桃色遺伝子 




 そんな、と思わず口に出しそうになって慌てて口を噤む。
 だけど、中嶋さんは俺の表情を見逃さない。
「すまないな。やはりしばらく土日は休めそうにない」
 メタルフレームの奥の目が、俺を哀れむように見てる。珍しくほんの僅かに眉を寄せて謝られると、俺は何も言えなくなってしまう。
 金曜日の夕方の学生会室には中嶋さんと俺の二人で、王様は会計部で打ち合わせ中だ。新学期が始まる直前ということもあり、部費や決算など、学生会は細かい仕事ばかりが山積みで、中嶋さんは授業が終わると寮の門限ギリギリまで学生会室に缶詰という状態がずっと続いている。
 明後日の日曜日は少し息抜きをしようと、俺から中嶋さんを誘ってみて一度は了承を得たんだけど、やはり区切りよく仕事は片づかなかった。
 仕事だから仕方ないってわかってるんだけど、肩を落としてしまうのは仕方ないと思う。だって二人きりになれたのはどれくらい前だったか思い出せないくらいで、中嶋さんに触れた感触も忘れそうになっていたんだ。
 じわじわ悲しさが沸いてくる。すごく楽しみにしていたのに。約束してくれた昨日からずっとそればかりを考えていたのに。
 無言で俯いていると、俺が泣きそうに見えたんだろうか、慰めるように俺の頭に大きな手が乗せられる。
「啓太はもう帰れ。もう遅い」
 じゃあせめてと土曜日一緒に仕事をしたいと告げると、俺にやることはないからと断られて、俺はすごすごと学生会室をあとにするしかなかった。


 次の日の昼になっても、沈んだ気持は浮き上がらなかった。もう長い時間布団の中にいるのに、まだベッドから出れずダララダと過ごしてる。
「はあ……」
 掛け布団をまくって、上半身を起こす。
 中嶋さんといる時は腹が立つくらい時間があっという間に過ぎていくのに、こんな時にはちっとも過ぎてくれない。
 土曜日も、日曜日も一人部屋で過ごす。中嶋さんの為にまる二日空けていたから何の用事もない。中嶋さん以外の人と過ごす気はないし、一人でどこか出かける気にもなれない。
 何か中嶋さんの事を考えないよう過ごす方法を考えようとするんだけど、ちっとも浮かばない。ついさっきまで二人きりになれると思いこんでいたんだからしょうがない。
 それに。
 あともう一つ、落ち着かない原因がある。
「はああ……」
 つくづく自分は浅ましくていやらしいと思う。
 もう日曜日は会えないって頭では理解しているのに、身体はまだ納得してない。期待に膨れ上がった心と一緒に、下半身が疼いて治まらなくなってしまってた。
 もうずっとずっと触ってない。弄ってもらってない。
 一昨日約束してもらってから、身体が妙にざわざわしはじめて、昨日の朝には期待のあまり夢精までしてしまった。学生会室で中嶋さんの姿を見ている間も違和感があったから、少し勃っていたかもしれない。
 でも、約束は反故にされてしまった。
「……中嶋さん」
 薄暗い部屋で一人呟いてみる。それだけで下半身が僅かに反応する。
 自分で慰めれば治まるけれど、落ち込んだ今の気分で本当はしたくない。本物の中嶋さんがいなくちゃ根本的に治まりはしないんだ。でも、だからといってこのままじゃあいつまで経ってもスッキリしない。
 俺は目を閉じて、布の上からそこに触れてなぞり始める。目を閉じるのは、中嶋さんの姿を頭に再現させる為だ。
 仕方ないんだ。だって中嶋さんが触ってくれないんだから。
 会えないのなら、せめて想像だけでも楽しみたい。どちらにしろ、俺が一人でする時はいつも中嶋さんの事を考えているんだけど。
 布の上からしばらく撫でてもあまり反応しないので、腰を上げてズボンと下着を太股まで引き下ろし、直に握りしめてみる。自分の手を中嶋さんの手だと思いながら、いつものように。
 中嶋さんの冷たい瞳が、俺を抱くときだけ温度が上がる。その目に見つめられるだけで息がつまりそうになってしまう。笑みを浮かべる薄い唇。低い声。
「……っ」
 思い描く中嶋さんの姿が鮮明になっていくほど、下半身が反応してくる。
 触れる。俺の身体にあの大きくて繊細な手が。恥ずかしい俺のそこへ。無理矢理俺の手を解き、中心へ。
 乱暴に握りしめて、それから――
「……」
 いつの間にか俺は手を止め、宙を見つめて愕然としていた。
 思い出せなくなっていたのだ――中嶋さんの手の感触が。
 あんなに俺を四六時中思い出させては、いやらしい妄想にふけってしまった程の記憶が。
 何度目を閉じて思い描こうとしても、いつも克明に記憶していたはずの中嶋さんの感触が甦らない。それぐらいの間、俺は中嶋さんに触れてもらっていなかったんだ。
 俺の想像力は乏しい。だから中嶋さんが触れてくれた最後の記憶を頭の中で繰り返しながらしてる。当然、長く触れられなければ記憶も薄れてくるってことだ。
 これじゃあ、いつまでも出来ない。
 ここまできて、ただ処理する為だけに手を動かすのは嫌だった。
 何か、新鮮な記憶があれば。だけどそれはしばらく無理だ。
 それなら何か具体的な中嶋さんを思い起こさせるものがあれば。中嶋さんだと一番思い起こさせるもの。
つまり、おかずになるものを探せば――


「なんだ啓太、仕事はないと言っただろう」
 息を切らしながら学生会室のドアを開けると、厚い資料を開いて座っている中嶋さんが少し驚いて俺を見上げる。
「いえ、あの、忘れものがあって」
 上がりこみ、中嶋さんの側に近づいていく。できるだけ自然に、ゆっくりと。もちろん忘れ物などあるわけない。恐る恐る中嶋さんの斜め前の席に座ると、中嶋さんがちらりと俺を不審げに見たけれど、何も言わずに資料に目を落とす。忘れもののついでに、俺が中嶋さんの側にいたくなったと思ったんだろう。それはいつもなら正しいけれど、今回は少し違う。
 それからしばらく、俺は息を潜めて、中嶋さんに気づかれないように何度も中嶋さんの様子を伺い、中嶋さんはそれを無視して仕事に専念する時間が過ぎる。
 どれくらい経っただろう。
 中嶋さんが小さなため息を漏らして、もうそろそろ帰れと言われるかと身体を強ばらせた時だった。
「……目が疲れる」
 右手で目頭を押さえるしぐさに、俺はとっさに身を乗り出して中嶋さんの顔を覗き込んでいた。
「多分眼鏡が汚れているんだと思いますよっ、よかったら綺麗にしてきましょうか。俺、いいもの持ってるんです」
「……いいもの?」
 きつく眉を寄せて押さえたまま、俺に問いかけてくる。
「そうなんです、海野先生にいいものもらったんですっ」
 もちろんすべて嘘だったけど、中嶋さんは俺の顔が見えていないせいか、疲れているせいか俺の企みに気づかないようだ。
 すんなりと自分の眼鏡を外し、腕を伸ばして俺に差し出したのだ。
「頼む」
「はいっ!」
 乱暴にむしり取ってしまいそうなのを必死でこらえて、出来るだけうやうやしくそれを受け取り立ち上がる。出口のドアに向かって走り出す。
「そんなに急がなくてもいいぞ。それより啓太、思ったより早く――」
 こんなに簡単にいくなんて思わなかった。きっと中嶋さんに会えないから神様が成功させてくれたんだ。
 俺は焦る余り、中嶋さんの言葉を最後まで聞かずに学生会室を出ていってしまった。


 借りていられるのは多分長くて十五分程度だ。それ以上持っていればきっと怪しまれる。
 大事に中嶋さんの眼鏡を握りしめ、大急ぎで寮の部屋に戻ってきて、シャツ以外の服をすべて脱いでベッドに上がる。
 もちろん、眼鏡と一緒に。
 眼鏡という中嶋さんを連れて。
「……ぁ……」
 シーツの上で膝を立てて座り、胸の中に包み込むようにそっと両手で眼鏡を握りしめたとたん、これまでにない甘美な痺れが背中を這い上がってきた。
 中嶋さんの眼鏡の冷たい感触。唇に、全身にキスされる時に時折触れる、硬質で無機質な、中嶋さんだと知らしめる証。
 これだ。やっぱりこれが必要だったんだ。
 俺は左手で眼鏡を握りしめながら、腹につく程に反り返った自分のそれに手を伸ばす。頭の中じゃない、本物の中嶋さんの感触にそこは既に滴を裏筋に滴らせてびくついてる。
 ゆっくりと扱き始めると、手の動きに合わせて身体が揺れ始める。きつくするとすぐにイってしまいそうだから、なるべくこの気持よさを感じていたいから、刺激しすぎないようにそっと弄る。
 眼鏡を左手の指先でなぞり、その輪郭をたどっていると、中嶋さんの顔が鮮明に浮かんでくる。
「中嶋さん……っ、ん、……ん……っ」
 前屈みになって身体を丸めた時、抱きしめるように持っていた眼鏡のフレームが乳首に触れて、身体が跳ね上がった。
 なんだろう。自分で触れるよりも鋭い、電流のようなものが走った。
「……あぁっ」
 もう一度触れさせてみると、じぃん、と甘いものが身体を走り抜ける。
 今度は片手で眼鏡を開かせて、耳にひっかける部分で乳首の先端をつついてみる。思わず声が漏れてしまう程気持ちいい。弄ぶとどんどん乳首が固くなり、敏感になってくる。
 偶然当たってしまっただけなのに。
「……ぁ、……あ……」
 どうしよう。こんな変なことして感じてしまってる。
 レンズの平たい部分で乳首を押しつぶしてみる。透明のレンズ越しに乳首がつぶされているのが見えて、更に高ぶってくる。もっと擦り付けてしまう。
 レンズの冷たさと、罪悪感。
 この透明なガラスを通して、中嶋さんはいつも俺を見てる。
 足を開き、中嶋さんを迎え入れる俺をじっと、薄く笑いながら。
 眼鏡の杖の部分を銜えて舐めた。細くてたよりない針金でも、それが中嶋さんの肌にいつも触れていたものだと思うだけで、どんどん唾液が溢れてくる。その濡れた先で乳首を弄るとたまらなかった。
 そのまま、眼鏡を握った左手は下半身に降りていく。
 ――だめだ、こんな汚いところに触れさせたらだめだ。
 眼鏡を触るだけだったのに。見て中嶋さんを想像しながらするつもりだったのに、俺、違う方向にこれを使おうとしてる。
 中嶋さんに悪い。中嶋さんに叱られる。
 そう思うのに、手が止まらない。どんどん下半身に近づいてくるのを止められない。目が離せない。
「……やぁ……!」
 耳にかけるその固いゴムでできた先端が、最も敏感な先端の割れ目に触れたとたん、軽い射精感に仰け反ってしまう。きつく目を閉じてしまったせいで、目尻に涙が滲む。
 気持ちいい。こんなに強烈なオナニーなんて知らない。
「はぁ……っ、あ、ぁ……っ」
 先端で裏筋を幾度もなぞり、時折尿道口を突いてみると、痛みに近い痺れがたまらない。細くたよりない感触に飽きると、片方のレンズを使ってカリを撫でてみる。
 既に、眼鏡は溢れてくる透明な液にまみれてしまってる。
 もうここまでくれば、どこまで汚れたって一緒だと無理矢理決めつけて、更に鼻にあてる部分を裏筋に当て、針金を陰茎を挟んで折り畳む。あそこが眼鏡をかけているような状態だ。
「ぁ――っ、……っあ、く……っ」
 そのまま眼鏡を使って上下に扱くと、足がひきつる程の快感が襲ってくる。背を突っ張らせて、射精してしまいそうな衝撃に耐える。
 もっと、もっとこの眼鏡を味わいたい。
「……な、中嶋さ……っ、……っ、ん……っ」
 片手で眼鏡ごとそこを握りしめながら、左手で袋を揉みしだく。
 音が立つ程乱暴に扱くと、固い眼鏡と、柔らかい自分の指がそこを刺激していく。濡れた音が激しくなる。手も眼鏡もあそこもぐちゃぐちゃだ。
「ぁ、あ、……っ」
 このままイきたい。だけどまだ止めたくない。終わりたくない。
 俺は眼鏡をそこから離し、足を更に開く。
 こんなに気持ちいいなら、後ろだってもっと――指よりも気持ちいいかもしれない。
 眼鏡を開き、右側の針金の先を自分の先走りで濡れた隙間に近づけていく。
 さすがにこれはやばいと、そう思う理性などもう既になくなってた。
「っ、ん」
 つぷ、と先端は簡単に中に滑り込む。指よりも細いから感触もあまりない。そのままゆっくりと中に入れていき、耳に当たるカーブが終わるあたりまで入れてみる。
 向きを変えようと眼鏡を回してみたとたん、先端が内側の壁を擦った。
「ゃあっ」
 入り口近くの、指の第二関節まで入れたあたりにある、最も敏感な部分を軽く抉っていく。
 指よりも細いけれど、固い。丸く尖ってる。
 敏感な部分をなぞるようにゆっくり動かすと、今までにない感触に鳥肌が立つ程の快感が生まれてくる。引き抜くときに思い切り締め付けてしまい、それが本当に中嶋さんの眼鏡なんだと知らされる。
 未知の快感と、それが中嶋さんの眼鏡だという事実に、目眩がする程感じてるんだ。
 入り口あたりで何度も出し入れを繰り返す。角度を変えてはねじり、時折強く突いてみる。
 恐る恐る奥の方まで入れて引き抜いていくと、曲がった先端が壁を抉るように擦っていき、前立腺を強く刺激する。
 いつの間にか、俺は両手で眼鏡を持ち、一心不乱に針金を出し入れしていた。
「ぁ、ぁ、ぁっ」
 細くてたよりないのに、確実に感じるところを突いてくる。
 両手が塞がっているせいで触れていない前のそこは、もう限界だと何度も痙攣を始めてる。
「う、嘘……うそ……っ」
 中嶋さんの眼鏡なのに、こんなことに使っちゃいけないのに。
 ――俺、こんなものでイってしまう。
「ご、ごめん、なさ……っ、あ、ぁっ――」
 口をついて出た謝罪の言葉と同時に、眼鏡を思いきり締め付けて、俺は盛大にシーツに向かって射精した。身体が痙攣する度に眼鏡が滑って更に尻を刺激し、何度も精液が押し出される。
「ぁ――ぁ――……」
 尻に挟まった眼鏡にも、レンズからフレームまで白いものがたくさん飛び散る。
 中嶋さんの眼鏡が俺の精液で汚れていく。
 罪悪感と、達成感。
 その光景は目に焼き付いて、しばらく忘れられそうになかった。


 ちょっと歪んでるかもしれない。
 ベッドから起きあがり、テーブルの上に綺麗に洗った眼鏡を置いてみると、見るからに左右のバランスが悪い。
「ど、どうしよう……」
 こんなに細い眼鏡を乱暴に動かせば歪むに決まってるはずなのに、それに気が付く余裕なんてなかった。
 眼鏡を借りてきてもう三十分が経とうとしてる。早くなんとかしなければ、中嶋さんが不審に思ってここにやってくる。
 俺は眼鏡を持ち上げて、留め具の部分を持ち力を入れてみる。つまり自分でなんとか歪みを直してみることにしたわけだけど。
 細い針金は力を入れすぎるとすぐに折れてしまいそうで、緊張して手が震えてしまう。それでもここで諦めたら中嶋さんに何を言われるかわからない。
 奮闘して数秒、突然部屋のドアが乱暴に叩かれた。
「わぁっ!」
 驚きで心臓が跳ね上がり、同時に身体も飛び跳ねて。
 小さな音を立てて、耳にひっかける針金部分が留め具から外れた。
「あああ!」
「啓太? どうしたんだ」
 ドアを開けようとして鍵がかかっているのを知って、中嶋さんがまたドアを叩く。
「早く開けろ。何故戻ってるんだ。俺の眼鏡はどうした」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
 右手に針金、左手にレンズ部分を持って部屋中を見渡してすぐ、それをベッドの掛け布団の下に隠し、シャツのボタンを締めて下着とズボンを履く。すさまじい音を立てて尻餅をついてしまうけれど痛みなどに構ってられない。
 大慌てで駆け寄ってドアを開けると、眼鏡をかけていない鋭い眼光をした中嶋さんが俺を見下ろしてくる。
「すごい音がしたが……どうしたんだ」
「な、何もありませんっ、何もっ」
「……お前一体ここで何をやってるんだ。眼鏡をどこにやったんだ」
「今直し……っいやああの丁度磨いてたとこですっ」
 ろれつが回らないどうみても不審な俺の態度に、中嶋さんの表情が次第に無表情に、すぐに眉を寄せて俺を探るように見つめてくる。
 いきなり中嶋さんが俺を押しのけて部屋に入り込んできて、腕を掴んで引き留めようとしてももちろん止められず。
 中嶋さんが部屋の真ん中で俺の部屋を見渡す。何かの痕跡を探るように。
「……眼鏡はどこだ」
 はっきりとした口調には、明らかに苛立ちと怒りがこもっている。答えられずにいると、そのまま沈黙が続く。
 部屋の温度がゆっくりと下がっていく。俺の体温も次第に低下する。
 中嶋さんの視線が乱れたベッドに注がれて止まり、俺の額に冷や汗が噴き出してくる。
「中嶋さんっ!」
 俺が止めるより先に、中嶋さんが掛け布団を一気にめくりあげた。
 当然、残された敷き布団の上にぽつんと、中嶋さんの壊れた眼鏡が現れて、思わず俺は見ていられずに目を閉じる。
 息を飲む中嶋さんの気配。
「……なんだこれは」
「すいませんっ! 磨いていたら外れてしまってっ」
 とっさに口に出た嘘は我ながらあっぱれだ。
「それで、言い出せなくて……! 本当にすいません!」
 何度も謝り頭を下げる俺の方を見ずに、中嶋さんが眼鏡を拾い上げる。ゆっくりとそれを見つめている気配がする。
「ごめんなさい……!」
「……で?」
 冷たい空気とは正反対の楽しげな声に、俺は思わず顔を上げて中嶋さんの横顔を見つめる。
 だけど、その顔に貼り付いた笑顔は、身体が完全に凍りつくのに十分な迫力を秘めていた。
「何をしてこうなったんだ? ……シーツがえらく汚れているようだが」
 隠しようもない、乾ききらない、布に浸透もしきっていないシーツに散った白いもの。中嶋さんの手の中の眼鏡も、隠したせいでその白いものでまた汚れてしまっているのを見つけてしまう。
 ぞっとする笑みを浮かべて、中嶋さんがこちらにゆっくりと近づいてくる。
 後ずさりながら、俺は首を振って後ずさる。
 ひさしぶりに見る、背後に青い炎が見える程の怒りのオーラ。
「……洗いざらい白状してもらうとするか。なあに、時間はたっぷりとある。お前の為に仕事を終わらせて時間を作ってきたからな。その沸いた頭、そろそろどうにかしてやろうと思っていたからいい機会だ」
 俺はごくりと喉を鳴らして、ベッドにどっかりと腰を下ろす中嶋さんを見つめた。
 恐怖から溢れる涙で中嶋さんがぼうっと白く、太って見える。
 中嶋さんが俺の為に作ってくれた貴重な時間は今、期待していた最高のものとは正反対の、最悪な始まりを迎えようとしていた――




end