□みかんと中嶋さん□



「みかん、みかん食べますか? 中嶋さん」
「いらん」
「じゃあお茶おかわりしますか?」
「いらん」
 こたつに座っておよそ三時間。
 ずっとこの調子で俺と中嶋さんとの会話は続いている。中嶋さんの返事はすべて一言。それでも俺は全くめげもせず話しかけ続けている。
 今日は大晦日。今俺達は二人きりで学生寮にいる。ここは俺の部屋で、部屋の真ん中には丁度2人で一杯になるぐらいの小さなコタツが鎮座している。
 俺がお付き合い(というかわからないような関係だけれど)している目の前に座る人は、とにかくすごく機嫌が悪い。ついでにコタツと中嶋さんはものすごく似合わない。
「……本当にあいつは……」
 お正月を数時間後に控えた年越しの日に、俺達は実家にも帰らず学生寮に留まっている。コタツの上にはまだ終わらない仕事の書類。その原因は王様だ。年末に王様が続くイベントを口実に仕事をさぼり続け、そのしわ寄せがこの状態というわけなのだ。
 その原因となる王様は今酒を買いに行かされている。さすがに今回だけは中嶋さんに悪いと思っているらしい。中嶋さんだって放っておけばいいのに、仕事が間に合わず会計部にバカにされるのだけは許せないと、渋々と寮に留まったんだ。
 もちろん俺は、まだ学園に中嶋さんがいると聞けば帰るわけがない。せっかくのふたりきりの時間を逃すわけがない。
 というわけで、俺は上機嫌、中嶋さんは不機嫌というわけなんだ。
「……もうこんな時間か。まさか本当にここで年を越えるとはな……」
「仕方ないですよ、思ったより王様が仕事していなかったんですから。でもあともう少しじゃないですか。頑張りましょう」
 ガッツポーズを決めて中嶋さんにエールを送っていると、突然睨み付けられる。
「……何故あいつの為にここまでしなくちゃならんのだ。答えろ啓太」
「は?」
「お前の浮かれた顔を見ていたらますます腹が立ってくる」
 俺のにやけた顔がカンに障ったらしく、王様に向かうべき不満がいきなりこっちにやってきてたじろいだ。いきなりそれはないだろう。
「どうしてくれるつもりだ」
「あ、あの、それは……いつかは良い事が……」
「いつだ」
「ええと……、すぐです、きっと来年になったらすぐですよっ」
 眉をしかめて黙り込まれてしまい、慌てて笑いかけても空気は重いままだ。
 年末にまるで一年溜まっていた膿が吐き出されたような仕事量に、中嶋さんもさすがに今回はまいっているようだった。ちらりと盗み見ると、憔悴しきった顔がそこにある。
「もしよかったら、俺が残り全部やりますしょうか……? だって中嶋さん疲れきってるじゃないですか。俺、遅いけどこの仕事家に持って帰ってお正月中に……」
「そんな恐ろしく効率の悪いことが本当に出来ると思うか?」
 ものすごくバカにされているんだけど、それよりも凄みのある目に見つめられている方が怖くて震えながら謝ってしまう。
 これらの会話も既に5回目だ。
 そんな不毛なやりとりを何度も繰り返しながら時間が過ぎていく。
 ふと、中嶋さんがしきりに首を億劫そうに回しているのに気付いた。寒いとはいえコタツで作業しているせいで肩が凝っているんだろう。俺は即座に立ち上がり中嶋さんの背後に回る。
「肩揉みましょうか、中嶋さん」
 何も言わない所を見ると大丈夫らしい。そっと両肩に手を乗せて、ゆっくり揉み始める。やっぱり相当凝っていたみたいで、堅い筋肉が強張っている。
 しばらく揉んでいると、中嶋さんが手を止めた。俺のマッサージを気に入ってくれたんだろうか。俯いてじっとしてくれるのが嬉しくて、一生懸命手を動かす。
 なんだか穏やかな空気が流れているような気がしてくる。
 冬休みは会えないと思っていたのに、こんな年末を迎えることができるなんてとても嬉しい。中嶋さんが大変とはいえ、やっぱり俺は幸せなんだ。
 俺をいつもすっぽり覆い尽くしてしまう、広くて大きな肩。厚手のシャツ越しでも、鍛え上げた筋肉を感じる。
 太くて長い首から、綺麗なうなじに続くライン。思わず唇を押しつけたくなるくらいかっこいい。小さな頭と、艶のある髪はほんのりだけどシャンプーの匂いがする。
 首筋を指圧すると肌の感触が伝わって心臓が高鳴ってくる。
 そっと顔を伺うと、目を閉じてじっとしている。寝ているみたいだ。
 ……キス、したい。
 突然そう思った途端、したい気持ちがどんどん膨らんできて止められなくなる。
 いつもそうだ。中嶋さんの事になると、すぐに暴走して止まらなくなってしまう。
 でも、寝ているうちにそっとキスすれば気付かれないはずだ。
 肩を揉む手を緩めていきながら、ゆっくり唇を寄せていく。首筋に近づくと、いつも俺を抱くときの匂いがして目眩がして――
 唇が肌に触れて、びくついたのは中嶋さんじゃなくて俺の方だった。
「なんだ、襲うつもりだったのか?」
 ゆっくり振り返り、冷静な目で見上げられ慌てて身体を離す。
「す、すいませんっ!」
「肩を揉みたかったのか、今のをしたかったのかどっちなんだ」
 その声は、怒っているふうにも聞こえるし、気怠げにも聞こえる。
「あの、もちろん肩を揉もうとして……っ、で、でもつい……」
「俺が? 何だ」
「……か……かっこよくてっ」
「……何だそれは」
 だけど、最後には心底不機嫌そうに言われて心臓が痛んだ。
 当然だ、こんなせっぱ詰まった状態なのに、俺は疲れている中嶋さんに勝手な事をして邪魔ばかりしてる。
 それどころか、中嶋さんはつらい思いをしているのに、さっきから俺、一人で喜んでばかりいるんだから。
「……すいません……」
 ただそれだけしか言えず、涙が浮かびそうになるのを気付かれるのが嫌で俯いていると、小さな溜息が聞こえてきた。顔を上げると、少し呆れたような顔がそこにある。
「そこまで反省するような事か? 別に責めているわけじゃない。お前はお前なりに俺を慰めてくれているんだろう。そうじゃないのか」
「……でも俺、邪魔ばっかりしてるから……」
 しょげきって小さくなっている俺を、しばらくの間見下ろしている気配を感じる。
「なあ、啓太。あいつの為に俺達がもめる必要がどこにあると思う」
「え……?」
「どこにもあるわけがない。そうだろう?」
 次第に口調に力が入っていくような気がするし、表情もいつもの不遜げな色をまとい始めているように見える。
「学生会の立場を第一に考えてきたが、結果的にいつも丹羽の尻拭いであいつの株を上げているだけだ。来年の抱負は決まったな」
「……な、なんですか……?」
 生気を取り戻したその顔は、もういつもの中嶋さんだ。さらにいじわるそうな笑みまで復活して俺に微笑みかける。
「……したいようにする、だ」
 それはいつもの事なんじゃあ……と言うために唇を開くと同時に、大きな手が俺の頬を包んだ。
 暖かな感触に驚いていると、今度は恐ろしく魅惑的な顔が間近にあって仰天してしまう。いきなり鼻と鼻がひっつく程の距離だ。
 なんなんだよいきなり。一体なんなんだ。
「なあ、啓太。首にキスするって事は、したいって事なんじゃないのか?」
「そ、そ、……それは、否定しないですけど……、わ、ぁっ」
 休憩するか、と小さく呟かれた直後に突然腕を引っ張られて、中嶋さんと同じ場所に座らされる。コタツの中の同じ一角に座った状態だ。とても小さなコタツだから、完全に身体がひっついてしまう。
「あの、何を……っ」
 そのまま後ろに倒され、足はコタツの中に入れたまま仰向けになってしまった。
「なにするつもりですか……っ」
「お前が望むとおりにやってやるだけだ」
「ダメ……だめ、です、お、さまが、……帰ってくるじゃないですか……っ」
 口では抵抗しているくせに、もちろん身体はちっとも動かない。
 して欲しいけど出来ない、でもやっぱりして欲しい。そんな気持ちが身体に正直に現れて、首を振りながら身体はもう中嶋さんに必死にしがみついている。
 そんな俺の奇妙な状態を鼻で笑う声はとても楽しそうだ。
「それなら、するふりでもするか? 啓太。気持ちがよくて疲れない最適な休憩ってやつだ」
「なんですか、それ……」
「……セックスの真似事ってやつだ」
 起きあがるより先に、すぐに中嶋さんがのしかかってきた。
 身体の上に体重をかけてのしかかられて、すぐに完全に思考回路が停止してしまう。頭がぼうっとしてきて身体がとろけたようになってしまう。
 重みを感じてしまうと、中嶋さんの行為を身体が一瞬で思い出してしまうんだ。心地よくて、すべて中嶋さんに支配されている感覚で身体じゅうが一杯になってしまう。
「啓太はいつもこうされるのが好きだな」
「ふぁ……」
 うっとりと呆けた顔をして、息を切らし始めているのを楽しそうに見下ろしている。おたがい服を着たままなだけど、布同士の擦れる音が刺激になって、肌が触れないもどかしさが逆に心地よささえ感じる。
 ただのしかかられているだけで嬉しくて、頭の中はもう中嶋さんという言葉だけで一杯になってしまう。
「中嶋さ、ん……っ」
 力が全く出ず、背中に手を回すこともできない。脱力しすぎて緩みまくっている。気持ちよすぎる。
「あ、の、中嶋さん……っ」
「何だ」
「よ……だれ、出る……」
 ムードが一瞬で壊れる台詞にちょっと嫌そうな顔をした後、まあいいと言って唇を塞いでくる。
「ふ……、……っ、ん……ぅ」
 いきなりの濃厚なキスに、中嶋さんの下で身体を何度もびくつかせてしまう。小さな濡れた音を立てて唇を離され、涙が滲んできた目で見上げると、真剣な目をした瞳とぶつかった。
 そんな顔をされたらもう俺は何も止められなくなってしまう。
「あ、あの、真似っ、て……」
 足を拡げさせられ、中嶋さんの腰を挟む格好になる。いつもはあまりしない……正常位という体位のような格好に急に恥ずかしくなってもがくけれど果たせない。
「こ、んなの……っ、なんだか……」
「セックスしてるみたい、だろう」
「や……」
 みたいどころか、服を着ているというだけで格好は全く同じじゃないか。しかも今日は薄手のスウェットを着ているから、中嶋さんの身体を布越しにはっきりと感じる。
 尻の中心に、殆ど反応していないけれど存在を主張するものが押し当てられ驚く。そしてそのまま揺さぶられ始めた。
「やぁ、なかじま、さんっ」
 堅い太腿や腰で、ぐいぐいと俺の間を押してくる。その動き方やタイミングはセックスしてるみたいどころじゃない。全く同じ動きなんだ。
「ひゃ、やっ、こ、んなの、いやぁっ」
「格好だけでも気持ちいいだろう?」
 本当に入れられているような感覚に陥って、喘ぎが漏れてしまうのを止められない。
「や……、あ、あっ、……あぁっ」
「いい顔をするな、啓太。もっと声を出せ」
 台詞まで入れられている時と同じみたいで、揺さぶられ、コタツが俺達の身体で押し上げられて揺れたりするのもいやらしくて。
 尻の中まで入っているんだと勘違いして、触れられてもないのに柔らかく綻び、しゃぶりつくような動きを始めてしまう。
 至近距離で喘ぐ顔を見下ろされながら、何度も何度も腰を押しつけられる。
「ぬ、濡れる、ズボンが、濡れる、よぉ……っ」
 のしかかられた時に既に雫を零していただろうアソコは、下着の中でもう先走りにまみれてひどい事になっているに違いない。
 次第に擦れ合う部分から卑猥な音が響き始める。こたつの中なんかで聞かせちゃダメな、いやらしく濡れた音だ。その俺の濡れたアソコと下着が激しく擦れている状態に恥ずかしくてたまらなくて、逃げたくても首を横に振ることぐらいしかできなくて。
「こ、こんな、こんなの……っ、やっ、や……っ」
 動くリズムに合わせたそれは、まるで中嶋さんのが出たり入ったりする音にさえ聞こえてくる。
「やだぁ……っ」
「入れなくてもイケそうだな、啓太」
「……っ、です……」
「ひ、やぁ、出る……、から……っ、も、出るから……っ」
 だから離れてって言いたいのに、わかったと呟いて更に身体を揺さぶってくる。中嶋さんまで熱を帯びた息を頬に吹きかけてきて、まるでその表情は俺の中に出す直前のようで。
 本当にセックスしてるのと変わらないんだと身体中が誤解したとたん、堰を切ったように暴走し始めてしまう。
「も、やっ、あ、あ……っ、中嶋さん、中嶋さん……っ」
「もっと足を開け、啓太。一番奥まで入らないだろう」
「ごめ……なさ……っ、ひぁ、あっ」
「啓太はいつも思い切り中で出されるのが好きだったな。乱暴にされたいか?」
「……う、ん……うん……っ、い、一杯、いっぱいし、て……っ」
 いつも無意識に口にする言葉を繰り返しながら、尻の中にあるはずのものを一生懸命締め付ける。入口がひくつき吸い上げるような動きをして、腰ごと尻を振って身悶えた。
 出される直前になると快感のあまり身体がこわばり、そこからはいつも殆ど声が出せなくなる。ただ唇がわなないて泣き声のような声が唇から漏れるだけの、中嶋さんの精子を受け止めるだけの入れ物になる。
 中に出される恍惚感で一杯になって、ただがくがくと揺さぶられていると、更に舌を噛んでしまうぐらいにされて中嶋さんのあそこが尻に食い込んできた。
「ゃ、いっく、い……く――っ、あ、あ!」
 ほぼ同時に俺のアソコから弾けるように熱いものが溢れ、それでもまだ中嶋さんは自分の精液を俺の中に押し入れるように動いてくる。
「……ひ、ひ……っ、ぁ……ぁ……」
 そんな事をされたら、出したものが布中に浸みていくのがわかっているはずなのに、中嶋さんは最後まで容赦がなかった。
 下着もスウェットも散々汚しつくして、中嶋さんがゆっくりと俺の身体から離れていく。見ると、想像通り大きなシミが出来ていた。
 演技もここまでくればすごいを通り越してひどすぎる。
「こんなに汚したら王様にばれるじゃないですか……!」
「着替えればいいだけの話だろう」
「ひどいですっ!」
「演技くらいで本気で出す方が悪いんだろう」
 自分の影響力がわかっていてその言いぐさないだろうと、涙目のまま睨みつけてしまう。
「あんなことされたら仕方ないじゃないですかっ! 簡単に俺をからかえるからってこんな……っ」
 それ以上返す言葉が見つからず唇を奮わせていると、突然腕を引っ張られた。
 何を、と言うより早く、手の平でとんでもない場所に触れさせられる。
「これが演技だったと思うか? 啓太」
 今度は違う意味で声が出せないかわりに、再びどんどん身体が熱くなってくる。
「な……か……」
「本当に抱きたくなったと言うつもりだったんだが……そんなに啓太が怒ったのなら仕方ないな、このまま仕事に戻……」
「ちょっと待って下さい!」
 すかさず、さっきのを訂正させて下さいと叫ぶと中嶋さんが楽しそうに笑う。
 わかってる。これは絶対に中嶋さんの計画だ。差し金だ。
 でもそれでもいい。だって誘ってくれてるんだ、この中嶋さんがめずらしく。
 ――今年最後の奇跡に違いない。
「あ、でも王様はどうするんですか……」
「ここまで手伝ってやったんだ、文句を言われる事があるか? それに、折角の年末に少しぐらい休んでも罰は当たらん」
 先に立ち上がり、俺も慌てて部屋を出ていこうとする後ろ姿を追いかける。俺の部屋に王様は戻ってくるから、中嶋さんの部屋に移動するつもりなんだろう。


「あ!」
「何だ」
 中嶋さんの部屋に辿り着き、いざベットに……というところで、俺は重大な事に気が付いた。
「あの、今からしちゃったら……っ」
「したら何だ」
「……年を、越しちゃいますよね……?」
 少しあっけにとられたような顔をして、それがどうしたんだと聞いてくる。
「そんなに年越しが重要だったら止めておくか?」
 俺は返事をせず、ただ掴んだ大きな手をぎゅっと握りしめた。
 半分照れくさくて言ってしまったのは気付いているんだろう。中嶋さんが小さく笑う。 
 ――その表情は楽しげで、いじわるで、とんでもなく性格が悪そうで。
 だけど本当はどこまでも俺にやさしいんだ。
 今年最後の笑顔かななんて考えていると、腕を引っ張られてベッドに押し倒された。
「二年越しのセックスってのもおもしろいな」
「……ぁ……、なかじま、さん……っ」
 一番に中嶋さんに明けましておめでとうって言えるな、なんて思ったのは一瞬で、すぐに激しくてちょっぴり甘い快感に満たされながら、広い肩にしがみついた。




END