□SURVIVAL 2□


 

 数日後に行われた学内テストの成績は散々だった。私立の高校なだけに学力の向上には熱心で、テストの成績の順位表が校庭から校舎までの遊歩道の掲示板に全学年張られる。俺の順位はギリギリ中の下、そこまでで助かったのはBL学園の授業がここより先に進んでいたからだった。
 昼休みに一人でぼうっと順位表を見つめていると、クラスメイトの女子が話しかけてきた。
「伊藤君どうだった?」
「全然ダメだったよ、ここってレベル高いんだね」
「その学校に入学できたくせに? ここ転入するの難しいって聞いたよ」
 クラスメイトの女の子が楽しそうに笑った。和希から何も聞かされてなかったし気にしてなかったけれど、この高校は全国でも有名な進学校だったんだ。
 学校に女子がいる風景にもやっと慣れて、数人の女の子とは話ができるようになっていた。中嶋さんも誰かと親しくしているんだろうかって事は、出来るだけ考えないようにしてる。
 話かけちゃいけないなら、俺は従うしかない。会うこと以外連絡がとれない以上中嶋さんが何を考えているか聞くこともできないけれど、きっと何か考えがあるはずだと信じて、俺は待つことにした。
 雑談していると、数メートル離れた場所で五、六人の二年生の青のネクタイをした女の子の集団がやってきて、掲示板に張られた順位表を指差して騒ぎ始めた。だけど指差す順位表は三年生のものだ。それに同じ所をみんなで見て盛り上がってる所を見ると、自分達の成績の事ではないみたいだ。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、校舎に戻ろうと歩き出し、ふと二年生達が騒いでいた部分に目をやると、そこによく知った名前を見つけてその前で立ち止まった。
 三年生の一位の場所に『中嶋英明』の名前が書かれている。
 改めて、中嶋さんもこの高校に在学しているということを突きつけられたような気がして、俺は無意識に指でその文字をなぞってみた。
 この高校の中で中嶋さんも授業を受け、部活をし、友人を作って新しい生活をしていることを、まだ俺の中で現実に感じることができなかったのかもしれない。
 朝礼の時も、部活の時も、出会った中嶋さんは別人なんじゃないかってどこかでそう思っていた。
 中嶋さんは、まだ授業に慣れきっていない俺とは違って、この緑ヶ丘高校でも実力を発揮していた。BL学園でもトップクラスの成績だったから、この学校の授業なんて楽勝に違いない。
 おめでとうございますって言ったら、当然だろうって言って逆に怒られるだろうな。



 転入生がいきなり学年トップになったという噂は、部活などで三年生と交流のある下級生から広がっていき、俺の教室でも時々その話題が持ち上がった。
 だけど、その転入生が空手部の人物と同じだということには、この教室では誰もまだ気が付かないらしい。この巨大な高校で誰もが知っている人というのは皆無に近く、毎年全国まで進出するテニス部は有名だけれど、個人名で知られている人はいない。あとは生徒会のメンバーの名前は知っている、という程度だった。
 放課後、俺は校庭の一番奥、テニスコートの横にある大きな木が立つ丘に座り、野球部の練習を見つめていた。
 丘は、この高校で一番好きな場所になっていた。人のいない放課後にここにやってきて、日が暮れるまでただ座っている。部活の人たちが怪しそうに見つめてくるのが難点だけれど、ふさふさした芝生と青々とした大きな木の下にいる間は何もかも忘れられて、癒されていくような気がするんだ。 
 もうすぐ二週間目が過ぎていこうとしていた。
 和希からの連絡も、俺の周りに変化もない。いつまでこの高校にいるんだろうと思うことも少なくなった。ただ日々が過ぎ去っていくのを他人事のように見つめている自分がいる。BL学園に戻れたとしても、前のように過ごせるだろうか。中嶋さんとの事も今までのように元に戻るのだろうか。
 ここでは三年生と一年生との距離はとても広くて、部活でもない限り接点はない。普通の高校だったら当たり前の事だとわかっていても、会いたいと思っても会えないことがこんなにつらいものだなんて。
 学生会に行けば毎日のように中嶋さんに会えたことが夢のようだった。たとえ学生会に行かなくても、同じ寮だから簡単に会いにいくことができた。そして俺が三年生に会いに行っても怪しまれたりしない。人数が少ない学園はみんな顔見知りで、名前も知らない人というのはいないんだ。だから三年生である中嶋さんとの距離をそれほど感じなくてすんでいた。
 それがとても貴重で贅沢なものなんだって、ここに来て初めて気付いた。
 中嶋さんとの仲を秘密にしておくのがつらいとか、堂々とつきあっている人が羨ましいとか、そんなことで悩んでいた俺は何て愚かだったんだろう。心に余裕があるからそんなこと思えたんだってことが今ではよくわかる。
 一緒にいれるだけでも幸せだったんだ。
「……L学園が来るんだって」
「嘘!! ほんとに? じゃあ明日絶対出てこなきゃ!」
 目の前を通り過ぎたテニス部員の女の子達の口から聞きなれた学校の名前が聞こえて、とっさに俺は二人に声を掛けた。
 『明日の土曜日、BL学園のテニス部が練習試合にやってくる』
 ここのテニス部はBL学園と同じ全国レベルの高校で、距離も近いから定期的に練習試合をしにやってくる。
 降って沸いたその偶然に俺は感謝した。BL学園の人に会える、成瀬さんが来るかもしれない……!



 土曜日の朝、俺は制服を着て急いでマンションを出た。マンションから学校へはバスで二十分程。急いでバスから正門に入り、校庭の奥へと走る。休日といっても部活の人たちで校庭は賑やかだ。テニスコートには大勢の私服の女の子達がフェンスを囲んで大騒ぎしている。
 成瀬さんがきっと来てる、そう確信して、フェンスに近づき人ごみを掻き分けて試合を覗くと、やっぱり成瀬さんがそこにいた。晴天の青空の下、長い金髪をなびかせて優雅な動きでラケットを振っている。
 成瀬さん……!
 ひさしぶりに見た懐かしい顔に、うれしさで涙がこみあげそうになる。まさかこの高校で会えるとは思わなかった。いつもと変わらず誰もを魅了せずにはいられない笑顔で、黄色い女の子達の歓声に手を振る。その群集の中に埋もれていた俺は隠れることも忘れていて、いきなり成瀬さんと目が合ってしまった。今の俺はBL学園の人と関わりと持っちゃいけないから、こっそり見るだけのつもりだったのに、うれしくてつい、ずっと顔を出してしまっていたんだ。慌てて顔を隠そうとしたけれどもう遅い。
 成瀬さんは一瞬真顔になったけれど、すぐにいつもの太陽のような笑顔を浮かべた。
 


 丘の上に座っていたら、試合を終えた成瀬さんが周囲の女の子が群がるのを丁重に断りながら俺の所にやってきた。「帰ったのかと思ったよ」ってうれしそうに話しかけてくれて、俺は立ち上がって笑い返した。逃げようかと思ったけれど、どうしても成瀬さんと話をしたいっていう誘惑に勝てなかったんだ。
「事情は聞いたよ、大変なことになってるんだね」
 懐かしい声でそう言って、テニスウェアを着た成瀬さんの表情が曇る。
「知っていたんですか……だから驚かなかったんですね」
「いきなり休学したって聞いても僕は信じなかったからね、会長に問い詰めたんだ。で、会いに行くのはダメだったって言われたから、練習試合を口実に君に会いにきたんだ」
「そうだったんですか……」
 成瀬さんの気持ちがうれしくて、涙がまた溢れそうになってしまう。成瀬さんに促されて一緒に芝生の上に座って、BL学園の様子なんかを聞いた。何も変化はないけれど、王様は少しピリピリしているそうだ。仕事を全部一人で片付けなければいけないのと、犯人がいつまでも見つからないのとでまいってしまってるらしい。
 そうだよな、中嶋さんがこっちに来てしまってるから、さぼり癖がついてしまった王様にはこたえるだろうな。しかも俺なんていうやっかいな問題事まで抱えてしまっているし。
「それで、どうだい? こっちの高校では。楽しんでるかい?」
「……はい、今のところは大丈夫です」
 表情が曇ったのを成瀬さんは見逃さなかった。
「もしかして誰かにいじめられてるのかい?」
 俺は笑って首を振った。
「始めから知っていたら僕が一緒にこの学校に来たのに残念で仕方ないよ。この制服も似合うけれど……やっぱりハニーは赤い制服が似合うな。早く戻ってこられるよう俺も全力を尽くすから、それまで頑張るんだよ」
「はいっ、ありがとうございます……」
 心のこもった成瀬さんの声に元気が沸いてくるようだった。会いにきてよかったって、話ができてよかったって思う。
 遠巻きに、嫉妬と羨望の目で見つめている周りの女の子達の視線が気になるけれど、俺は夢中になって話をしていた。この高校に成瀬さんがいるのが不思議な感じだ。BL学園でも目立っていたけれど、普通の高校だともっと目立つ。成瀬さんが和希にお願いしたって、一緒に転入なんて絶対に許してくれなかっただろう。
 その時、俺達を見下ろす一人の生徒が目の前にやってきたのに気が付いて見上げると、そこに中嶋さんが立っていた。
「……何をしてる」
 驚いて声を出すことができない俺の横で、成瀬さんが答えた。
「今日はこの高校と練習試合だったんですよ、副会長こそどうして土曜日に?」
「何しに来たのかは聞いていない、何故啓太と話をしているんだ、と聞いている」
「偶然会ったんですよ、ね、ハニー」
 地の底を這うようなドスの聞いた声にも成瀬さんは動じずに肩をすくめて答えた。俺は震え上がってしまって身動きもできない。中嶋さんは俺を見ようともしなかった。
「貴様の軽はずみな行動で啓太に危険が及んだらどうするつもりだ。啓太がBL学園と関わりがあることがバレたら、どういうことになるかわかっているんだろうな」
 成瀬さんが困ったような顔をして言い返せないでいると、中嶋さんが一言「今すぐ帰れ」と俺に告げ去っていこうとする。
 俺は立ち上がって中嶋さんを呼んだけれど振り向いてもらえなくて、俺は成瀬さんにお礼と別れを急いで告げると、走って中嶋さんを追いかけた。
「中嶋さん……っ!!」
 追いついても中嶋さんは止まってくれなくて、俺は振り向いてもらうまで、早いテンポで歩く中嶋さんの背中を見失わないよう、必死で数メートル後ろを付いていく。
 中嶋さんは俺を見ていなかったわけじゃない、その事が俺に勇気を与えていた。
 空手部を見に行った時に待っていた、人気のない外の水道場まで来た時中嶋さんが立ち止まった。今この時を逃したら、今度いつ話せるかわからない。必死で息を整えながらその背中に問いかける。
「中嶋さん、どうして会ってくれないんですか? 俺、俺……何かしたんですか? 何かしたのなら謝ります……っ」
「……待ってろ」
「……え?」
「おとなしくしているんだ、もう少しで終わる」
 振り向かないまま俺に言った言葉は全く理解できないものだった。
 待つって、終わるって、中嶋さんはここで何かをしているのか? MVP戦の時のように俺に何も言わず、また一人で?
「わかりません、中嶋さんが何を言っているのか……っ! どうして俺には何も言ってくれないんですか? どうして俺のことを無視するんですか……!」
「……無視などしていない」
「そんなの嘘です……っ!」
 俺が叫んだのと同時に、十メートル程先の部室のプレハブのドアが開き学生が数人出てきて、いきなり中嶋さんが歩き始めた。
「中嶋さん、どこに行くんですかっ!」
「部室だ。啓太は帰れ」
「中嶋さん!!」
 完全に俺を拒絶する背中に、俺はそれから追いかけることができないまま、部室のドアの向こうに中嶋さんが消えていくまで見つめていることしかできなかった。
 どうして何も言ってくれないんですか? 俺をおいて、一体何をしようとしているんですか……?


 月曜日の朝礼が終わってから校舎に入る途中で、先週順位発表の掲示板の前で会ったクラスメイトの女の子が俺を追ってきた。気が付いて立ち止まると、息を切らしながらすぐに追いついてきて、二人で一緒にゆっくり歩き始める。
「ね、伊藤君! 君って成瀬さんと知り合いなのっ?」
 俺と成瀬さんが話していたことがもうクラスメイトの子に知られていることに驚きながら、顔見知り程度だよと曖昧な返事をしてごまかした。もっと追求されるかな、と思ったけれど、あっさりと彼女は引き下がって、今度は神妙な顔をして声のトーンを下げ俺に耳打ちした。
「じゃあさ、その時ここの三年生の人が来たんでしょ? その人とも知り合い……とか?」
 立ち止まって彼女を見つめてしまい、その子は顔を赤らめて目を逸らした。あの時一緒にいた三年生といえば中嶋さんしかいない。だけど正直にそうだとは答えられなくて、俺は知らないと答えた。
「そっか……じゃあ成瀬さんと知り合いだったのかな……」
 とても残念がって肩を落としているので、気になって聞いてみる。
「何、その人がどうかしたの?」
 女の子は更に顔を赤くしていきなり笑い出して、俺はちょっと驚いて後ずさりしてしまう。
「えっと……ね、今女子の間でその人がすごく話題になっててね……、伊藤君と同じ日に転校してきた三年生なんだけど知ってる? 中嶋さんっていうんだって。二年の先輩が騒いでたから見に行ったら、もうすっごくかっこよくってはまっちゃって……!」
 これ以上ないくらい目を見開いてしまっている俺にはまったく気が付かず、彼女は嬉しそうに話し続ける。
「周りと雰囲気が違うんだよ、全然!! 眼鏡かけてるんだけど、眼鏡かけててあんなにかっこいい人初めて見た! で、どんな人なのかなって少ない情報かき集めてたら、なんと伊藤君が話してたっていうじゃない! だからもう聞きたくて聞きたくて!!」
「……いつから知ってた、の……?」
「何? 中嶋さんを? 私は先週聞いたの。入学した日から三年の女子の間ではすごかったみたいだけど」
 今まで俺は……中嶋さんの容姿について、まったくといっていいほど気に止めていなかったことを思い知らされた。BL学園は男子校なので女子が騒ぐこともないし、俺だって中嶋さんのことをかっこいいとは思うけれど、それは同じ男の俺からの視点であって、他の男子がそう思うかはわからない。女子からどう見えるかなんて考えたこともなかった。
 一年のクラスまでは届かなかったけれど、中嶋さんは騒がれていたんだ。女子の間で先にその噂が広まり、とうとう一年生の校舎まで流れ始めている。
 うれしいようなくやしいような、不思議な思いにかられていた。本当は俺は知り合いで、それどころか、人には言えない関係なんだって、もっと言えないいろんな事もしているんだって、そう言ったら彼女は何て言うだろう。
 彼女は知っているんだろうか、その中嶋さんが空手部を全国大会に導き、学年トップの成績なんだってことを。
 多分知っているだろうと思って、人から聞いたけど、と前置きをしてから言ってみたら、どうやら彼女はそれを知らなかったらしい。その驚きようといったらすごかった。散々根掘り葉掘り聞かれた後、俺を放って走っていき、ずっと先を歩いている同じクラスの女子の集団の真ん中に飛び込んでいった。喚いている声がここまで聞こえそうだな……と思ったら、今度はその集団全員が奇声を上げて周囲を驚かせた。
 俺、もしかしてまずい事言っちゃったんだろうか……。


 一度話題が持ち上がった人物でも、この学校程大きな高校だと三日も経てば忘れられてしまうけど、前の話題と新しい話題に持ち上がる人が同一人物だということに皆が気づき始めた時、その人――中嶋さんは全校生徒の中で最も知られる有名人になっていた。
 話題にするのは、女子は特に容姿を、男子はまれに見る中嶋さんの才能を。
 生徒達からその話が出ない日はなく、どこかで誰かが噂している、そんな感じだった。このマンモス校で全員が中嶋さんを見ているわけではないので、嘘か本当かもわからない尾ひれがついて架空の人物像が出来あがる程になっていたけれど、実際にその人を目にした人も、噂に違わない上に全く見劣りしない容姿であることを皆に報告し、ますます人気は上昇していくのだった。
 マンモス高校は一度皆が興味を持ち出すと、嵐のような勢いで全学年に吹き荒れ、影響が広がっていくことを知った。
 俺は話をふられても曖昧にうなづいて逃げ続けていた。誇らしく思っていたのはほんの僅かで、すぐに以前よりも更に、容易に近づけない状況になっている事に気が付いたけれど、今となってはもうどうすることもできなかった。
 
 
 探さなければ見つからなかったのが嘘のようだ。
 中嶋さんが今どこにいるか、俺が聞かなくても周囲が教えてくれる。一年の校舎から見える場所に中嶋さんがいると、誰かが皆に報告する。特に女の子の情報網はすごいものがあった。
 たいてい中嶋さんの周りには大人数の友人が群がっていて、大きな集団を作っている。空手部には女の子達が群がりはじめ、ついには告白をしたという女子まで現れ始めた。その話を耳にする度に心臓が縮む思いをして、皆がどんどん振られていく度こっそり胸を撫で下ろしている自分がいる。
 緑ヶ丘一番の美人だと言われる女の子との噂が立ち、その人さえ振られていたと知ったとき、男性軍は嫉妬と羨望を更に強くし、女の子達はしてやったりと喜んでますます中嶋さんを誰にもなびかない高嶺の花に持ち上げた。
 不思議に思うのが、中嶋さんの態度だ。中嶋さんは興味のない人物には冷たいし、群がるのは嫌いだった。非情で冷酷だとBL学園で密かに噂されるぐらいこわい人物として通っているぐらいなんだ。
 なのにこの高校では集団で行動している。周りが放っておかないというのもあるだろうけど、いつもの中嶋さんなら鬱陶しいって追い払うはずだ。女子の告白に対する返事も驚かせた。慣れない学校と部活で忙しいから考えられない、と答えているっていうんだ。
 信じられないよ、あの中嶋さんがそんな優しい事を言うなんて。いつもならきっと呼び出しなど応じず、手紙も見ずに処分してしまうだろう。俺の知っている中嶋さんはそうだった。
 もしかして、本当の中嶋さんはそんな人だったんだろうかって俺まで疑い始めてしまいそうになる。一体どちらが本物の中嶋さんなのか、今でははっきり答えが出なくなっていた。
 俺の手の届かない、知らない人になっていく。


 中嶋さんが今期の生徒会長に立候補するという話を前の席に座る友人から聞かされた時、「まさか」と叫んでしまうのを止められなかった。
「なんでまさかなんだよ。あの人だったら当選確実だろう?」
「い、いや……あの……部活で忙しくないのかな、って……」
 頭をかいて笑ってごまかす。
「中嶋さんなら出来ると思うぜ。俺、絶対生徒会長になってほしいよ、そしたらさ、今のいるのかいないのかわからない生徒会も変えてくれるような気がするんだ」
 真剣な顔をして話す友人を見つめていると、俺はそれ以上何も言えなかった。
 中嶋さんが生徒会長なんて信じられない。
 BL学園にいる時は、王様の参謀役として影に徹してきた。王様に負けない実力を持っていながら、意識して目立たないように努めていた。なのに、中嶋さんが生徒会長だなんて、全然想像することができない。
 だけど、もし……本当は生徒会長になりたかったんだとしたら?
 この高校で中嶋さんは、誰に遠慮もせず裏方役に廻る必要もない。自分自身の実力を試すことができる。書類の整理に追われて王様を追いかける必要もない。
 今になってやっと、中嶋さんのしたかったことを知ったような気がした。
 この高校に転入してきたのはその為だったんだ。ここで中嶋さんは本当の自由を手にしたんだ。俺を守ると言ったのはきっと口実だったんだ。

 
 放課後に一人、俺は丘の上に座り、手のひらにのせたセンサーを見つめていた。
 一人取り残された俺は、誰とも深く付き合えず、いつ来るかもわからない学園からの連絡を待ち続ける。俺に残された唯一のつながりは、このセンサーだけ。
 誘拐されてこのセンサーのボタンを押せば、和希が助けにきてくれる。そしてきっと無事に助かって、俺はBL学園に戻れる。いつからか俺はそんな誘惑にかられて、その思いに支配されるようになっていた。
 俺、誘拐されてもいい。だから、帰りたいよ……。

 


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