□ふたつの我が儘 後編□



 今までの経験で、騎乗位は苦手な体位の一つだった。
 騎乗位になると、中嶋さんが殆ど何もしないからだ。触れてくれない。動かない。俺のしたいようにさせると言えば聞こえはいいけど、ただ単に俺まかせにして、楽をしたいだけなんだ。
 好きなだけ自分で動けばいい。
 俺だけが動くことがどれだけ恥ずかしいか知っているくせに、そう言って笑うのだ。
「中嶋さん、……」
 嫌だと言ってしまいそうになって、慌てて口を噤んだ。できないと首を振れば、多分中嶋さんはあっさり立ち上がり、中断してしまうだろう。
 だけど、どうしても跨る勇気が出ない。
「中嶋さ……んっ」
 何度も名前を呼ぶ意味はわかってるはずなのに。なのに悠々と、底意地の悪そうな笑みを浮かべているのがくやしくてたまらない。
 あと一分でも躊躇していれば、中嶋さんは映画を見始めてしまう。俺に飽きてしまう。
 身体の奥は、入れてもいいんだという期待に、既にざわざわと収縮を繰り返してるのに。
 このまま放置されれば、飢えすぎておかしくなってしまう。
 俺は、ふらつく足でベッドから滑るように下りて、リモコンを掴み音声をつけた。タイトルロールから始まったばかりの映画に、音声が戻る。さっきよりも音量を大きくしたせいで、薄暗い部屋がやけに騒がしくなる。
 声が映画の音に紛れれば、きっと恥ずかしさは半減するはず。そう思いこむことにする。
 中嶋さんは何も言わず、俺が身体の上に跨るのを見つめている。
 太い腰を跨ぎ、太腿で固い腰の筋肉を挟みこむ。少し前屈みになり、そそり立つ中嶋さんのモノの根本を怖々と掴んだ。ついさっきまで俺がしゃぶりついていたそれは、指が食い込まない程固くて熱い。しっとりと指に吸い付くような感触さえ、尻の奥を疼かせる。
 尻を心持ち開いて孔にあてがうと、ずるりと尻の間を中嶋さんのが滑っていき、身体がびくついた。
 入り口に何度も押しつけると、まるで魚の口みたいにそこが開いたり閉じたりするのがわかる。吸いこもうと中が蠢くのも。どちらも濡れているせいでいやらしい音を立てている。
「ぁ……、ん、や、……っ……」
 何度も繰り返していると、焦らされているのがつらくて涙が浮かんできた。勃起したあそこが更に滴を垂らし、もどかしい快感がこみあげてくる。
 自分から入れるのは、何度してもうまくいかない。あんな狭い入り口に、丸みのある先端など簡単に入るわけがないってすぐに怖じ気づいてしまう。
 そこにあるのに。早く中を一杯擦ってほしいのに。自分が出来ないせいで叶えられないのがくやしくて、腹さえ立ってくる。
「もう、いや……だ……、っ……」
 俺のいらついている声を聞いて、おかしそうに中嶋さんが笑った。微動だにしなかった手が、いきなり俺の腰を掴む。
「出来ないなら、素股でもすればどうだ」
 中嶋さんのモノを掴んだ手を離してしまった隙に、尻の間に竿の部分が挟まった。
 固くしなったモノが尻の割れ目をぬるりと滑っていき、たまらず背を反らせてしまう。
「あぁ……っ、いや、ぃや……、ぁ……あっ、……」
 焦れた身体が入ったと勘違いしたんだろうか。まるで挿入されたかのように身体が上下に揺れて、止まらなくなる。中嶋さんの両脇に手をつき、腰をくねらせて喘いでしまう。
「……ち、ちが……っ、や、中嶋さ、ちが、う……っ」
「その割には楽しそうだがな」
「ぁ、あ……っ、ちがい、ます……っ」
 否定しながら腰を振っていれば、全く説得力がない。
 アソコが中嶋さんの固い腹筋と擦れて、窪みに精液が混じった半透明のものが溜まっていく。先端が押しつぶされて、気持ちよくてたまらない。
 お尻に中嶋さんのを挟みながら、腹に自分のアソコを擦りつける行為にいつの間にか夢中になってしまう。中嶋さんの身体を使ってオナニーをしているような感覚は、更に興奮を煽らせた。
 固く太い肉棒に、自分から股を押しつけているのを見られている。
 映画の音に混じって、ぬめった下半身から、せわしない水音が聞こえ続ける。
「ぁ、あ……、あ……ッ」
 もうすぐすれば、白いものをこの人の身体に向かって出してしまう。入れられずに、入り口を擦られただけで。
「い、……く、……っ、イっ、く……っ、やだ……ぁ」
 イきたくないのに、止められない。中がじくじくと疼いて、侘びしさに涙が溢れてくる。
 汚い顔でしゃくりあげて泣いているのがみっともなかったのか。中途半端な行為に飽きたのか。
 中嶋さんが仕方ないと溜息をつきながら、自分のそこと俺の腰を掴んだ。
 先端が尻の窄みに当てられて、びくつく間もなく、掴まれた腰をいきなり離されて身体が沈む。
 とたん、ズプッという低い音とともに、大きなモノが尻の中に入ってきた。
「ぅ――あ……」
 開ききっていたんだろうか、あまりにも簡単に入った衝撃でしばらく息ができない。背を反らせ、殆ど直立になった状態で射精してしまうのも気付けない。
 挿入と射精の衝撃で意識を飛ばす時間は与えられなかった。身体の力が抜けていくのを見計らうように、ゆっくりと腰を落とされる。中を抉っていくリアルな感触が、朦朧としていた意識を呼び起こす。
「やあ……」
 壁を押し返し、無理矢理肉をかき分けて入ってくる。張り出したカリが入った後に、太く熱い竿が通っていく。いつまでも入り続けていき、身体を貫かれてしまうんじゃないかという恐ろしさに、身体がひくついた。息も止まっていたんだろう、中嶋さんに声をかけられたとたん、ひゅうという息が漏れた。
 圧迫感に戦く身体を、中嶋さんがあやすように撫でてくる。
「息を吐け。ゆっくり吸って、吐くんだ。……そうだ、いい子だ」
 腕や腹をさすられ、あやされているうちに、次第に身体の緊張が溶けてきた。それに気付いた中嶋さんにすぐに手を離されて、その先は自分でするよう促される。
 尻の孔に埋まる肉塊は、まだ中途までしか入っていなかった。一番張り出したカリは、入り口のあたりで止まっている。
「は……、あ……」
 再びシーツに手をついて、中嶋さんの胸に額がつくまで前屈みになり、下半身に力をこめる。
 長い時間をかけて埋めていき、固い陰毛に袋が触れた時には、身体の中を一杯にする強烈な圧迫感に、心ごと支配されていた。その形や硬さを感じているだけで、気持ちよさに身体が震え始めてくる。
「ぁ、ん……」
 上下に動かずに、腰をぐるりと回してみた。尻を押しつけて捏ねるようにすると、密着感が更に高まり、中嶋さんと混ざっていく気がする。
 更に前屈みになると、モノがずるりと抜けて中を擦った。その刺激に、思わず掠れた悲鳴のような声をあげてしまう。
 待ちきれなくなってる。激しく、もっと擦ってほしくて、中が強い刺激を待ちわびて痺れている。
 だけど、自分で動かなければ得られない。
「ぁ、……は、ぁ……っ」
 ゆっくり腰を上げると、硬いそれが出ていき、沈めると壁を擦りながら再び入ってきた。恐る恐る何度か繰り返すと、尻が次第に蠢いて吸いついていく。擦る程、中がとろけていく。柔らかくなっていく。
 中嶋さんが動いてくれる程の強烈な快感は得られないものの、擦り付ける行為は俺には十分気持ちよくて。
「……あ、――い、い……、あ、あ」
 ベッドのスプリングが軋む音が部屋に響き始めた。次第に、映画の音がかき消されるぐらいに大きく、リズムが早くなってくる。
 濡れた音と、俺のしゃくりあげるような、弱々しい喘ぎ声。耳を澄ませると、俺のアソコが俺の腹に当たり、跳ねている音まで聞こえる。
 正常位でされる時だって、こんなにうるさくなかったんじゃないかと思えば、どれだけ俺が動いているのかわかってしまう。
 恥ずかしくてたまらないのに、止められない。
「み、見ない、……っ、で……下さい……っ」
 動きに合わせて、俺のアソコが上下左右に振り回される。溢れる先走りが糸をひいて、中嶋さんの濡れた腹に落ちていく。
「な、……かじま、さ……っ、ひ、あ、あ、……」
 涙でぼやけた視界の中に、テレビに視線を向けているその人を見つけて、思わず目を見開いてしまった。
「……何、……見てるんですか……っ」
「今お前が見るなと言っただろう」
「……だ、だからって……っ」
 デリカシーがないというのか、失礼というのか。多分、見るなと言ったのもあるけれど、半分は映画が気になっているからだ。一人盛り上がっていた自分が情けなくなってくる。
 しかも、俺が怒りを露わにしているのを見て、じゃあどっちなんだと不機嫌そうに眉を寄せてくる。
 そういう問題じゃないとこの人に言っても、わかってもらえないだろう。
 同時に二つの事ができると言っても、今くらいは一つに集中してほしい。
 それが無理なら、二つ分なんて贅沢は言わないから、せめて俺を騙してほしい。俺に全部つぎ込んでいるように見せかけてほしい。
「じゃあ、……テレビ、見てていいですから……、ここ……う、動かしてて、下さい……」
 押しつけた尻に食い込んだモノを僅かに揺らすと、今度はいじわるそうに唇の端をつり上げた。
「結局、物足りないだけじゃないか」
「違いま、す……っ」
「動いてほしいなら、やる気が出るような方法を考えて、誘ってみろ」
「そんなの、無理に……決まって……っ、ぁ……っ」
 どうして、と責めるように少しだけ身体を揺らされて、身体が反り返る。中のモノを思い切り締め付けてしまう。
「違うことなんて、考えられません……、も、俺、いっぱい、なんです……っ、中嶋さんだけで、もう……っ」
 俺は一つだけで精一杯なんだ。中嶋さんだけで、とっくに俺の許容範囲は越えている。他の事が入る余地なんて全くない。だから、同時に二つのことなんてできるわけない。
「なるほどな、うまい言い訳を考えたじゃないか」
「ちが……、……ひ……っ」
 いきなり、中嶋さんが腰を突き上げた。カリが壁を抉って身体が戦慄く。
「……ぃ……っ、や、……ごりって、なか、――あ……ッ」
 身体が沈むのに合わせて、更に突き上げてきた。一番奥を何度も抉られ、あそこから押し出すように精液が飛び散り始めた。中嶋さんの腹や胸に、白いものが広がっていく。
 大きな杭で栓をされて、その杭を無理矢理抜き挿しされるような激しさで。まるで鞠でも打ちつけるように、俺の尻を軽々と弄ぶ。
「や、や、ひぁ……っ」
 射精しながらおもちゃのように揺れる俺のアソコがおかしいのか、わざと上下左右に身体を揺さぶって更に跳ねさせる。
「やぁ、あっ、あっ」
「お前も、少しは動け」
 中嶋さんに動かれてしまえば、激しすぎて俺が動く隙なんてない。
 騎乗位の動きでは物足りなかったんだろう、中嶋さんが手を離し俺の身体を引き剥がした。仰向けにして、俺の両足を肩に担ぐ。
 正常位にして、いきなり乱暴な抽挿が開始された。
「や、ぁ、――ぁ――っ」
 先程までとは比べものにならない奥まで入ってきて、音を立てて何度も引き抜かれる。息が出来ないくらいの激しさに、ただ啜り泣くしかない。
 俺の身体の事など省みない、俺を使って射精しようとする動物的な動き。
「ぃ、――ぃた……っ、あ、あッ」
 襞がめくれあがる程の乱暴さに痛みを訴えても、その声がひどく濡れてしまっているから更に激しくされた。尻一杯に孔を拡げられ、泡がたつ程に擦られる。
 勝手に動かれる程、乱暴にされる程感じてしまう。
 太腿の裏を押さえつけられ、突き下ろされる。中嶋さんの汗が裸の俺のあちこちに飛ぶ感触。濡れた額。一心に俺を見つめる興奮した瞳。乱れた息づかい。
「す、き……すき……っ、すき……」
 バカみたいに何度も、譫言のように繰り返しても、中嶋さんは制止しない。言うままにさせて、ほんの僅かに唇をつり上げながら、俺を犯し続ける。
 中嶋さんの先走りが中を濡らしていく。その感触だけでもイってしまいそうで、中嶋さんの腕にしがみついた。
「早く、はやく……っ、なかじ、まさ……、はやく……っ」
「……何が」
「さき、イって……っ、中に、出して……っ」
 先にイけと腰を回し促されても、射精を堪えながら首を横に振って嫌だと訴える。
「や、ぃや……、出してから、がい、い……っ」
 奥を中嶋さんので濡らされていくのを感じながら、イきたい。一番好きな瞬間なのに、いつも先にイってしまって、意識が朦朧としてるうちに出されてしまうから。
 完全に犯されてしまう瞬間を、もっと味わいたい。心にも刻みつけたい。
 中嶋さんが言葉の意図することを察したのか。俺を見つめる目が僅かに細められた。
 中のモノがぐんと膨らんで、一番奥でカリが反り返っていく。尻に腰骨があたる音が、映画の音も俺の声もかき消していく。
 射精する為に、俺の身体を押さえつけ、抉ってくる。
「っ、あ――」
 僅かに開いた唇から、熱い息が零れている。切れ長の目は伏せられ、少し苦しそうな表情はどこまでも骨っぽく、艶を帯びている。
 こんな表情を見れるのは俺だけ。今は、きっと俺だけ。
「ぃ、――」
俺の身体を二つ折りにして、一番奥まで串刺しにすると、一瞬の間をおいてから射精が始まった。衝撃で意識が遠くなっていくのを必死で堪える。
 大きく脈打ちながら、熱湯が吐き出されていく。
「……ひ……、……っ」
 中嶋さんが終わるまで我慢することは出来なかった。二度、三度と出されるのに合わせて、押し出されるように自分のアソコからも精液が散り始める。
 中嶋さんの大量の精液に汚されていく。どろどろに溶かされていく。
 ――俺にとってかけがえのない、唯一の絶頂感。
 だけど、すべて味わうことは叶わなかった。俺の何倍もの長い時間をかけて射精されているうちに、いつの間にか意識を失っていた。


 目を覚ましてみれば、素っ裸で腰が抜けている俺以外は、部屋にやってきた時と同じ状況に戻っているように見える。
 部屋は薄暗く、テレビの光だけが俺達を照らしている。中嶋さんも、ベッドに腰をかけて再び映画を見ている。
 映画は丁度、先程流れていたベッドシーンまで進んでいた。だけど、音声は僅かに聞き取れる程度だ。
「……中嶋さん……」
 ベッドの上でシーツにくるまったまま、その背中に声をかけてみるけど、返事は返ってこない。横からこっそり覗くと、端正な横顔はあいかわらず無表情だ。
 やることをやれば、俺が満足すると思っているんだろう。
 セックスが始まる前も終わっても、俺は中嶋さんの事だけで精一杯だというのに。
 くやしくてベッドに俯せになる。このまま寝てやろうかと、シーツを頭まで被ろうとして突然止められた。
 驚いて振り向くと、中嶋さんの手がシーツを引っ張っている。
「何……」
「もう寝るのか?」
「……そうですよ……」
 中嶋さんは勝手に映画を見ていればいい、そう喧嘩を売ろうと口を開けたとたん、頭を掴まれて舌を噛みそうになる。物を掴むような扱いに怒って抵抗しようとすると、頭ごと身体もひきずられた。
 首筋に暖かい感触がして、驚いて顔を上げると、仰向けになった視線の先に中嶋さんの顔があった。
 膝枕をしてくれてるんだと、しばらく気づけなかった。
 だけど、固い太腿の枕は寝心地が悪すぎる。しかも太すぎて、このまま寝れば首が吊ってしまうだろう。なのに、顔が緩んでくる。
 俺をどうやって黙らせるのがてっとり早いか、中嶋さんは当然熟知してる。その証拠に、先程までの怒りは一瞬で消え失せてしまった。
 映画に集中したいから、相手してくれとわめき出す俺を牽制しておく為だろうけど。
 自分は映画を楽しみながら、俺を満足させる。
 同時に二つのことをやってのける。しかもどちらもそつなく、完璧に。
 その中でも、俺をぎりぎりのラインで甘やかすテクニックは抜群だ。
 中嶋さんの手を探り当て握りしめながら、俺はもう一度目を閉じた。



end