□真夏の夜の欲望□



「啓太、用意できたか!!早くしねえと花火が終わっちまうぞ!!」
「す、すいませんあとちょっと…っ」
 ノックもせずに部屋に入ってきた王様に振り向きながら、俺は必死で叫んだ。
 さっきから帯を結ぶのがうまくいかず、何度もやり直しをくらっている。ホームページで浴衣の着方を開きながら初めて自分で着てみるんだから、そうそううまくいくはずはない。
 夏休みに入り、学園は夏休みに入っていた。
 殆どの人は休みに入ると実家に帰っていき、学園に残っているのは三分の一程度。その中に俺も王様も、もちろん中嶋さんも入っている。何故なら、終業式を迎えてからも全く学生会の仕事が片付かなかったからだ。忙しそうな王様と中嶋さんを放って俺一人実家に帰れるはずもなく、早くに帰っても特に用事もなかった俺は、二人につきあって学生全員が実家に帰る明後日まで居残ることにした。さすがに明後日のお盆からは学園に残る生徒はいない。王様も中嶋さんも同じだ。
 そして今日は、BL島を出た近くの川辺で毎年行われる花火大会の日だった。仕事のめどもついた俺たちは皆で浴衣を着て見に行こうということになり、今俺はこうして浴衣を着るのに悪戦苦闘している。
 浴衣は何故か学生会室にたくさん保管されていて、聞けばイベント好きの王様は毎年花火大会を見に行っているらしい。残っている他の生徒達も連れ立って大人数で行くので、その分の浴衣がいつの間にか山積みになっているというわけだ。その中で俺が選んだのは深い紺色で薄い縦線が入ったシンプルで渋い浴衣。ちょっと大人っぽいような気がするけど、浴衣の選び方なんてよくわからないし。
「できたか?」
「はい、今できました!」
 なんとか見られる形になったので、慌てて自分の部屋を出ると、そこには明るい緑の浴衣の袖を捲り上げた王様が一人仁王立ちして俺を待っていた。
「もう皆先に行ったぜ、俺たちも急ごう」
「え、皆もう行っちゃったんですかっ、すいません!」
「気にすんな、さ、行こうぜ!」
 先ほどまで浴衣を着た同級生達で賑やかだった廊下にはもう誰もいなくて、待っていてくれた王様と一緒に学生寮を出る。
 廊下も入り口も静まり返っていて、残っていた学生の殆どが花火大会にくりだしているらしい。 
 そう、もちろんあの中嶋さんもだ。
 学園島を出て、二人で花火大会が行われている場所へ堤防に沿って歩いていると、同じ方向に向かって歩いている人が増えていく。次第に人だかりと言えるほどの量になり、リズムに乗った太鼓の音が響いてくる。川辺では盆踊りも行われているらしい。
「間に合ったみたいだな。さて、あいつらを見つけられるかな〜」
「わあ…すごいや…」
 やがて、たくさんの提灯の灯りと、その下で幾重にも円を描きたくさんの人が盆踊りをしているのが見えてくる。その周りにはきらびやかな出店の灯りが目の前いっぱいに広がり、もうその頃には王様について歩くのも大変な程の人だかりだ。
「下に降りるぞ、啓太」
 どんどん先に進む王様に必死についていきながら、広い川辺への階段を人をよけながら降りていき、提灯を囲む出店の前をどんどんと歩く。提灯の中心には、頭にはちまきをしたお兄さんが勢いよく太鼓を打ち続けていて、流れている盆踊りの曲は聴き覚えがある。
 日本の夏。まさにそんな感じだ。学生会室と学生寮の往復で忙しい日々だったけれど、ようやく夏を体で感じた気がする。
「お、いたいた!」
 王様の歩く速度が上がって、向かう先を目をこらして見てみると、十メートル程先に、特別背の高い、浴衣の男ばかりの十五人程の集団がいた。男で浴衣というだけで結構目立つのに、更に大人数だからものすごく目立つ。体格のよい若い男ばかりの浴衣の集団とくれば、周りの人たちが遠巻きで注目しているのは当然かもしれない。
「よう!!」
 大声で王様が叫んでその輪の中に入り、その一帯は更に近寄りがたい集団になる。よくよく見たらBL学園三年生の集団だった。急いで輪の中まで駆け寄ると、殆どの人が俺より頭ひとつ高い。
「花火はまだみたいだな」
「ああ、もうすぐ始まるみたいだぜ」
「よく見える場所まで行くか」
 王様は既に仲間に入り、楽しげに会話を始めている。俺は息が切れているのと顔ぐらいしか知らない上級生ばかりのせいで、ただそこに突っ立って息を整えているだけだ。
 その時、とてもよく知った姿を集団の一番奥に見つけて、落ち着かせようとした心臓が一気に高鳴ってしまう。
 中嶋さんだ…。
 うわ、しかも…浴衣、着てる…。
 数人と談笑している中嶋さんは、なんと浴衣を着ていた。あの人だけは着ていないんじゃないかと思っていたのに。
 しかも…。
 中嶋さんの視線があんぐりと口を開けたままの俺に向いた。それでも呆けたままの俺に向かって、中嶋さんがゆっくりと近づいてくる。浴衣を着た全身が見えてきて、俺は更に頭を真っ白にさせてその姿を凝視しているだけで。
「遅かったな」
 中嶋さんなんだけど。そうなんだけど。
 少しだけ口に笑みをのせて、目の前に立った中嶋さんが言った。俺に話しかけているんだと気がつくのに数秒かかった。ゆっくりと顔を上げて中嶋さんを見上げる。
 とたん。高熱の爆弾が体の中で大爆発した。ぼんっと全身から火を噴いたのだ。慌てて俯いて何か言葉を言いたいのか叫びたいのか、意味も訳もわからなくなって、しまいには足元がふらつきとうとう誰かの手が俺の腕を掴む。
「何をやってる」
 俺の右腕を掴んでいる手から上に視線をやると、やはりそこには中嶋さんがいて。思わず驚いて手を振り解いてしまう。
 犯罪だ。
 なんだよ、なんで浴衣がこんなに似合うんだよ、卑怯だ、犯罪だよ…!
 心の準備もしてなかった俺には地雷に等しい。なんで中嶋さんが恐ろしい程に浴衣が似合うって誰も教えてくれなかったんだ…!
「おそろいだな」
 目を合わせられず地面に視線を泳がせていると、おかしそうな中嶋さんの声が聞こえて、言葉の意味がわからないでいると、「浴衣が同じだ」と言った。よくよく目をこらして中嶋さんの浴衣の生地を見ると、俺と全く同じ渋い紺色で縦線が入ったものだった。
 全くの偶然だから仕方ないのはわかってる。でも同じ生地でも着る人によってこうも雰囲気が変わるものなのか…?中嶋さんの冴えた雰囲気と、色味の目立たない暗く渋い色が嫌味な程に似合って、これ以上似合う人はいないんじゃないかって思う程だ。
 本当に同じ生地なんだろうかと生地をマジマジと見ていると、更に中嶋さんの浴衣姿を見る事になってしまい、墓穴を掘ってしまってあたふたとまた慌ててしまう。
「啓太?」
 自分を呼ぶ声さえも初めて聞くような気がする。更に緊張してきて目を合わすなんてとんでもない。眼鏡の奥の冴えた瞳を真正面で見れる人がいるとは考えられない。目が悪くてかけるはずの眼鏡も、中嶋さんだと浴衣姿を更にかっこよく見せるラッキーアイテムにしか見えない。
「ヒデ、啓太!もっと花火が見える場所に行くぜ!」
 叫び声に振り向くと、王様が三年生の集団をひきつれて、出店の裏手に広がる人だかりに向かって歩き始めている。皆花火が見えるよう、場所取りをし始めているのだ。中嶋さんが王様の方に向かって歩き出して、背筋がぴんと伸びた後姿もさまになりすぎてる…と口を開けたままうっとりと見つめているうちにその姿が点になって暗闇の中に消えかけて、そこで我に返った俺は大慌てでみんなを追いかける。
 それからの俺は、誰がどう見ても挙動不信だった。
 結局一年と二年の集団を見つけることができず、俺はそのまま三年生の中にまぎれこんで、やっと見つけた川辺の階段の空いた場所に固まって座り込んだ。いろんな話で皆が盛り上がっているけれど、一番下の段に座る俺にはどの話も耳に入ってこない。
 何故なら、三人向こうに座っている中嶋さんにどうしても意識が集中してしまうからだ。
 でも顔を見る勇気はないから首筋のあたりに視線を泳がし続け、王様が俺に相槌を求めてくる度に驚いて我に返り、何の話をしていたか何度も聞き返す始末で。ハッキリ言って話の端を折る迷惑な下級生だ。
 しかも、その度にそんな俺を無言で一番上の段から見下ろしている人の視線を感じて、落ち着かなくて尻がむずむずする。勇気を出し、思い切って頭を上げて皆を見渡すと、浴衣を着ている先輩達の中に、飛びぬけて浴衣を着こなしている人にどうしても目がいってしまい、すぐに決心は崩れてしまう。
 周りの女の人たちの囁く声が聞こえる。一番端にいる俺にだけ聞こえているに違いない、高くて甘ったるい、…かわいらしい声。
 内容までは聞こえないけれど、きっと俺が意識している人と同じ人について話しているんだろう。それかどこにいても目立つ王様か…。
 そんな人と俺、同じ浴衣を着ている。
 俺の方が似合わないのはわかってる、そんな事でこんなにイライラしているんじゃない。
 たくさんの人。たくさんの楽しそうな男女の二人組。中嶋さんを見つめる女の人たちの視線。
「俺、ちょっとカキ氷買いに行ってきます」
 俺は立ち上がって、階段に座り込んでいる皆の間をすり抜けてその場から抜け出した。
 もうすぐ花火が始まるということで、屋台の前は少しだけ人が減っていて、盆踊りも一旦中止しているようだった。
 俺はぶらぶらと一人でいろんな屋台を見て歩き、何も興味を感じないまま屋台を三周した。食べたい気持になれなかった。胸に苦い痛みがあって、小さな棘が刺さっているみたいだ。
 その時、ドン、と大きな音がして、振り向くと眩しい光が川の向こうから空に向かって舞い上がり、更に大きな音を立てて黄色い光が空中に散る。たくさんの人の歓声が聞こえるなか、俺は一人突っ立ったまま花火を見上げていた。
「カキ氷はどうした」
 背後から低い声が俺に向かって発せられて、驚いて振り向くと、花火の光に照らされた中嶋さんがそこに立っていた。
「…中嶋さん…」
 何も言い返せない俺をおいて、中嶋さんはゆっくりと屋台の方に歩き出し、俺は慌ててその後姿を追いかける。
「ひとつくれ、シロップはイチゴでいいか、啓太」
 カキ氷の屋台の前で中嶋さんが立ち止まり、ハッピを着たおじさんにカキ氷を注文していて俺は思わず「はい」と答えてしまう。
 改めて俺はまじまじと中嶋さんを見つめていた。案外似合うんだな…夏の屋台と浴衣を着た中嶋さんって。
 おじさんの横にいるもう一人の若い女の人が、中嶋さんから受け取ったお金を受け取り損ねて落としてしまい、おじさんにどやされている。それでも女の人は中嶋さんを見て呆けたままだ。
 そう、今の俺と同じように。
 ずき、と胸がまた痛んだ。
 ぼうっとおじさんとのやりとりを見ているはずが、いつの間にか中嶋さんが耳に心地よい下駄の音をさせて目の前に戻ってきて、俺に赤いシロップがかかったカキ氷を差し出していた。
「似合うな」
「え?」
「…お子様にはよく似合う、カキ氷がな」
 いつもの皮肉たっぷりの言い方にも腹が立たないのはきっと中嶋さんの浴衣のせいだ。俺に親しげに話してくれて、カキ氷を買いに行くと言って抜け出した俺を何故か追いかけてきてくれたせいだ。
 ゆっくりと首を上げると、そこには暑さを感じない涼やかな笑みを浮かべた中嶋さんの顔がある。制服の時には見えない鎖骨が浴衣から覗いて、しなやかで逞しい体は俺と同じ紺色の生地に覆われている。細身だけれど俺よりはずっと太い腰の下方には、沈んだ黄色の帯がゆるやかに巻かれている。
「…どうした?」
 甘い囁きに聞こえるのは、きっと緊張しているせいだ、俺が一人で興奮しているせいだ。
 差し出されたカキ氷を受け取ろうと手を伸ばした時、指が中嶋さんの長い指に触れた。
 電流が走ったような衝撃を受けて俺は驚いて手をひっこめたその時、カキ氷は逆さまになり、俺の腰に当たって中嶋さんの脚もとにぶつかり、ぐしゃっと嫌な音をたてて地面に落ちた。
 驚いて言葉も出ない俺の前で、中嶋さんが落ちたカキ氷を拾おうとしゃがみこもうとする。
「やめて下さい!」
 中嶋さんより先に俺は素早く落ちたカキ氷を地面から拾い上げ、掴み上げると逆さのままの容器から俺の腕に半分残っていた氷がざらざらと落ちてくる。
「何をやってる」
 そのまま動こうとしない俺に伸ばされた手を、俺は乱暴に振り解いていた。
「いいです、触らないで下さい!!」
 叫んでからはっと我にかえる。
「す、すいません、俺…っ、あの、いいですから先に戻っていてください。浴衣汚してごめんなさい…っ」
 俺はやってきた川辺の方に駆け出した。
 情けない。カキ氷を中嶋さんにまでかけて、何もできなくて。あんなに浴衣が似合うのに、俺のせいで汚してしまった。
 お子様みたいだって、中嶋さんも言った。
 同じ浴衣を着ているのに、どうしてこんなにも違うんだろう。同じ男なのに。
 「啓太!」
 振り向くと、花火を見上げている人を掻き分けて俺を追いかけてくる中嶋さんが見えた。長い間走ったと思ったのに、人が多いのと浴衣の裾は走りにくいのとで、実際はカキ氷屋の前からそんなに離れてはいなかった。あっという間に追いつかれて腕を掴まれる。
 また俺のせいで迷惑をかけて。花火もゆっくり見させてあげられなくて、走らせて。
「俺なんか放っておいてください!」
「さっきから何がしたいんだ。来い、手を洗いに行くぞ」
「いやです、いいですからっ!構わないで下さい…!」
 もっと似合う人がいるんじゃないかって。
 中嶋さんにはもっと俺よりも似合う人がたくさんいる。知ってるんだそんなことは、はじめからわかってる。閉鎖された学園の中でぬくぬくと暮らして、そのことを忘れようとしているだけだ。
 つらくなるだけだから。
 男で、子供で、情けなくてドジばかりして。かわいらしくて甘ったるい声も持ってない。
「こんな、俺なんかと一緒にいてくれなくてもいいんです、こんな俺に中嶋さんはもったいない…っ」
 学園の外にいるのがこわくなってる。
 人ごみいると思い知るから。こんなに俺はちっぽけで、中嶋さんと一緒にいられる資格なんてなにひとつ持ってないことを。
「いいから来い」
 花火に注目していた回りも、泣き出しそうな俺にさすがに気がつきだして遠まきに俺たちを見始める。中嶋さんを奇異の目に晒すわけにはいかない。俺は言われるまま、いくつかの木が生えた最も祭りの場から離れた川辺の端までついていった。
 命令されるまま、簡易水道でシロップでべとついた腕を洗い流す。だけど胸のあたりについたシロップは布ごと汚してしまったせいで、胸のあたりを濡らしただけではすっきりとはしない。
「甘い匂いがするな」
「うわっ」
 ごしごしと胸に手を入れてこすっていると、いつの間にか至近距離に接近していた中嶋さんが俺の腰を引き寄せて首筋を舐めた。
「な、何するんですか!やめてください…っ」
 中嶋さんが小さく笑う。抵抗の言葉を口にしながら、腕の中に納まったまま全く抗っていない俺がおかしいらしい。
 そうだよ、逃げ出すつもりなんかないよ。中嶋さんから近づいてくれるなんてめずらしいから顔も緩むし、うれしいんだから仕方ないじゃないか。
「あの、ほんとに、やめてくれないと…」
 自分から手を離す事なんかできないから、中嶋さんから離れてほしい。そうじゃないと、中嶋さんを見たときからずっとくすぶり続けている身体が暴走してしまいそうだ。
「啓太、さっき俺に何を言っていたんだ」
「……も、もったいないって…そう、言いました…」
「…何が」
 指先が背筋を伝ってびりびりと電気が走る。中嶋さんの身体に触れると思考力がゼロになっていく。
「お、俺なんかよりもっと、中嶋さんに似合う人はたくさんいるし、俺は女の子みたいにかわいくもないし…」
 中嶋さんの身体に触れて、そこからドロドロと溶けていきそうだ。
 話しながら頭が朦朧としてくる。気持のいい眠りに落ち込んでいくような感覚。今の俺はかろうじて崖の部分で踏みとどまっている状態だ。
「それに、俺は男で、中嶋さんみたいにかっこよくもないし、迷惑ばっかりかけるし、それに、それに…」
 何が言いたかったのかもわからなくなってきた。
 それでも、一生懸命説明しようとだらだらと話し続けてしばらくしてから、中嶋さんの口の端が楽しそうに上がっているのにやっと気が付いた。その目は俺をからかう時と同じ目だ。
「中嶋さん、ちゃんと聞いてるんですか?」
 いつの間にか中嶋さんが両手を回して俺の背中で手を組み、包み込むようにして俺を動けなくしている。
 目の前にある首筋に嫌でも目が吸い付いてしまい、思わず言葉を止めて喉を鳴らす音を聞かれてしまい、口の端が更に上がるのを見て顔に血が上ってくる。慌てて離れようともがくけれど、背中に回された両手から下の下半身は完全に中嶋さんに密着していて、意識しはじめたら止まらなくなる。身体が熱くなって、どんどん下半身に熱が集まってくる。
「…そんなことはない」
 中嶋さんが気付いていないわけがない。浴衣を押し上げるそこを中嶋さんがからかうように自分の身体におしつけてきて、自分でも思わず耳を背けたくなるほど甘ったるい声を上げてしまう。
「俺に会っている間、ずっと興奮してくれているやつも滅多にいないからな」
 やっぱりバレていたんだ、俺が中嶋さんの浴衣姿を見たときから興奮してしまっていることを。きっと俺の顔はゆでだこみたいになってる。
「そ、そんなことないです、きっと中嶋さんだったら誰でも…っ!うあっ」
 いきなり尻を強く掴まれ身体を強張らせる。だけどそれきり手が止まったままなので不思議に思い声をかけようとすると、低い中嶋さんの声がする。
「…お前、履いてないのか?」
「え?ああ、下着ですか?…だって、履かないものだってホームページにそう書いてあったから」
 長い長い沈黙のあと、く、声が漏れ出たかと思うとそのまま笑い始めた。
「本当に下着を履いてないやつは滅多にいないんだがな」
「え、…ええっ!?本当ですかっ!」
 笑いながら指が尻に滑っていき、思わず身体をすくませる。尻の形をなぞるように、触れるか触れないかのタッチで指先が這い回り、こそばゆいような感触に鳥肌が立ちそうだ。下着を履いていない浴衣の布越しに、中嶋さんの指の動きがダイレクトに伝わってくる。
「…や、やめて下さい…、そ、そんな…こと、したら…」
「したら?」
「ほんとに俺、止められない…っ」
 こんなところで、たくさんの人がいる花火大会で反応してしまったら、浴衣で下着も履いていないのに、どうやって隠せばいいのかわからない。
 ただでさえもう半分ほど立ち上がっているソコが中嶋さんの太腿を押しているのに。
 いきなり尻を両手で鷲掴みにされ、上がった声は中嶋さんの口に舌ごと絡めとられる。そのまま乱暴に揉まれ、尻に痛いぐらいに爪が食い込み、あまりの快感に中嶋さんの身体の中でもがいた。直に触れられるのと違う、肌に擦れる乾いた浴衣の生地の感触。
 離れた唇から溢れて俺の顎に伝うのは、きっと俺の唾液だ。
「ぁ、ぁあ…」
 抵抗する気など起きるわけがない。
 どうしよう、どうしよう。完全にスイッチが入ってしまった。
 それでなくても、今俺を抱いているのは浴衣を着た中嶋さんで、自分でもおかしいほどに興奮してて。そして中嶋さんは俺とこうやって一緒にいてくれて。
「中嶋さん、中嶋さん…っ」 
 自ら腰を中嶋さんに押し付け、立ち上がったソコを中嶋さんの太腿にこすり付ける。硬い筋肉が太腿ごとそこを押しつぶして快感で気が遠くなりそうだ。離すまいと中嶋さんの浴衣を握り締める。浴衣の匂いと微かに中嶋さんの体臭がして、もっと匂いたくて頭を擦り付ける。全身で中嶋さんに触れたい。触れて欲しい。
「そんなにしがみつくな、動けない」
「だ、だって…っ」
 肩を掴んで引き剥がされて、中嶋さんと俺の間に生暖かい風が入り込む。
 荒い息を整える間もなく、俺は側に生えている生い茂った木の幹に押さえつけられて、乱れてはだけた浴衣から僅かに覗いた乳首にいきなり濡れた舌が触れた。
「ぃや、…っ!」
 甘ったるくて強い快感に細かく身体が震える。中嶋さんの舌が、固くなった先端をわざと押しつぶしながら何度も何度も往復する。乳首からダイレクトに下半身に刺激が伝わって、強すぎる刺激に無意識にそこから逃げようとしてしまう。
 胸ばかり舐めないでほしい、そう言いたくてもまったく言葉が出てこない。乳首を甘噛みされてじわっと目尻に涙が溢れた。
「や、や…っ」
 腰の力が抜けて、立っていられない。触れるか触れないかのタッチで何度も胸中にキスをされて、脚の力も完全に抜け切ってしまう。だけど地面にへたりこもうとした俺の体を支えてくれたのは、浴衣を押し開いて股の間に割り入った中嶋さんの太い腿で。
「ひ、くっ!」
 いきなり俺の股、袋の裏から尻までを中嶋さんの固い太腿が密着して、俺は体を反り返らせて声を上げた。太腿が動く度に感じるぬめった感触に思わず腰を揺らしてしまう。あそこの先端から溢れていた先走りが袋の内側まで滴っていたんだろう。
 ぎゅうう、と後ろの孔が貫かれる行為を待ちわびるように収縮を繰り返して、俺はたまらず中嶋さんにしがみついて叫んだ。
「な、中嶋さん、も、もう、…ひっ」
 耳たぶに唇をおしつけたまま、からかうような中嶋さんの声に身体を震わせる。声が響く間中、嗚咽のような声が漏れ続ける。
「…まだどこも触ってないのに入れるのか?」
「ぅん、うん…っ!」
 太い幹に体を押し付けられ、浴衣の合わせが完全に開く程前をはだけさせられる。
 左足の太腿を掴まれ胸につくほど折り曲げられ、それを恥かしいと思う暇もなく中嶋さんの熱い身体が覆い被さり、次にされる行為の期待に無意識にきつく目を閉じる。
 「ひっ、う…ぁあ…っ!」
 熱湯のような肉塊が一気に尻の穴に押し入ってきた。
 痛みや苦しさは、強引な挿入と入り込む熱さにかき消され、想像している以上の大きさのものが身体の中心に到達する。
 身体のすべてを貫かれたような衝撃。
「あっ、あっ、あっ」
 息をつく間もないまま大きく揺さぶられて声が抑えられない。全身が、中嶋さんのモノに必死に絡み付こうとしてる。ひくついて、もっと奥に入れて欲しいと蠢いているのがわかる。
「花火の音がなければ見世物になってたな」
 俺を揺さぶりながら楽しげに中嶋さんが耳元で囁いた。
 そうだ、今俺たちは花火を見に来ていて、涙が溜まった目がいろんな光でちかちかするのは花火が上がっているからなんだ。
 だけど、どん、どん、という地面を割りそうな花火の響きより、俺を貫き、乱暴に抜き差しする中嶋さんが今の俺にはすべてだ。
 ほんの数十メートル先には、花火を熱心に見上げているたくさんの人がいる。
 その人達の誰よりも浴衣が似合って、誰も寄せ付けない程冷たい空気をまとった中嶋さんが俺を抱いている。気付かれるかもしれない木の陰で。花火の光に照らされながら。
 揺さぶられ、すすり泣く俺の喘ぎが花火の音にかき消される。
 中嶋さんの汗が、乱れてはだけた俺の胸に落ちる。それだけなのに、どうしてこんなに胸がしめつけられるんだろう。
 入れられて何度目かの射精をしたときには、俺の身体は右足のつま先がかろうじて地面についているだけで、支えを失った俺は落とされまいと必死に中嶋さんにしがみついていた。
 中嶋さんはいつもより激しく俺を抱く。凶暴に、俺をいたわるしぐさのかけらもなく。俺は悲鳴のような大声を上げ続ける。叫べば叫ぶほど、中嶋さんの行為が激しくなる。
 まるで、叫ばせることが目的のように。
 俺は一度も口を塞がれることもなく、花火の破裂音とともに意識を失った。
 
 
「な、中嶋さん…っ、中嶋さんってば!あの、手が、手…っ」
 俺の掠れきった声でも、さっきから何度も呼んでいるんだから聞こえているはずだ。
 手をつないだまま、人ごみの中に割って入ろうとする中嶋さんを止めようとするのに、全く聞いている様子がない。
 まだ花火は続いていて、皆が空を見上げている中、中嶋さんと俺は男同士で手をつないで歩いているのだ。いずれ気づかれてしまう、それにBL学園の生徒だってたくさん紛れているんだ、バレたら一体どうするつもりなんだよ。
「離してください、ねえ、中嶋さんっ!」
「周囲を気にしているのは啓太じゃないのか」
「え…」
 思ってもみなかった言葉に絶句する。
 そんなわけがない、俺は中嶋さんに迷惑だからって、それで…。
「一度しか言わないからよく聞け」
 立ち止まって中嶋さんが俺を見下ろしていた。大きな花火の音と同時に、中嶋さんの綺麗な唇が開くのを俺は見つめ続ける。
「お前を選んだのは俺だ」
 長い長い沈黙の間に、見上げた中嶋さんの背後で様々な色のたくさんの花火が空中で弾けていく。呆然と突っ立ったままの俺に、やさしい目をした中嶋さんの顔が近づいてきて、触れるだけのキスをした。
 右にも左にも、触れるほどの距離に人がいるのに。
「…恋人同士だって、男同士だって、そう思われてもいいんですか…?」
 何度もキスをされながら、それでもしつこく俺は聞き続ける。
「もったいないって、もっといい人がいるって、言われてもいいんですか…?」
 溢れてくる涙を長い指が拭う。
「もう一つ。余計なことは何も考えるな」
 花火が少しの間止まって、やがて周囲が俺たちに気が付いてざわめき始めても、俺を抱きしめ続ける中嶋さんの首に俺は手を回し、しがみついてずっと離さないでいた。
 今日の、この暑い夏の日を、俺はきっと忘れないだろう。花火の光が中嶋さんを照らすこの夜空とともに。
 ――――中嶋さんは、俺だけのものだから。


 
 そのまま俺たちは二人きりで花火を見た。
川辺をつたって学園に帰る間中、中嶋さんは俺の手をずっと離さず、逆にうろたえている俺に「同じ浴衣だから兄弟にでも見えるだろう」と言って平然としている。
 いいんだけど、すごくうれしいんだけど。背筋が凍るぐらいに感動しているんだけど。
 いつもいじわるなだけに、中嶋さんの行動がやさしすぎてこわい…何か裏にありそうな気がして。
「何を怯えてる」
 俺の考えていることなどすべてお見通しらしく。
「え、…え、だって…」
「次に会えるのは二学期だ、宿題はさっさと済ませておけよ」
「うそっ!」
 驚いて立ち止まった俺から中嶋さんの手が離れていく。浮かれていて気がつかなかったけれど、今は夏休みで、もう学生会の仕事は殆ど終わっていて、あとは実家に帰るだけで。
 つまり、中嶋さんとしばらくの間会えないってことなんだ。だから、俺に気を使って妙にやさしかったのか?
「………イヤだ、イヤですっ、だって、だってそんな…」
 このまま三週間近く会えないなんて耐えられない。明日の朝家に帰ってしまうなんて聞いてなかった。突然すぎて、ショックで混乱して頭の中が真っ白だ。
「行かないで下さい!」
「…啓太も家に帰るんだろう」
「そ、それはそうですけどっ、でもイヤです!」
 夏休みになって、学生会の仕事のおかげで朝から晩まで一緒にいられた日々は今日で終わりだったんだ。そうだったんだ。
 立ちつくして動かない俺をしばらく見つめた後、小さな溜息が聞こえて心臓が痛む。あきれてるのはわかってる。でも納得することがどうしても出来ない。
 中嶋さんは俺と会えなくなっても何も思っていないんだろうか、そう考え始めたら更に悲しくなってくる。
 俯いている俺の浴衣に、するりと中嶋さんの手が差し入れられた。丁度そこは先ほど散々舐められた胸の先端で、そこに指先があたり驚いて体をすくませる。
「な、なにをっ」
 軽く摘まれて息を漏らす俺の耳元でまた中嶋さんが囁いてくる。
「これから朝までヤりまくって、会えない間その事しか考えられないようにしてやるよ。啓太が寂しくないようにな」
「ぁっ、…そ、そ、それじゃあ逆効果じゃないですかっ!」
「考え方の違いだろう。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って…わあっ!!」
 俺の両膝の裏に腕を回し、中嶋さんが俺を抱え上げる。
 それは世に言うお姫様だっこというやつで。
「なななにするんですか!!中嶋さん!!」
 いきなり高い場所まで身体が浮いて驚いてもがくと、地面に放り投げられそうになり慌てて中嶋さんの首にしがみつく。
「何考えてるんですか!中嶋さんってば!!ちょっと!!」
 顔を真っ赤にして足をじたばた振ってみても、体格の違う中嶋さんには全くきいちゃいない。のしのしと歩き続ける中嶋さんの顔は本気だった。こわいほどに本気だ。
「中嶋さん!!」
「次にお前が降りるのはベットの上だ」
 その言葉に俺の抵抗はぴたっと止まってしまう。…さっき言ったことは本気だったのか?
 更に俺はベットに降ろされた時のことを想像してしまった。その中で中嶋さんがやけに生々しいのは今中嶋さんの身体に触れているせいだ。木に押し付けられて穿たれた体の中心がまだ湿っているせいだ。
 また中嶋さんを変に意識し始めて言葉が出てこない。
「静かになったな、分かり易いやつだ」
「…………」
 何も言い返せないまま、俺は抵抗を止めて中嶋さんの首に回した手に力をこめた。
 

 もういいや、中嶋さんと一緒なら。
 目を開けたその先に、中嶋さんがいてくれるなら。
 それ以外に俺は何もいらない。





END