□SURVIVAL second 3□



 建物の中は外よりも薄暗い。
 やけに広いシステムキッチンに視界のきかない中嶋さんを待たせて、正面玄関の下駄箱の上で見つけた小さな丸いフォルムのランプを下げてる。建物の電気はすべて点くけれど、不法侵入している俺たちが堂々と光を灯せば、暗闇の中目立って見つかる可能性があるから点けられない。ランプを振ると灯油が揺れる音がして、一晩ぐらいなら十分もつ量だと中嶋さんが教えてくれる。
 白いガラスケースを外した点火口に、手探りでコンロの火を移しケースを戻すと、強すぎないぼうっとした暖色の光が俺と中嶋さんの間を照らした。はっきり見えるのは手が届く範囲ぐらいで思ったより暗いけれど、これなら部屋全体を照らさないから見つかる可能性も低いだろう。
 俺がランプを下げて建物の奥に入っていくと、洋式の外観とはまた違ったふき抜けの豪華なリビングが広がる。ロッジのような深い茶色を使った壁と皮のソファーセットと大きなテレビ、装飾品が並ぶガラスケース。そして暖炉が壁の中心にある。使われている建物なんだろう、どこもさびれていないし埃もたまっていない。
「どうやら別荘のようだな……管理人もいないらしい」
 確かにペンションというより、典型的な別荘のイメージそのものだ。
「そうだ、王様に電話は……」
「通信記録をとられたらまずい。とにかくここで朝まで待とう」
 そう言って中嶋さんがキッチンの方に戻っていくので慌てておいかけると、吊り戸棚から保管されていた保存食のラーメンを拝借している。
「……あれ? ……あ、ちょっと中嶋さんっ勝手に食べたらダメですって!」
「啓太は食べなければいいだろう」
 やめましょうと怖気づく俺も、最後には空腹に勝てずしっかり食べてしまうのが情けない。
 リビングのソファーの間に置かれた大理石のテーブルにランプを置いて、小さな溜息をつきようやく落ち着いたと中嶋さんがソファーに座る。俺はといえば、窓の外も玄関もいつ人が来るかと不安でしょうがなくてちっとも落ち着かない。
「座ったらどうだ」
 平然とソファーにくつろいでいる中嶋さんの横に浅く腰掛ける。それでもキョロキョロと辺りを見渡して、ずっと心臓は高鳴りっぱなしだ。俺の方が普通だと思う。りっぱな不法侵入をやらかしたうえ、人のものを勝手に食べたんだ。見つかったら警察はもちろん退学にもなりかねない。
「動くな、こっちも落ち着かないだろう」
 どうしてそこまで落ち着けるのか聞きたいよ。中嶋さんは黒光りする大きなソファーに深く座り、長い足を組んでいる姿はまるでこの家の主人の貫禄さえある。山道を歩く間に乾いたシャツは皺だらけでよれているけれど、だからといって中嶋さん
のノーブルな雰囲気はなくならない。
「だって、見つかるかもしれないと思ったら……」
「その時はその時だ、今更どうにもならん。見つかったら遭難して逃げ込んだと言えばいい」
「俺は中嶋さんと違ってそんな度胸ないです……」
「……心配するな、捕まっても俺がついてる」
 低い声に甘さを感じて右側に座る中嶋さんを見ると、暖かいランプの光に灯された顔はより陰影が深まって、整った骨格を浮き彫りにしている。眼鏡に遮られない目はいっそう鋭く俺を見据えゆっくり細められる。
「全部伊藤くんが計画しましたと言ってやるよ」
「……う、……」
 口を綺麗に歪ませて笑う表情に引き込まれそうだ。
「……さて、朝まで何をしておくか、なあ、啓太」
「……え? ……ぇ……あ、あの……」
 手摺に肘をつき顎をのせてこちらをじっと伺っている。笑みも台詞も意味深に思えるのは俺の気のせいだろうか。何をするって寝るんだろうと言い返そうとして、寝るってどっちの寝るなんだと自分に突っ込みを入れているとくしゃみが出た。そういえば日が落ちたせいで少し肌寒い。近頃は日中と夜の温度差が激しいんだ。
 中嶋さんが立ち上がって部屋を出て行こうとするので声をかけると、度胸のない俺では絶対に思いつかないことをさらりと言ってのけて驚いて追いかける。
「……ちょ、お風呂なんて、入っちゃダメですよ、中嶋さんっ!!」
 当然俺の制止は聞き流されて、捕まえた時にはもう脱衣所で湯が出るかどうかスイッチを確認している。キッチンの奥に設置された五畳ほどの風呂場と二畳ほどの脱衣所は清潔さを保っていて、中嶋さんが小石をひきつめたタイルを施した風呂場に入り、シャワーの蛇口をひねると、勢いよく流れる水がやがて湯気を発してくる。
 大人一人がゆったり横になれる大きさの湯船に蛇口を向け湯を張り始めて、俺は脱衣所から中を覗き慌てふためくばかりで、中嶋さんの行動を阻止できない。
「ね、ね……中嶋さんってば! こんなことしたら絶対バレますよ!」
「乾いて何も残らないさ」
 脱衣所に戻り俺からランプを奪い床に降ろさせると、いきなり俺のシャツのボタンを外し始める。腕を掴んで離させようともがいても俺の抵抗など微塵も効いていない様子でどんどん素肌が露出されていく。
「や……、ぅ――」
 引き離そうと中嶋さんの肩を押す両手を掴まれ、今度は中嶋さんの口が俺の唇を塞いできた。唖然とする間にベルトが外されズボンを下ろされていくのに気付いて、握り締めた拳で中嶋さんの胸をどんどんと叩いてもびくともしない。しかも中嶋さんの熱い舌が入ってきて力が抜けそうになる。歯列をなぞり更に口を開けさせられて、俺の舌を見つけて舌先でねぶられる。叩いていた両手はやがてだらりと垂れ下がって いき。
「ぅん……、ぅ……」
 バカなことこの上ない。俺の抵抗をなくす為の行為だとわかっているのに、キスにめっぽう弱い俺は一瞬でおとなしくなってしまうんだ。
 中嶋さんの手の平が直に俺の尻に触れて身体が跳ねる。抵抗虚しく既に下着も下ろされてしまったらしい。素っ裸にされてようやく口が離されて荒い息をつく。
「おとなしく風呂に浸かれ、風邪をひかれたら迷惑だ」
「で、でも、人のお風呂場で……っ」
「スリル満点のラブホテルだと思え。そうすれば楽しめるだろう?」
「……わ」
 中嶋さんも自分のシャツのボタンを外し始め目を剥いた。もしかして一緒に入るつもりなのか、まさか。まさか。
 弱い光の中で中嶋さんの身体が浮かび上がり、ぼうっと肌が露になるのを突っ立って見つめていると、さっさと先に入れとどやされて慌てて湯気が立ちこめる中に入った。
 湯船は勢いよく注がれるお湯で既に半分ぐらいまで溜まっている。暖かな湯気に誘われてゆっくりと腰を下ろすと、熱いぐらいのお湯が冷えていた身体を包み込み、気持ちよさに思わず溜息を漏らしてしまう。
 中嶋さんに強引に入れられてよかったかもしれない。今日の疲れがゆるやかに溶けてなくなっていくようだ。忍び込んだ家のお風呂ではあるけれど、ようやく緊張感がなくなっていく気がする。さっきまで見つかることばかり考えて気が気じゃなかったからな。
 壁一面の窓が湯気で真っ白になっている。外は多分暗闇に覆われ何も見えないんだろう。
「はぁ――」
 何度目かの深い溜息を漏らしたとき、ドアが開いて中嶋さんが入ってきた。
 俺を入れるために脱いだふりをしたんだと無理矢理決めつけていたので、全く心の準備ができておらず身体が強張る。
 ドアのガラス越しにランプを置いたおかげで暖かな光が入り込んでくる。小さな豆電球が灯る程度の明るさだったけれど、電気をつけられるよりはましだ。今の状況で電気を点けられたらきっと逃げ出してしまってる。
 湯船の端っこで足を抱えて丸くなり、中嶋さんを見ないよう窓の方を向いていると中嶋さんも湯船に浸かるのが目の端に映る。俺と同じように深い溜息をついて、ちらりと盗み見ると濡れた手ですいた髪を後ろに流し、形のよい額を見せて窓の向こうを見つめている。
 スリル満点のラブホテル。中嶋さんの言った言葉が頭に浮かぶ。
 ここが本当にラブホテルだったとしよう。恋人同士がラブホテルに入ってすることといえばひとつだけだ。そうでなくとも学園の共同風呂以外のこんな小さなお風呂で一緒になるなんて初めてで、しかも二人きり。かあっと顔に血が上ってきて曲げた膝に額を乗せて俯いてしまう。
 平常心でいられるなんて無理だ。緊張がほぐれて次に俺の頭を占めるものといったら、二人きりの夜に俺たちが何をするのかということだけで。
 別荘を見つけてくれた神様が残りの運を使ってくれたんだろうか。
 今俺が中嶋さんを誘えば、してくれるだろうか――思い切ってお願いすれば叶うだろうか。
 八分目までお湯がたまったところで、中嶋さんが湯を止めた。
「……どうだ、温まったか」
「は、はははいっ」
 口から出たのは動揺しているのが丸出しの上ずった声で、中嶋さんが鼻で笑うのがわかる。そのまま無言が続いて、俺は勇気を振り絞り顔を上げ真正面で中嶋さんを見つめると、いつからなのか中嶋さんも俺を見ていて目が合った。
 薄明かりの下、溜息しか出ないような逞しくて均整のとれた裸身がそこにある。心臓が鷲掴みにされるような感覚に思わずまた俯いてしまう。
 好きだとかそんなことは通り越して、誰だってこんな中嶋さんを見れば見惚れてしまうだろう。膝を抱えながらようやく搾り出した声は震えてしまってる。
「あの、本当にごめんなさい、俺のせいでこんなことに……」
「……反省しているなら態度で現してみるんだな」
「……俺、何でも言うことを聞きます、から……」
「ふぅん……何でも、ね……」
 低くこもるような声に、既に俺は何かを期待してしまってる。
 水面が揺れて、俺の足に中嶋さんの伸ばした足が触れていった。次に触れたのは抱え込んだ太腿の間に収まっていた部分で――
「ゃ、あぁ……っ!」
 足の裏であそこを押されたのだ。
 俺の股間に伸ばされた足でお湯が波立ち、俺の喘ぎと重なる。足の裏でそこ全体を何度も押しこまれ、指先で竿をこね回される。
 既に少し反応していたそこは、強い刺激にぐんと力を増して中嶋さんの足を押し返すのがたまらなく恥ずかしい。足の裏だけで弄ばれて屈辱を感じてもいいはずなのに、もっといたぶられたいと思ってしまう。負い目を感じている分触れてくれるだけでもうれしい。
「ぁ――ん、あ、あ……っ」
「……そうだな」
 勃起した竿の裏筋を親指の腹でなぞりながら、中嶋さんが乱れていく俺を楽しそうに見つめている。
「い、たぃ……っ」
 硬くなったあそこをきつく押されて痛みを訴えても、ますます大きさを増すそこを知られていては止めてくれるわけがない。袋を踵でぐりぐりと押されて痛みで生理的な涙が溢れるのに、潰されるかもしれない恐怖が更に快感を強めていく。腰を突き出して自ら足にあそこを押し付けせがんでしまう。
「なか、じまさ……っ、ぅあ、ぁ……っ」
「……俺に抱かれてよがり狂ってるお前を見せるってのはどうだ」
「ぁう――ゃ、ゃ……」
 低く囁かれる俺への要求に、抱いてくれるという喜びと同時に狂わされていく自分を想像して、急激な射精感がこみ上げてきて腿が引きつる。
「……俺がいいというまでイくな」
 きつく目を閉じ絶頂をやり過ごすと、今度はあやすようにそこを足の指先が優しく撫でてくる。だけどじれったい快感は今の俺には苦痛でしかなくて。
 もっと、漏らすぐらいに虐めてほしい。
「……も、っと、もっと……っ、弄って……くださ……っ」
「本当にお前は淫乱だな」
 鼻でせせら笑われても、その響きが足からあそこに伝わってはしたない声を上げてしまう。願いどおりそこをきつく押しつぶされて快感に涙が溢れる。
「お前のような変態で淫乱なやつは見たことがない」
「ひぁっ――」
 親指が尻の穴を抉り、とうとう抱えていた膝を崩してしまう。そのまま力任せにぐりぐりと回しながら根元まで埋められ、俺は喉を引きつらせてお湯の中に精液を放った。
「ふ……ひぅ……、ひ……くっ」
 身体をびくつかせ射精を続ける俺に出すなといったのにと舌打ちし、指を引き抜いて湯船から出て行ってしまう。
 手を伸ばしても届かず、中嶋さんは湯船にいる俺の方を向いて高さのある風呂椅子に座り、中途に立ち上がった色濃いそこを隠しもせず大きく足を開いた。
「お前の身体で洗うんだ。……できるだろう?」
 ふらふらと湯船から這い出た俺は、設置されていたポンプ式のボディシャンプーを押して手を泡立てると、中嶋さんの前にかしずいてそこに手を伸ばす。なのにその手を叩かれて、もう一度言われたことを頭で反芻して、手の平のそれを自分の胸から下半身まで撫で付けて泡立てから、中嶋さんの胸に腕を回し自分の身体を押し付けてみる。
「は……ぁ……」
 丁度胸の下あたりに中嶋さんのあそこが当たり、そのまま左右に身体を揺らすとぬるぬると肌を滑っていく。顔の前にある中嶋さんの乳首に吸い付きながら、俺は中嶋さんのそこを自分になすりつけた。
 身体を大きく揺らす度に硬度を増していくそこが俺のしこった乳首を押しつぶしていき、中嶋さんの乳首を咥えながら声を漏らしてしまう。もどかしい刺激に耐えられず、俺は回していた腕を解いて中嶋さんのそこを両手で握り、剥けきったカリの先端を自分の乳首に押し当てた。
「ぁ、ぁ……っ」
 硬い先が泡でぬめった乳首を押しつぶし滑っていき、自分から乳首を揺らしてもみる。口でも指でもない卑猥なものにそこを弄られ、視界に入る光景は既に放出したばかりのあそこを痛い程刺激する。
 中嶋さんのそこを洗っているはずが自分の快感を追いかけてしまい、止めなくちゃいけないと思うのに握った手を離せない。茂った陰毛から覗くグロテスクな形をしたそこは見ているだけで唾液が溢れてきて、浮き上がる血管や張り出たカリ、尿道口に舌を這わせたくてたまらない。堰を切って溢れる中嶋さんがほしいという欲求が止まらないんだ。
 お願いして風呂椅子から降りてもらい、タオルの上に座った中嶋さんの上に足を開いて跨り、泡立てた自分のあそこを中嶋さんのそれに触れさせて、そのまま腰を揺らして中嶋さんのそこを洗い始めた。
「ぁ、っ……あっあっ」
 自分のが大きなそれの周りを滑って、腰に力が入らずうまく擦り合わせられなくて、俺のだけがどんどん固くなり時々中嶋さんの腹や毛を突いてしまう。
 手で二本とも包み込み固定してみると、ごりごりと根元から先端までまんべんなく俺ので刺激できるようになったけれど。
 見下ろすと、手の間から二つの赤く充血した先端が出たり入ったりして、一つの穴に二人のを一緒に挿入しているようで。穴に入れるという行為で思い浮かべた自分の浅ましい姿に、尻の奥を何かがじわりと広がるのがわかる。
「も……――んぅ……っ」
 太いものを欲しがって入り口が開いてくるのがわかる。ぱくぱくと魚の口みたいに、開いたり閉じたりしているのを感じる。
「……も、ほし……っ、中嶋さ、ん……、――っ」
 すすり泣きながら腰を突き出し、もう許してと何度訴えても無視されて、タイルにひかれたタオルで中嶋さんのそこについた泡を拭うと、中嶋さんに背を向けて突き出した尻に先端をあてがった。
「あぅ――」
 腰を下ろすとズルっと抵抗もなく巨大な肉塊が入り込み、じわじわと根元まで埋めてしまうと、漏らしてしまう程の充足感に溜息をついてしまう。欠けていた部分が補われる気持ちよさに全身が細かく震える。
 だけど、中嶋さんがそんな俺の尻を容赦なく打ち据える。
「いつ入れろと言ったんだ、早く抜け」
「ぅ、あ……っ、ご、ごめ……なさ……っ」
 低く響く声に竦みあがり、タイルについた腕を突っ張っぱらせて腰を上げた。
 張り出たカリが音を立てて抜けると、尻の穴が名残惜しげに何度も収縮して消失感に涙が溢れてくる。数秒間の挿入は飢餓感を更につのらせて耐えられないものにしただけで。
 何でもいいから、尻の痒みをかきむしりたい。抉りたい。
 四つん這いになり片手で穴を探り、ふやけて柔らかくなった縁を指の腹でなぞる。
中指を少しづつ入れていくと弱い刺激でも感じたくて壁が指を締め付けて尻がひきつる。指を二本にして熱いゼリーのような内部をかき回す。
 尻を中嶋さんに向けながら弄ることさえ快感で、恥ずかしいと泣きながら、ここがどれだけほしがっているか、ひどいほどにかき回してほしいか知ってほしい。
「ぃや、あ!」
 中嶋さんの踵が挿入している手の甲をきつく押してきて、指が根元まで入り込んだ。足の裏が俺の手をからかうように押さえつけてくる。
「ぃ……っ、やめ……っ」
「どこまで変態なんだ、お前は」
 ぐいぐいと足の指がもっと入れろと押してくる。乱暴に押されて爪が壁を擦り痛みに喉がひきつった。
 ひどい扱いに喉をしゃくりあげて俺は泣いた。ここまでされれば快感よりも悲しさの方が上回ってしまう。だけど昂ぶる身体は暴走し、中嶋さんが欲しくて自ら尻を振ってしまうんだ。
 開いたままの口から唾液がタイルに糸をひいていく。もう焦らされるのは限界だった。
「……ゆ、許して……っくだ、……も――ぅ……」
 足で尻を蹴られ、タイルの上にうつ伏せに転がされる。胸や腹が泡だらけで起き上がろうにも滑って叶わず、ようやく右膝を立てると後ろから腰を掴まれて、熱いものが一気に奥まで貫いた。
 頭で串刺しにされるような衝撃に俺は悲鳴を迸らせる。
「あ――……ひぐ、ひぃっ」
 腰を何度も突き下ろされ、タイルと腹に潰されていたあそこから大量の精液が溢れる。激しい抜き挿しに合わせて何度も熱いものが腹を濡らして、意識が朦朧としたところに乱暴にまた尻から引き抜かれる。
 また音を立てて最奥まで挿入し、何度か俺の尻を揺さぶってはまた抜くという行為を何度も繰り返され、射精が終わったはずの俺のあそこは治まることなくまた硬さを取り戻し始める。
 荒々しいセックスは激しすぎる快感で中嶋さんを味わうことさえ許されない。
 硬いままの中嶋さんをずるりと抜かれて、支えを失った身体がタイルに崩れ落ちる。射精したというのに身体に灯った火は消えずくすぶり続けている。
「うっ……ぅ、うう――」
 うつぶせになったまま俺は声を押し殺せずに泣いた。
「なんだ、まだ物足りないのか」
「ちが、ちが……ぅ、こ、んな、こんなの……」
 中嶋さんを感じたいのに、ほとんど肌にも触れさせてもらえず、ただ挿入されるだけなんてイヤだ。きつい快感は俺の心を満たすわけじゃない、道具のように扱われるのを望んでいたんじゃない。
「も、っと……っ、や、やさし、く……っ」
「さっきひどくしろと言ったのはお前だろう。言うことを聞くと言ったのは嘘なのか」
「そ、それは……、ちが……っ」
「じゃあどうされたいんだ」
 きつい言葉を浴びせられて、きつく閉じた目からタイルにポタポタと涙が落ちる。
「なんでも、するか、ら……やさしく、して下さい……っ」
 くく、と肩を震わせておかしそうに笑う。
「……矛盾してるな」
 腕を引き寄せられて上半身を起き上がらせると、中嶋さんが俺の泣き崩れた顔を真正面から見据えてくる。心の奥まで見透かされそうな強い眼差しは、言葉とは反対に僅かにやさしさが滲んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「じゃあもっと見せろ、お前がおかしくなるのを」
 耳元に口を寄せられ囁いた言葉に、ぞくりと快感が這い上がってきてくすぶっていたものがまた燃え出すのを感じる。
 ほんの僅かに見え隠れする中嶋さんの熱だけで、俺は簡単に舞い上がってしまうんだ。
 もっと中嶋さんを感じたい、もっと全身に触れて欲しい。

 
 俺は、中嶋さんと全裸で抱き合うことにまだ慣れていない。中嶋さんは服を少し乱す程度で済ませてしまうからだ。
 火のついていない暖炉の上にランプを置いて、その前にひかれている毛の長いベージュの絨毯の上で俺は跪き、ソファーに座る中嶋さんの股間にむしゃぶりついている。
 おたがい風呂からあがったままの全裸で、髪の毛はまだ雫が垂れているけれどそんなことは気にならない。口に咥えているものはお湯ではない俺の唾液で濡れて、かよわいランプの光にカリをつやつやと光らせている。両手でそっと握りカリの部分だけを咥えてねぶると、深く刻まれた筋から唾液ではないものが滲んできてたまらず音をたてて吸い付いてしまう。
 握った竿は手に吸い付くような感触でじっとりと湿っている。両手の親指の腹で裏筋を撫でると、浮き出た筋が張って押し返す。
「……、っん……んうぅ」
 口いっぱいに頬張っても竿の半分ほどまでしか入らず、根元を手で扱きながらリズムをつけてしゃぶると、自分の溢れてくる唾液が手や中嶋さんの陰毛まで濡らしてしまう。
「ぁむ、あっ……」
 いつの間にか浮き上がっていた尻に大理石のテーブルの縁があたって、疼き続けている尻に冷たく硬い感触が気持ちいい。
 中嶋さんに舌を這わせながら尻を縁に擦り付けていると、中嶋さんが笑う響きがそこに伝わり、先端に溜まった唾液が俺の頬を濡らす。
 外見からは想像も出来ないぐらい卑猥な形をしていると思う。硬さも大きさも俺の比じゃなく、張り出したカリは包茎の俺と比べるのもおこがましいぐらいに立派なものだ。
 誰にもとられたくないし、見られたくない。
 中嶋さんの身体も、手も、足も、顔も全部俺だけのものにしたい。ここも俺の中だけに入れてほしい、俺の中に何度も入って、もっと色濃くなってくれればいい。
 腹に反り返り、その下に垂れ下がる袋はあそこに似合う大きさで、丸く形を変えた膨らみや中心の筋に舌を這わせる。もう一度竿を深く咥えて手の平で袋を揉みこむと、口の中のものが大きく跳ねて上顎や舌を刺激し涙が浮かんだ。
 これをもう一度入れてくれるんだろうか、しゃぶる動きに合わせて腰を揺らしながら、俺の頭はそのことで一杯になってしまってる。
 低い声で中嶋さんが笑い始める。
「……いつか食われそうだな」
 手を引かれ、口を離してふらつく足で立ち上がると、中嶋さんの横に座らされて後ろにあおむけに倒された。三人以上は座れるソファーに横たわる俺に中嶋さんが覆いかぶさってくる。
 すると、奇妙な違和感が俺を襲った。
 思わず慌ててソファーから逃げ出そうとしてしまい、中嶋さんの両腕で肩を押さえつけられる。
「おい、なんで逃げる」
「だ、だって、こんな普通の……っ、かっこ……ゃだ……」
 突然襲ってきた恥ずかしさにいてもたってもいられない。身体を組み敷かれて逃げられず両腕で顔を覆う。
「……普通?」
「こん、こんな……、いつもと、違う……っ」
 のしかかる中嶋さんの重みも、身体中に触れる中嶋さんの肌も。
 耐えられない程の羞恥を感じるのは、散々セックスしておきながら殆ど経験したことのない感触だから。
 こわい。こんな恋人同士のようなセックスをすれば、本当におかしくなってしまうかもしれない。
「……そうか」
 そう呟いて中嶋さんが身体を震わせて笑い始めて、俺の身体に振動が伝わっていく。足の間に中嶋さんの身体が入ってきて、両腿をつかまれ広げられる。窄まりに先端が押し当てられて驚いて顔を覆っていた腕を解くと、それを待ち構えていたように濡れた声で囁かれた。
「……それなら、思いきりやさしくしてやるよ」
「ぁあ、や、あ――……」
 襞を広げながら、ゆっくりと中嶋さんが侵入してくる。じわじわと中を押し広げ途中まで進むと、少し引かれてまたゆっくりと少しづつ深く入ってくるのだ。お風呂場でのセックスとは全く違う、中嶋さんの形を感じてしまう静かな動きに甘ったるい喘ぎを漏らしてしまう。
 物足りないとせがんで吸い込もうとするのが恥ずかしくてたまらない。
「ん……、あ――っ、あ……っ」
 中嶋さんが屈みこんできて俺に深く口付けて、離されたとたん今までにないやさしさで抽挿が開始される。身体中で存分に中嶋さんを味わえる余裕のあるセックスは初めてかもしれない。
「ちが、こ、んなの、ちが……っ!」
 俺の髪をすきながらあちこちにキスしてきたり、どこまでもやさしい手が乳首をはじいたり。
 そんなの中嶋さんじゃない。愛し合う恋人のようなセックスをする中嶋さんなんて知らない。
「……啓太」
「ひぅっ」
 耳たぶを甘噛みされて、耳の襞を舌先でゆっくりとなぞられる。尻に入っているものは動きを早めたり止めて揺さぶったり、最も感じるところを掠っては引くのを繰り返し俺を喘がせる。中嶋さんの腰の動きがいやらしくてたまらない。乱れる自分を見たくなくて目を閉じると、目尻にうっすらと滲んだ涙を熱い舌が拭って、それも信じられないと頭を振る。
「目を開けろ、啓太」
 イヤだと首を振っても両手で顔を包まれて、恐る恐る目を開けると至近距離から俺を見つめる瞳がある。
「……目を逸らすな、お前を抱いている俺を見ていろ」
 有無を言わせない強い視線に、本当に目が離せなくなる。腰を掴まれ、もう片方の手が俺の肩を掴み俺の身体を動けなくさせると、深く抉るような激しい抽挿が始まった。
「い、ぃやっ、あっ……あっぁ」
 中嶋さんの視線から逃れたい、恥ずかしくて見て欲しくないのに、冷たい笑みを浮かべる中嶋さんから目が離せない。
 何も見逃さない、俺の奥まで見透かすような鋭い目がひどく熱を帯び、俺の嬌態を凝視している。
「ぁ、んぁ、――あ……――っ」
 中嶋さんの熱に溶かされる。
 立ち上がり、腹の上に乗ったあそこからとめどなく先走りが溢れ出て、笑みを深くするその表情にも身体が反応した。激しくかき回されるそこを自ら締め付けて、もっと奥まで抉ってほしい腰を振る。
 俺の身体で中嶋さんがもっと気持ちよくなってくれるなら。
 右手であそこを握り、きつく扱きながら俺はぼやける目で中嶋さんを見つめる。
「も、もっと……っ、見て、俺を、見て、て……っ」
 乱れる様をすべて見てほしい。中嶋さんに抱かれてこんなにも感じている俺を知ってほしい。どれだけ中嶋さんを欲しがっているか、どんなに好きかわかってほしい――
 細められる目にさえ、胸が締め付けられる。
「……いい子だ」
 与えられた言葉がうれしくて、涙が目尻を伝って流れた。
 そうなんだ。たくさん困らせて、自分勝手に行動して、変態だと罵られるような俺を、中嶋さんは最後にはいつもすべて許してくれる。
 だから、どんなにひどくされても、俺はこの人をどんどん好きになっていくんだ。
 太腿の裏を押さえつけ、腹につくほど折り曲げられる。
 広がったそこに激しく腰を打ちつけられて一瞬呼吸ができなくなる。俺は両手で中嶋さんの首に縋りついて喘ぐ。
「あっ、ぁあっ! ……あっあっあっ」
 先端がひっかかる程度まで抜かれては、これ以上ない程奥まで突き下ろされる。俺の尻がソファーのスプリングで跳ねて、その動きに合わせてボールを跳ねるように中嶋さんが腰をぶつけてくる。
 中嶋さんのそこは鉄の塊のように硬く俺を抉る凶器のようで、身体の中が中嶋さんの形に変えられてしまいそうで。
「や、や、……ヘン、ヘンだ……っ」
 尻の奥から熱いものがとろとろと沸き出てくる。中嶋さんのじゃない、内部から零れる未知の感覚に怖くなって中嶋さんにしがみつく。
「濡れ、濡れく、る、なか、ぁ――……う、あぁっ」
「……男も感じれば濡れてくるんだ」
 中から染み出したものが中嶋さんに掻き出され、濡れた音が大きくなっていく。肉のぶつかり合う音もいやらしくて、泣きじゃくりろれつの回らなくなった自分の声も甘ったるい。
「なか、なかじ、――だっ、だし、え、……ぇっ」
 見たいのに、中嶋さんがどんな表情でイくのか見たくてたまらないのに。いつのまにか視界が涙で見えなくなってる。最後の力を振り絞り、首に回した手で顔をさぐり中嶋さんの頬を包んで引き寄せた時、身体の一番奥に熱湯が浴びせられた。
 一瞬視界が真っ白になり、その衝撃に俺も絶頂を迎えて白いものを迸らせる。
「ァ――っ……――」
 射精しながら中嶋さんが腰を更に打ちつける。入り口から奥まで全部に精液が塗りこめられ、泡がたつほどかき回された。一滴も残さず飲み干そうとするそこが何度も収縮を繰り返して、前からは自分の精液が何度も押し出されるように溢れてくる。
「や……――っ、ひ、ぃく」
 数えるほどしかない中嶋さんの中への射精は、俺を狂わせるには十分のものだった。中嶋さんの奔流が終わっても、いつまでも治まらない自分の射精に恐ろしくなる。
「止ま、止まら――、な……っ」
 中嶋さんが痙攣を起こしている俺のそこを握り絞り出すように扱いて、俺は泣きながら大きな手の中にすべてを出しきった。
 やがて中嶋さんのが引き抜かれても、苦しいほどの絶頂で身体はまだ治まりきらず、長い間開かされた足はそのまま強張って閉じてくれなくて。
 気付いた中嶋さんに大丈夫だとあやすようにキスをされて、ゆっくりと身体が緊張を解いていき、安心感に包まれながら次第に意識が薄らいでいく。
 中嶋さん、中嶋さん。
 最後に呟いた俺の言葉はちゃんと聞こえただろうか。


 息苦しい暑さにゆっくりと目を開けると、暗闇がやがて白くなりだして、その中に人の姿を見つけて目をこらす。
 こちらを向いてタバコを吸っているのは中嶋さんで、驚いてどうしてここにいるんだろうと思う。自分の部屋ってこんなだったっけ――
 煙がその綺麗な口から吐き出されるのを見つめながら、次第に頭が覚醒してくる。
「――あ!」
 跳ね起きたとたん、腰に鈍い痛みが走ってまた倒れこんでしまう。その覚えのある痛みですべての記憶がクリアになった。
「中嶋さんっ、今どうなってるんですか……っ」
「時間か? もう昼近い」
「昼っ !?」
 痛みをこらえて飛び起きて、やっと自分がソファーで寝かされタオルケットを羽織っていたこと、昼間で気温が上昇し熱くなっている事を知る。反対側のソファーに座る中嶋さんはもう制服を着ているのに、俺はといえばまだ全裸だった。
 結局俺たちは別荘で一晩を明かしてしまったのだ。しかも今はお昼で、また俺のせいで中嶋さんを待たせていたに違いない。
「すみませんっ! 急いで用意しますからっ」
「……いや、慌てなくてもいい。身体がつらいだろうからな」
 からかうような声で言われて、言い返したいけれどその通りなので口を噤む。中嶋さんとした次の日は身体も使いものにならないし、頭もずっとぼうっとしたままで役に立たないんだ。
 だるい身体に鞭打って俺は制服を着て準備を済ませると、俺たちが侵入した痕跡を消していき、最後にランプを玄関に戻して別荘を出た。
 門を出る前に、俺は振り向いて別荘を見上げた。
 不法侵入で許してはくれないだろうけど、一晩だけ中嶋さんを貸してくれたその建物にそっとお礼を言ってみる。
「早く行くぞ」
「は、はいっ」
 この一晩の代償に失うもの、それを思うと心臓が痛むけれど、もう決めたことだ。
 木々に囲まれ日差しが差し込まないせいで、昨日と変わらない薄暗い道を二人で戻る。
 中嶋さんが痛む身体で歩く俺の速度に合わせてゆっくりと歩いてくれる。気遣う言葉よりもそれがなによりうれしい。だけど同時に悲しくもあって。
 俺は立ち止まった。
 もしかしたらもう話しかけてくれないかもしれないその後姿を見つめ続ける。
 足を止めた俺に気付いた中嶋さんが振り返り、俺を見つめて――怪訝そうに眉をひそめるまで、俺は長い間見つめていた。
「……ごめんなさい」
 ――ずっと俺は嘘をついていました。
 中嶋さんに近寄ってその手を掴み、鞄の中から取り出したそれを手の平にのせた。

 それは、片方のレンズに少しヒビが入った中嶋さんの眼鏡だ。
「言うつもり、なかったんですけど……やっぱりダメで……、はは……っ」
 顔を上げられないまま、声だけは平静を保とうとするけれど、震えてくるのを抑えることはできない。
「……嘘、ついてて……ごめんなさい……」
 川に眼鏡が流されて、探すのを諦めて車に戻ったとき、俺は干していた自分の制服を忘れて一人で取りに戻った。岩の上の制服を取って引き返そうとしたその時、向こう岸の川辺に光るものを見つけたんだ。
 川を渡ると、そこには複雑な川の流れで運良く押し出された眼鏡が浅いところで沈んでいた。喜んでそれを中嶋さんに持っていこうとしたとき、ふと頭をよぎったもの。 
『少しでも長く一緒にいたい』
 眼鏡がなければ運転できなくなる。そうすればもう少し一緒にいられるかもしれない。
 分刻みで働き続け、ずっと相手にしてもらえなかった俺の中に溜まっていた寂しさが、眼鏡を鞄の中に隠させた。俺のせいで後がどうなるか考えもせず、たくさんの人に迷惑を掛けることも考えもせずに。
 ただ自分の為だけに俺は嘘をついたんだ。
 目の前に立つ中嶋さんに言葉はない。
「……俺、一人で帰ります。中嶋さんは車で先に帰っていて下さい。仕事、溜めさせて……ごめんなさい」
 浴びせられるだろう罵声に耐えることはできなくて、その前に俺はそこから走り出した。


 号泣しながら、俺は昨日歩いてきた川沿いの舗装された道を歩き続ける。
 人は誰も通らないし、まだ車ともすれ違っていないから思い切り泣いたって誰にも見られない。流れる涙を拭う必要もないから顔中汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
 中嶋さんと別れてから、すぐに堪えきれず泣きはじめてどれくらい経ったのか、ぼやけた目に映っているのは緑色だけだ。もし人が通っても俺の方が見つけられないじゃないかと笑ってみる。
 今日も暑くて、太陽がぎらぎらと俺に照りつける。コンクリートから湧き上がる熱気がひどくて、弱った身体に残された体力をどんどん奪っていく。それでもいいやと思っていた。歩けるだけ歩いて、力尽きて倒れてしまってもいい。それで何も考えなくてすむのなら本望だ。
 怒鳴られもしなかった。もしあそこで怒鳴られていたら、無視されるより少しはましだったんだろうか。土下座して謝れば許してくれただろうか――さっきの俺の行動を反芻しては後悔し、また涙が溢れてくる。
 背後から車のエンジン音が近づいてきて、車ならすぐに通りすぎるだろうと放って泣き続けていると、いつまでたっても俺の横を通り過ぎないことにようやく気が付いた。それどころか真後ろでクラクションを鳴らされ飛び上がる。
「なんだ……て、わぁっ!」
 驚かされ怒って振り返ると、俺を跳ねそうな距離にあのオンボロのアメ車がいた。
 呆然と突っ立ったままの俺にのろのろと近づき、俺を追い抜かずに横で停車する。
 開け放った窓の中、運転席に座っていたのは中嶋さんだった。あんぐりと口を開けたまま動けない俺に、中嶋さんが心底イヤそうな声を発した。
「……なんだその雑巾みたいな顔は」
「……ほ、ほ、といてっ、くだ、ひっく」
 しゃくりあげながら言葉を出そうにもうまくいかず、窓からタオルを無理矢理渡されて仕方なく顔を擦る。
「な、なに、っし、てるん、ですか」
「うだうだ言わずにさっさと乗れ」
「い、いや、ですっ」
 話しかけてくれたことに、迎えに来てくれたことがうれしくて、でもそれを気付かれたくなくてタオルで顔を覆っているとまた新しい涙が溢れてくる。自分から別れておきながら、バカみたいに喜んでいるのがくやしくてムキになってしまう。
 だけど、どうしてこんなに早く車を持ってこれたんだろう。車を置いてきた所から相当距離があるはずなのに。
「お前が寝ている間に持ってきたんだ。道に止めてあったのが見えなかったのか」
 泣くことに夢中で、山道に入る手前に置いてあることに気がつかなかったのか。そうだったのかと謎が解けて安堵してから、もっと重要なことに気付くまでにしばらくかかった。
 タオルを退けて中嶋さんを見下ろすと、そこにあるはずの眼鏡がない――
「め……がね……は……?」
「……見えないわけないだろう。俺はどこまで近眼なんだ」
「……は……?」
「度は殆ど入ってない。見てわからんのか」
 俺をなじる声に傷つくより、頭の中は疑問がどんどん出てきて涙も止まってる。
「でも、だったら……あの時……」
 先に、眼鏡がないから運転できないと言ったのは確かに中嶋さんだ。それから中嶋さんは別荘にいる間もよく見えないからと俺が代わりにいろいろ見つけてきたんだ。
 でもあの時。そうだ、中嶋さんがラーメンを見つけてきた時だ。ランプよりも見つかりにくい場所のそれを簡単に見つけてきて、何か違和感を感じた気がする。
 あれはすべて演技だったという事なのか。じゃあ、どうして俺に合わせて目が見えないと言ったんだろう。
 中嶋さんがドアを開けて道に降り立ち、俺の前で立ち止まる。ズボンのポケットから俺が渡した眼鏡を取り出した。
「……もしかして……俺が川で見つけたのを、始めから知っていたんですか……?」
「いや、知ったのは今日の朝だ。お前の鞄からはみ出していた」
 ひびの入ったそれを、中嶋さんが流れる川の中に投げ入れる。水の中に消える眼鏡と中嶋さんとを交互に見ながら、何がどうなっているのか疑問を並べなおそうとする俺の頭を大きな手が優しく乗せられた。
「……どうもお前には甘くなる」
 小さな溜息と共に発せられた言葉にも、何故声まで優しいのかも理解できなくて、問い詰めようとしたら既に中嶋さんは車に戻りドアを開けている。
「行くぞ、お前の仕事を山程作ってやる」
 エンジンをかけ始めて、俺は慌てて助手席に乗り込んだ。

 俺が真相に辿りつくまで、相当な時間がかかりそうだ――







end