■下半身の囁きvol,1■



1月6日…まだそんな日か…。
何度寝ても覚めても、全然日が過ぎていない気がする。
一日がとても長い。  


 俺は、ひさしぶりの自分の家のベットの上でごろごろしていた。
年末に自宅に帰ってきて、BL学園に入学してから初めてのお正月。
初詣に行って、おせちを食べて、お年玉をもらって。
地元の同級生とひととおり遊んで。
お正月の行事を済ませてしまったら、あとはごろごろ寝正月だった。
「……あー、もう…」
ごろんとうつぶせになる。
まだ朝早いというのに、寝すぎてるせいか、目はどんどん冴えてくる。
それどころか、日増しに頭の中で大きくなっているものが邪魔をして、
もやもやしてしまって落ち着かない。  
  目を閉じても、目を開けていても、あの人のことばかり考えてしまう。
…会わなくなってまだ2週間も経ってないのに。
他に考えることがないから、そればかり頭に浮かぶんだろうか。
でも、なにをしていても頭の端にあって、一人でいるとどんどん思い出してきて、
止まらない。
「−う〜…」
しかも。
思い出す度に、どっと体温が上がるのがわかる。
ふわふわ浮いているような、満足しているのに物足りないようなヘンな気分で。
お正月を迎えたころは、俺を見ている時の表情とか、俺とどんな話をしたかとか、
そんなことばかり思い出していたけれど、 日を過ぎるごとに妄想はエスカレートしてきて、
綺麗な手が俺をどう触ってくれたのか、どんな身体で抱きしめてくれたのか、
あげくのはてには …あの時のことまでリアルに思い出されてくる。
最後の日のことは、一番鮮明に覚えていて。
そこまで妄想がひどくなると、俺はいたたまれない気持ちになって
無理矢理思い出さないようにするんだけど。
あの人の事を考えているだけで、俺は宙に浮いたような気持ちよさに酔ってしまってた。
つきあってるって、こんな気持ちになるのかな…。
初めての感情。落ち着かないけど、幸せなような、不思議な気持ち。

だけど、会えなくて寂しいのも事実で。
日が過ぎるのが遅く感じる。
寂しい。
そう思い始めたら今度はどんどん悲しくなってくる。
会いたい。
そう思い始めたら今度は自分を慰める為に、あの人とのいろんなことを振り返って。
そして、エスカレートしてきたら思い留まって。
…俺、会えなくなってからそんなことばかり繰り返している。
学校にいたころは、少し会えなくても同じ場所にいると思うだけでうれしかったし、
安心できた。
だけど、今はとても遠い所に、俺の全然知らないところにあの人がいる。
俺の知らない場所で、俺の知らない人と過ごしている。
そう思うだけで、悲しくてとまらなくなる。  

俺はもぞもぞと身体を落ち着きなく動かしていた。
忘れようとしても、まず始めに思い出してしまう言葉。

『身体が疼いたら、遠慮なく俺で抜いていろ』

そんなこと言われたって…できるわけないじゃないかっ!
また顔が赤くなってきて、俺をふとんを頭から被る。
抜けって…抜けって…っ。
しかも散々抱かれた後、気が遠のきかけている俺を見つめて、
けだるげな顔にいつもの口の端を上げて、楽しそうに笑う顔まで思い出されて。
最後に抱かれた時のことまでもまざまざと思い出してきて、頭から消えてくれない。  

ほんとのことを言うと、俺の…そこは…。
気にしないようにしてきたけど…お正月の間ずっと。
いつでもすぐに反応してしまうような状態だった。
我慢していないと、俺、そこに手を伸ばしてしまいそうだった。
だけど、いくら抜いていいっていわれていても。
ほんとに抜くなんて…恥かしくて…できないよ…。
でも、 触らないよう我慢してるから、こんなにずっともやもやがとれないのかな。
一回してしまったら、すっきりするんだろうか。
だけどな…だからってここでするのは…。

”今は家族が親戚の家に行ってて一人だぞ…今しかないんだぞ”

頭の中で悪魔が囁いている。
うるさい〜絶対しないぞ、絶対!!
俺はまくらをつかんで頭を抱えこんだ。
寝る!!なにも考えずに寝るんだっ!!



”プルルルル…”
その時家の電話が鳴って、俺は部屋にある子機を
ベットの中から手を伸ばしてしぶしぶとる。
「…はい、伊藤です」

『…啓太か?』

俺はベットの上で飛び上がった。
な…な…っ。
「な…中嶋、さんっ!?」
『ああ』
本当に!?
本当に中嶋さんっ!!?
俺はベットの上で背筋を伸ばして正座していた。
「ど、どど、どうしたんですかっ!?」
あまりに突然でびっくりして、言葉が追いつかない。
『新年のあいさつをしようと思ってな。新年おめでとう、啓太』
「え、っそんなっ、俺こそおめでとうございますっっ!!」
必死で言葉を返すだけで、自分で何を言ってるのかわからない。
うろたえてる俺がわかるのか、電話の向こうで笑っているのがわかる。
そう感じたら顔が火照ってきて一気に心臓が高鳴ってきた。
電話の声、…初めて聞いた。
俺は目をぎゅっとつぶる。
だめだ、どうしよう。
頭も身体も沸騰してるみたいに熱い。
でも。
「な…中嶋さんは、今…なにをしてたんですか…?」
「今か?親族が家に来て騒いでるな」
中嶋さんの声がする。
本当に中嶋さんなんだ。
そう思うとうれしさで目が熱くなる。
声を聞くだけでこんなにうれしいなんて。
それに、…俺に電話してくれた。
「な、中嶋さんも、一緒に?」
『いや、俺は出てきた。今は自分の部屋だ』
中嶋さんの部屋。
どんな部屋なんだろう。
自宅の部屋…きっと綺麗にしているんだろうな。
身体にしみわたるような声が気持ちよくて。
「俺の家族も、今親族の家に行ってます」
『一人か?』
「はい…」
一人でよかった。 今の俺見られたら、絶対おかしい目で見られるよ。
きっとにやけて変な顔してる。
「中嶋さんの部屋…見てみたいな…」
ぼそって俺、思ったことを言ってしまって、慌てて否定する。
「す、すいません俺っっ!」
押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
『いつでも来ればいい。覚悟があればな』
「か、覚悟?」
なんだろう、覚悟って…。
そんなに遠い場所だったろうか、中嶋さんの家。
『…声を出さないようにする覚悟、だ』
数秒考えて、俺は一気に血が上った。
「な、な、なかっっ、中嶋さんっ!」
『今何を考えた? …俺は騒がないように、という意味だったんだが』
おかしそうに答えられて、ちがう意味でとってしまった俺は、
顔に血が上って恥かしくて 何も答えられない。
俺、やっぱりそんなことばっかり考えてるからなんだろうか…。

『思ったとおりだな』
「え?」
『そろそろ身体の我慢がきかなくなったか?』
「………ええ!?」
中嶋さんの声がなんとなく甘く響いたような気がして、どきっとする。
「……っ」
何も答えることができない。
図星すぎて否定する言葉が見つからない。
その沈黙を肯定に受け止めたにちがいなくて、中嶋さんはくく、と笑った。
『触ってないのか?』
「………触って、ません……」
開きなおって、俺は正直に答える。
ここで一度でもしていたら、答えられなかったのかもしれないけれど。
『つまらんな』
「なっ、なにもつまらなくなんかないですっ!」
『俺は一人でしていたっていうのに』
俺は耳を疑った。
中嶋さんが?一人で??
「……中嶋さんが……?」
『ああ、啓太のことを想ってな』
やけにやさしい声で囁かれて、俺は顔が真っ赤になる。
中嶋さんが、俺のことを想って?
嘘だろう?
だけど電話のむこうで、押し殺した笑い声を俺は聞き逃さなかった。
「中嶋さんっ、からかわないで下さいっ!」

『啓太を抱きたいのは本当だがな』
ぐ、と俺は咽喉をつまらせてしまう。
いきなり言われて、しかもそんなことを言われたのは初めてで。
中嶋さんが。俺を…抱きたい…って…?
『最後に抱いた時のお前の身体や、あの時の泣き声とか』
身体に小さな電気が走った。
「や、やめて…くださ…い…」
顔が真っ赤になってる。
恥かしいのに。
思い出してほしくないのに。
『…イく時の啓太はかわいかったな』
ぎゅうう、と熱が集まってくる。

最後に抱かれた夜、本当に俺、泣いて…
中嶋さんにしがみついたままで揺さぶられて…。
しばらく会えないと思ったら、俺、寂しくて 必死に中嶋さんに抱きついていた。
低く囁く声は、あの時の声と同じだった。
身体の芯にまで響いてくるような…。
心臓が高鳴ってくる。
無意識に俺は受話器を耳に押し当てていた。
『思いだすな…あの時は啓太は何回イった?』
今度はずしり、と下半身に響いて、俺は呻きそうになる。
いきなり言われたっていうのに…俺は。

「……4、回……です……」
恥ずかしくもなく正直に答えるなんて。
俺、よっぽど我慢できなかったのかもしれない。
そして、中嶋さんの声が耳に聞こえるだけで俺、ドキドキしていて。
『1回目はどうやってイった?』
イく、と囁かれる度、身体に電気が突き抜けていく。
「あ…、お、俺…」
『答えるんだ』
覚えてる。
全部覚えてる。でも…。
わかってる。中嶋さんは答えないと許してくれない。
「な、中嶋さんの…手で…さ、わられて…い、きました…」
『2回目は』
一番覚えてる…だって俺、みっともなくて、恥かしくて。
「な、中嶋さん…」
言いたくなくって哀願しても、返事をしてくれない。
無言なのがこわくて、俺は受話器を強くにぎりしめ、言った。
「な、かじまさんに入れてもらう前に… 我慢できなくて…
俺、……一人で…イ、きました…」
足を抱え上げられ、後ろのそこに待ち焦がれたものを あてがわれた瞬間、
我慢できずに俺は一人でイってしまったんだ。
いつも我慢しろって言われるのに、俺はちっとも耐えられなくって。
『啓太はいつも我慢がきかないからな。困ったやつだ』
「ご、ごめんなさいっ、俺…っ」
あの時に戻ってしまった俺のそこは。
ずきずきと疼いていた。

ううん、違う、…中嶋さんの声を聞いたときからずっと。



『今そこで脱ぐんだ』
「え……」
『そろそろ疼いてきたころだろう。抜いてやるよ、今ここでな』





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