかる髪、熱気。
「な、じま……っ、だめ、ダメ……で、……る……ッ」
 袋まで揉みこまれ、とぎれとぎれの掠れた声しか吐き出せない。先端に音をたててキスされて、身体が跳ね返った。尿道口の周りを音を立てて舌が這っていく。息が詰まっていくのは、快感と恥ずかしさのあまり、涙が溢れてくるからだろうか。
「や、や……っ、ひ……」
 とたん、根本まで含まれてたっぷりの唾液の中でもみくちゃにされる。
 とろけてしまう。ドロドロに溶けて、なくなってしまう。
 絶頂を迎える寸前、涙でぼやけた視界の先に、中嶋さんの下半身を見つけた。スラックスに覆われたそこに夢中で手を伸ばし、震える手でチャックを引き下ろす。
 薄い暗闇の中で、そこが盛り上がっているのが見えた。触れた手から、熱が電流のように身体を走っていく。興奮のあまり、開いた口から唾液が伝うのも気付けない。
 下着をずらすのも中途にして、そこに唇を押しつけた。中嶋さんの強い雄の匂い。下着を舐め、覗く茂った陰毛に頬ずりしてから、夢中で下着の中からそれを引き出す。
 中途に立ち上がった中嶋さんのそれを目にした途端、俺は中嶋さんの喉の奥で射精した。息がかかる程の距離にある凶暴なそれを目にしながら、熱い口腔内に腰を突き出した。
 音を立てて吸われている間、夢中で中嶋さんのアソコを見ていれば、長い射精を終えても興奮は収まらない。
 我慢できない。見るだけでは収まらず、それを掴んで喉の奥まで銜えこむ。
「う、ぐ……、ぅう……っ、ん……っ」
 口の中を擦られる刺激に、さらに唾液がどっと溢れた。張り出したカリが上顎を抉り、頬を擦っていく。俺のとは違う、濃い精液の匂い。
 俺を一杯にして、満たしてくれる唯一の匂い。
 中嶋さんは、まだ俺のアソコから口を離さない。お互いの性器をしゃぶり合っているんだと今さら気付いても、もう逃げられなかった。
 快感のあまり、身体が宙に浮いているような錯覚がする。
 手で太い根本を扱きながら、唇を離す。先端のひくつく尿道口を見ながら、中嶋さんに訴える。
「い、れて……、中嶋さん、これ、入れて……っ」
 懇願するその間も、唾液が頬を伝っていく。
 中嶋さんが身体を離し、俺を完全な全裸にする。床に転がっていたテレビのリモコンを掴み、再び映画が最初から再生させる。だけど、今度は音を消しているから、照明の変わりなのかもしれない。
 素裸でうずくまっていた俺を担いでベッドの上に放り投げると、俺のせいで乱れたシャツのボタンを外しながら、続けてベッドに上がってくる。
 口元だけ歪めた大きな体躯が、テレビの光を完全に遮って立ちはだかった。
 隅で身体を丸めている俺の目に、期待だけでなく僅かな怯えが潜んでいるのを見つけたんだろう。ますます笑みを濃くしながら、反対側に腰を下ろして足を投げ出してきた。
 目の前にそそり立つものが、俺の唾液がまとわりついているせいで、テレビの光を反射してめまぐるしく色が変わる。ごくりと喉を鳴らした俺の唇も、きっと鮮やかな色に変化しているんだろう。
 枕を腰にして、仰向けになったきり微動だにしない意図はもう、わかってる。
 騎乗位をさせようとしてるんだ。




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