■sex tecnic■



――話は2年前の12月に遡る――  



人口島にそびえ立つBL学園。
才能溢れた少年達にしか門が開かれず、プラチナカード――入学許可証が学園から
通知されない限り、決して入学することができない孤高の男子高等学校である。
入学できれば学費は全て免除され、最高レベルの授業カリキュラムを受けることができる。
規律に縛られることのない開かれた校風と最新の設備に、
殆どの学生達が一度は憧れる存在だった。  


 そのBL学園の職員棟の最上階、最高レベルのセキュリティに守られた一室の奥――
豪奢ではないが一見して質のよいものだとわかる大きなデスクの向こうに、
その重量感のある革張りの椅子に似つかわしくない人物が難しい顔をして座っていた。  
  その姿は、一見高校生にしか見えない。
その高級感溢れたデスクセットに全く似合わないのである。
着こなしているとは到底見えないダブルのスーツとネクタイ。
成人式でもまだ早いのではないかと思われるほどで、机の上でなにやら熱心に
書類を眺めている所が とても滑稽に見える。
「…で、この最後の一人が決まらなかったというわけだな」
発した声もその姿に似合う若々しい声。
低くはなくやさしさのこもる声だが、その内容と話し方はやはりその声に似つかわしく
なかった。
「は、はいっ!この少年は私どもにはどうも判断が出来かねまして…っ」
そのデスクの前には、椅子に座る人間よりも年輪を重ねる渋い男達が3人立っていた。
一見どう見ても立場は反対のはずである。
「できましたら、理事長に直接判断して頂きたいと…」
「そうだな…」
茶髪で、全くダブルスーツを着こなせていないその高校生はしばらく考え込んだ。

 BL学園の理事長、鈴菱和希。
彼がこの至高の学園をすべてとりしきる最高責任者である。
その見た目に反して、その手腕と頭脳は鈴菱グループの総裁の地位にふさわしく、
帝王学を幼い時から学び、その地位にひけをとらない素質は十分備えていた。
見た目だけで判断すると大きな間違いである。
理事長という地位に、そのずば抜けた若作りは無駄に等しいものだったが、
本人は全く気にしていなかった。
逆に利用することもできる、和希はその方法も知っていた。
「『成績は極めて優秀、生活態度は真面目で潔癖。
特に得意の空手では中等部の全国大会を2連覇している』…か」
BL学園が独自のルートで調べ上げた今年の新入生候補のデータ。
毎年12月になると、学園の精鋭スタッフが総出で全国の今年中学卒業予定の学生達を
調査し、 BL学園に入学することのできる生徒を選び出すのだ。
理事長も初期の段階から選抜に関わり、時には自らの足で調査することもある。  
何千人から最後まで残るのは、たった30人あまり。
なのでその調査は綿密に綿密を重ね、学業の成績はもちろんだが、
能力、特に将来性と人間性が重視されていた。  
  今和希は、最終選考に残ったある中学生のデータに目を通している。
信頼するスタッフに殆どをまかせてはいるが、最後の決定権は理事長にあった。
「『試合では、一切手を使わず足技のみで戦うことで有名である』……。
足技しか使わない?それでこの子は優勝しているのか?」
「は、はい…、どうやらそのようでして…」
「…すごい子だな。写真を見るだけではそうは見えないが」
和希したは手にした書類とデスクの右手に置かれたノートパソコンの画面を交互に見た。
そこには学ランを着た細身の学生が写っている。
調査の為にスタッフがこっそり撮影したスナップ写真である。
「で、この子がどうしたというんだ」
「いえ、何も問題はないんです…ただ」
スタッフはいいごもって一旦言葉を切った。
「ただ?」
「……あまりにも問題がなさすぎるのです」
和希は一瞬言葉を失ってスタッフの顔をまじまじと見つめてしまう。
その視線にいっそう焦ったのか、汗をふきながらスタッフは言葉を続けた。
「やはりここまで優秀な子ですから、この世代にありがちな自信過剰な性格ではあります。
ですがどの要素を取り出しても全く問題がないというのはありえないかと…」
「ふむ…つまりは完璧すぎる、というわけだな」
「そういうわけなんです」
精鋭の専門スタッフが精力を上げて調べ上げたのだ。それでも何もみつからないという。
それはきっと嘘ではないのだろう。
「何でもできる、ということは逆に『何もない』とも言えるんだ。
この子の才能がどちらのものなのか、直接調べる必要があるな。
…で、空手の3連覇をかけた最後の試合が明日というわけか。
よし、一緒に行こう。 俺が直接見て判断を下す」  
  わからないものは直接見ればいい。
それは和希の信念であり、自分の眼には絶対の自信があった。  

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 晴れ渡る晴天の青空の下。
とある国立競技場の中にある体育館。
その全面の壁に敷き詰められたガラスは、太陽を反射してきらめいていた。
全国大会にふさわしい最新設備を備えた大きな体育館である。  
その体育館の中、ロビーにある男子トイレに、一人の掃除婦とスーツ姿の3人が
肩をよせあってひそひそと話をしていた。
掃除婦とサラリーマン。
もし誰かが入ってきたらとても奇妙に見えるに違いない。
「何もそこまで変装しなくてもよろしいのでは…」
サラリーマンの一人が囁いた。
「慎重は慎重を重ねた方がいいだろう。これならマスクで顔も隠れる。
俺は君たちと違って保護者にも見えないからな。この方がいいんだ」
理事長の和希は、三角頭巾とマスクをつけ、ほうきを片手に持ち、白い割烹着を着て
掃除婦のおばさんに変装していた。
調査はすべてにおいて手を抜くことはしないのも和希の信念である。
調査の為に1日でこの割烹着も自ら縫製した。
普通の高校生に化けたほうがいいのではないか…とサラリーマンの3人は密かに思ったが
口には出さない。
「万が一顔を知られてBL学園で出くわすと困るしな」
マスクと頭巾で覆われ、唯一のぞいている目が不敵に笑った。
「あの子の出番はそろそろだ、調査を始めるぞ。
君たちも一応見ておけ、何か気が付いた点があったら報告頼む」  

  中学部部門の試合は既に始まっていた。
全国から勝ち上がってきた選手達がトーナメントで勝ち進む方式で、
試合はもう準決勝にまで進んでいる。
ギャラリーは中等部とはいえ全国大会、満員の人で埋め尽くされていた。  
空手の試合は、広い会場に6つの試合用マットが規則正しくしきつめられ、
1つのマットごとに試合を行なっていく。同時に6試合が進行するのである。
準決勝にまで進むと使用されるマットは中央の一つだけになり、1試合ごとに進行していく。
 中央のマットでは、今まさに準決勝が始まろうとしていた。
マットの廻りには代表選手につきそう先生と生徒達がパイプ椅子に座っている。
その試合のフロアにはもちろん関係者以外は入れない。
だが、フロアの一番端の隅に、一人の掃除婦――和希がいた。
観客席では近くで見ることはできないが、体育館の関係者であれば誰にも止められないはず…
掃除婦の格好をしている一番の目的はそれだった。  

『ただいまより準決勝を行ないます。各選手の方はーー』
審判員が数人マットの回りに座る。
目的の生徒の相手側の生徒が椅子から立ち上がり、先生からなにか指導を受けている。
だが、和希が見に来た肝心の生徒はまだ姿を現していないようで、
生徒の関係者達はそわそわと落ち着かない。
その中の先生と思われる人はとても背が低くて、和希には負けるがとても若く見えた。
どうしたんだ…まだ来ないのか。
 そう思ったその時、和希の左側の小さなドアが開き、誰かがフロアに入ってきた。
和希の真横を通り過ぎていき、和希は一瞬息を呑む。
――何故なら、とても美しい横顔をしていたからだ。
和希と同じくらいの背だろう、大きなリーチで中央のマットに歩んでいく。
黒帯の空手の道着をバランスのよい細身の体に包み、凛と背を伸ばしたその後姿は
中学生とは思えないほど堂々としていて鮮烈だった。


――――あの子が『中嶋英明』。  

  姿が観客にも見えると、女生徒達の黄色い歓声が湧き上がった。
入学の選考に容姿は関係ない、我にかえった和希はそう思い直す。
若い先生が中嶋にかけより声をかける。 それを中嶋は無表情で聞き流し、
マットの上で既に臨戦体勢で待ち構える相手生徒の正面に立つ。
審判が二人の間に入り、試合が始まった。

『足技のみで相手を倒す』…か。 本当にそんなことができるのか。
中嶋の相手は2まわりほど体格の大きい、同じく黒帯の生徒だ。
もちろんここまで勝ち残っているのだから実力は相当なものだろう。
だが中嶋は足技しか使わず勝つというのだ。  
二人は規則正しく体を動かしながら、お互い様子を伺い一定の距離を保っている。
どちらから仕掛けるか。 距離が縮んだとき、相手の生徒が仕掛けてきた。
素早い拳が飛ぶが、中嶋はなんなく受身でそれをかわした。
しかしそれを機に拳を中心にして無数の拳が中嶋を襲う。
中嶋は瞬時にすべての拳を受身でかわすが、今にも破られてしまいそうに見える。
足の動きが止まり、ただ攻撃を受けているだけなのだ。
相手の拳がよほど重いのだろうか。
長い間一方的な攻撃が続いた。
どうしたんだ?
何故手を使わないのだろう。
…手は苦手なのか。それとも他に何か理由があるのか。  

  黄色い歓声が悲鳴に変わっていく。
中等部3連覇をかけた中嶋への注目度はもちろん高く、同じ学校の応援団以外にも、
他校のファンの女の子達、スカウトを狙う高校や実業団など、殆どの観客が中嶋の試合を
息を飲んで見つめている。
彼らの視線の中で、予想に反して中嶋は苦戦していた。
ここで負けるのか。
このままの状態だと、倒れなくても一本とられなくても判定負けするのは必至だ。
相手の生徒にも余裕を感じたのか、少し距離をおいて足技を出そうとした――その時だった。

中嶋の体が宙に浮き上り、体が回転した瞬間。
大きな衝撃音がして、いきなり相手の生徒が3メートルほど飛んだ。

 一瞬空気が止まり、会場にいたすべての人が静まり返る。
…蹴った…のか…?
和希は目を見開き、唖然とその場面を見つめていた。
空中での回り蹴りは最も高等な足技に入るはずだ。
空手のプロになると自分流の技を考え出していくというが、今中嶋が出した技は
基本の型には入っていないはず。
中学生で自分の技を出すというのか。  
飛ばされて倒れた生徒は全く動かない。
とたん、一斉に怒涛のような歓声が上がった。
中嶋に一本。
それで試合は終了した。相手の生徒が気絶した為だった。

データ上での「二連覇」は伊達ではない。
中嶋英明はとてつもない強さだったのである。

しかし――――  

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 和希はフロアを出た。
ロビーに出て会場を出ようとする。
待ち合わせていたスタッフ2人がそれを見つけ、慌ててその後を追った。
「ど、どうしたんですかっ?決勝が残っているじゃないですかっ」
「…もう十分だ。…帰るぞ」
「えっ?」
楽しくない―― 試合をしているあの中嶋の表情はそう訴えていた。
整った無表情の奥は冷えていて、すべてのものに対して興味を持たない、
人を蔑んだ眼をしていた。
「…選考から落とす」
2人が一斉に驚きの声を上げる。
圧倒的な強さで勝った中嶋を見て、文句なしに入学が決定すると2人は確信していたからだ。
「な、何故ですかっ?」
待たせているリムジンまで早足で歩いていく和希の後ろを慌てて2人が追いかけた。
「想像以上に素晴らしい子だったじゃないですかっ、私どもにはそう見えましたっ」
ぴた、と突然和希は立ち止まり、2人に振り向いて言った。
「…たかが『足蹴り』だけだ。それだけでBL学園に入れると思うのか?
BL学園はそんなに甘くはない…さっさと帰るぞ」
発する言葉が苛立っている。和希はそう思いながら止められなかった。
何故こんなに胸がむかつくのかわからない。
いつもと違う理事長の様子に、スタッフ2人は慌てて歩き始めた和希の後ろを追った。
「あと1人はどうしたんだ、まだ来ないのか」
もうリムジンに到着するというのに、まだ残りの1人が追ってこない。  
その時、体育館からどお、という騒音を聞いたような気がして和希は体育館を振り向いた。
だが、別に何も起こってはいない。
気のせいかと歩き出そうとした時、体育館のほうからまだ来ていなかったスタッフの1人が
こちらに向かって走ってくるのが見えた。
「…ちょ〜、りじちょ〜っ!!」
理事長と大声で叫びながら全速力で走ってくる。
「こらっ、でかい声でその名前を叫ぶなっ!!」
負けずと大声で和希が叫んだ。
その声も無視して、スタッフはぜえぜえと息を荒げて、ようやく和希とスタッフ2人に
追いつく。
「た、た、た、たいへんですっ!!」
「そんなに必死でどうしたんだ、別に置いていったりはしないぞ」
「ち、違うんです、し、試合…っ!!」
「あの子が優勝したんだろう?…そのことはもういい」
和希は既に興味を失っていたので、リムジンに足を向けながら言った。
だが、スタッフが続けて言った言葉に和希は目を見開く。

「い、いえ、…それが、…負けたんです…っ!!」
「あの子が?!」
和希は驚いて振り返った。
「何故だっ?」
大きな声を上げてスタッフに問いただす。
「それが、不戦勝で…、中嶋くんが試合を放棄したんです、試合にも現れずにいきなり…っ」
「放棄?」
信じられなかった。
準決勝の試合で体を痛めたということはなかったはずだ。
じゃあ何故?何故突然棄権など…!
…信じられない。
何しろあの強さだ。文句なしに優勝するだろうと確信していた。
だが負けた?
あの子より強い子が現れたというのか?

胸騒ぎがする。

――そうじゃない…そう心が俺に囁いている。

「俺は戻る。3人は車で待機していろ」
「理事長!?」
和希の体はもう、体育館に向かった走り出していた。
何か大事なものを見落としているような気がする。
この胸騒ぎは、それを俺に告げているのではないか。
何故あの子は棄権したのか。それを確かめなければならない。
嫌な予感がする――――  

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 体育館にたどり着き、入り口に入ろうとした。
その時、何か小さな囁きが聞こえたような気がして和希は振り返った。
体育館の中のざわめきではない。
何か、小さな生き物のような声。
立ち止まり、耳を澄ましていると…とぎれとぎれに、断続的とはいえないが…
やはり聞こえてくる。
猫か…?
試合のことは気になるが、この不思議な声が何故か気になる。
体育館の外周、右の外堀から聞こえてくるようで、和希は入り口に入らず
体育館の周りに整然と植えられた木々の中に足を踏み入れた。
歩けないほどではなさそうだ。
外周の木々は幅が5メートルほどあり、木々が生い茂っている為外の道から
探すことはできそうにない。 小動物なら尚更だ。
しかし歩いているうちに声は消えてしまった。
何も聞こえてこない、だがもう近いはずだ…。

割烹着が枝にひっかかり破れる。
布が枝から離れず和希は立ち往生した。
「…くそ」
もがいていると、視界の左に体育館の壁にもたれている人影が目に入り、
和希は驚いて 振り返った。

そこには、あの…試合を放棄して負けた――――中嶋英明がいた。


  中嶋は、じっと和希を見つめている。
和希が木々の中を歩き、枝を外そうともがいている所を ずっと見ていたらしかった。
真正面から見つめた中嶋の顔は鋭利な美しさが際立ち、
その唇は綺麗に歪んで小さな笑みを浮かべている。
先程の試合での無表情とは全く違う、生き生きとした表情だった。
道着の上着は帯をはずし前をはだけさせて、綺麗に筋肉がついた白い肌を見せている。  
和希がしばらくの間言葉を発せなかったのは、
その中嶋の下で傅くもう1人の人がいたからだった。
何をしているんだ…?
いや…そんなことはありえないはずだ。
頭の中でその光景を否定する自分がいる。
和希に背を向けるその服装は見たことがあった。
華奢なその姿は…試合の場所にいた童顔で幼く見えたのが印象的だった、
中嶋の…担任ではないだろうか。
こんな場所で生徒と2人きりで、その生徒の前に屈みこみ、この人は一体何をしている?
その童顔な顔は和希には見えない。
――その頭は中嶋の下半身の前で、ゆっくりと前後に動いている。
和希は認めたくなかった。
事実は目の前にあるのに、頭が認めようとしなかった。

「……ここで何をしているんだ…」
何を聞かなくても見ればわかる…人様の情事の邪魔をしているのは和希だ。
なのに和希はその言葉しか浮かばない。
中嶋はそれに答えなかった。 和希にもう興味がなくなったのか、
俯いて自分に奉仕する担任を見下ろしている。
「君は決勝戦だったんじゃないのか?それなのに、こんなところで…」
担任の男は振り向きも動きを止めようともしない。
和希の存在に気が付いていないのか、気が付かない程夢中になっているのか…。
和希は枝を振り払い、2人に近づいていく。
「君は一体何のためにここまで空手を頑張ってきたんだ…。
3連覇を目指していたんじゃなかったのか? それをこんなことで台無しにして…
それで本当にいいと思っているのか?」
この為に、試合を放棄したのだとしたら。
ここで引き下がってはいけないような気がした。
惜しいと思った。
そして、あんな才能溢れる力を持っていながらそれを容易く扱うその中嶋の行動が
理解できない。
だが、和希は気が付いていたはずだ。
試合中の中嶋には、楽しんでいる様子はまったくなかったことを。
そうだ。
俺の中でずっとひっかかっていたものは――――

「君にとって大切なものは何なんだ…」  

担任の唇が中嶋のそこを愛しそうにしゃぶり続ける。
濡れた音だけが木々の中で響いている。
中嶋は腰を少し屈めて、和希に顔を近づけていった。
真正面で見た中嶋の顔は、試合の時とは比べられぬ程楽しげで、
切れ長の目は妖艶といえるほど輝き、濡れた薄い唇が和希を誘うように開いた。

「――セックス」

初めて耳にする中嶋の声は、声変わりを既に終えて、低く凄みに満ちていた。
その声なのだろうか、胸をむき出し和希を挑発するように囁く、
妖しいとさえ思える中嶋の表情なのだろうか――何が和希を硬直させているのだろう。
和希は、自分の顎に手がかかり、顔が更に近づいているのも気づかず、目が離せない。
…ムスクの香りがした。
驚くほど整った顔が至近距離ある。
艶を帯びた目が和希を貫く。
「なんだ、相手してほしいのか?…おにいさん」
和希のマスクごしに、何かが触れた。
それは、中嶋の唇――に違いなかった。

和希は目が覚めたように中嶋から一気に飛びのいた。
「な、な…なっ!!!」
今のはなんだっ?
俺は今何をされたんだっ!?
口を押さえて和希は動転している頭を必死で回転させようとするが、
どう考えてみても、俺は今この中学生にマスクごしといえども…キスされたのだ。
それも、俺はまったく抵抗できなかった。
この俺が、この理事長の俺が、動けなかった?
自分が自分で信じられない。

…魅入られていたのだ。
一瞬だけとはいえども、俺はこの中学生に――――

その後、和希はどうやって逃げ出してリムジンまで走ったのか覚えていなかった。


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「――――は?
入学許可………ですか?」

和希は椅子から立ち上がり、理事長室の窓から外を眺めていた。  
 数日後、和希は理事長室にスタッフを集めた。
中嶋英明が選考から外れたということで、スタッフは時点の学生を
必死で選抜している最中の突然の呼び出しだった。
「あの…先日の理事長の話では…」
和希はその言葉を無視することでスタッフの言葉を止めた。
スタッフは困惑し、おたがいを見つめあい首をかしげる。
「そのかわり、中嶋英明宛のプラチナカードにはこう記入しておくんだ。
『BL学園在学中は、必ず眼鏡を着用すること』とな」
「眼鏡、…ですか?」
「そうだ。生徒を保護する為にな。
…無駄かもしれんが」
「は?」
和希は窓越しに自分の学園――BL学園を見下ろした。

――あの男の能力は危険すぎる――

15歳で、大人の男を肉欲に溺れさせる程の――――
しかし、BL学園はどんな能力であっても、才能のある学生は公平に受け入れるのだ。
それがどんな結果を招こうとも――――


  スタッフが理事長室から去り、和希は深く椅子に座る。
…俺の愛しいあの子は、今年で13歳になるはずだ。
あと2年。あともう少しでここにやってくる。
残念なことに、中嶋英明と在学する期間が1年重なってしまうことになる。
啓太が、あの男の毒牙にかかったりはしないだろうか…それが一番の心配だった。
俺がもうすこし公平でない男だったら、絶対に入学はさせなかったのだが。
だが、俺がなんとかすればいい。俺が誰の男にも振り向かせないようにすればいい。
俺にはその自信がある。  
  和希は仕事も忘れ、昔の啓太との思い出に思いをはせた――――



しかし、その不安は2年度に的中することになる――――――――







END
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