□幸運ノ重クサリ 2




「すみませんっ!」
 二日酔いからやっと抜け出して学園に向かった時には、もう午後最後の授業も終わりかけていた。俺は痛い頭を抱えながら教室には向かわずに学生会室の扉を開けると、部屋には五限目で授業を終えていたらしい中嶋さんが既にいて、顔を合わせたとたん俺は深々と頭を下げて大声で謝る。
「迷惑をかけて、本当にごめんなさい!」
 昨日少量のお酒で完全に酔っ払った俺は、昼近くになってようやく目を醒ますと一人で中嶋さんの部屋のベットの上にいた。掛け布団がかけられて、俺の制服のシャツはボタンが上二つ外され、ネクタイは取り払われていたんだ。酔っ払って寝てしまった俺を介抱してくれたのはもちろん中嶋さん以外になく。
 昨日俺が置きざりにした書類に目を通していた中嶋さんが、ちらりと俺を見やるとまた無表情のまま俯く。もちろん怒っているに違いない。足音を消してそうっと中嶋さんの席に近づき、正面の椅子に座って手伝おうと手を出すと顔を上げた中嶋さんと目が合った。
「悪いと思っているなら、金曜に食事でも奢ってもらおうか」
「え?」
 怒ってないどころか、楽しそうな表情に驚いた。思ってもみなかった誘いにあっけにとられている間に、中嶋さんはどこの店やらここはどうだやら話を一人で決めてしまう。
「あの……中嶋さん」
「啓太と出かけることもしばらくないだろうからな」
 その言葉にふいうちを食らって、笑顔になりかけた俺の顔はひきつった。
「……そんなの、うれしくありません」
 思わず口にした言葉に中嶋さんの眉がひねられたその時、ドアが乱暴に開けられる音がして振り向くと、そこには以外な人物が立っている。
「女王様っ!?」
 本人を前にして禁句のあだ名を大声で叫んでしまい口を両手で覆っても、女王様は聞こえていないのか無視しているのか、形の良い眉をしかめたまま学生会室に入ってくる。中嶋さんの側までやってくると、外見に似合う透き通った低音が部屋に響き渡った。
「留学するというのは本当か?」
 中嶋さんはちらりと女王様の顔を見やると、小さく「それがどうした」と返事をする。
「先程丹羽から話を聞いてまさかと思ったが、本気なのか」
「まあな。いずれ会計部にも行こうと思っていた。これから学生会の方が人手不足で大変になるだろうから、これからは協力し合う必要があるからな」
「それはもちろん構わない。お前がいなくなれば臣も喜んで協力するだろう。だが……」
 言葉をとぎらせた女王様の目線は、俺に注がれている。それが何を意味するのかは、俺と女王様にしかわからない事だ。きつい目線に耐えられなくて目を逸らして俯いたことで、俺がどういう状態なのか察してしまったに違いない。
 ふう、と大きく息をつくと、女王様が「渡す書類があるから会計部に取りにこい」と俺を呼んだので立ち去ろうとする背中を慌てて追いかける。
 女王様の半歩後ろを歩いていると、俺を振り向かないまま尋ねられた。
「あれでいいのか?啓太」
 何を聞かれているのかはわかっている。中嶋さんと俺の関係は、女王様しか知らないことだ。
「はい、俺が何か言えることじゃないですから。中嶋さんが人から何か言われて意思を曲げるような人じゃないし」
「……引き止めなかったのか?」
 立ち止まって振り返り、きつい眼差しで睨まれて息を呑む。この人がなにを言いたいのかわかっているから、俺は首を縦に振って答えることしかできない。夕日が差し込んで女王様と俺の影が長く伸びている。女王様の色素の薄い髪が透けて綺麗だと思った。
「納得しているふりをして、何も言わずに終わらせるつもりならそれでもいい。だけど後悔だけはするな。啓太のみっともない姿を私は見たくない」
「後悔……」
「そうだ。置いていかれて腑抜けになった啓太などつまらんからな」
 きつい言い方だけど、心配してくれているんだってわかる。中嶋さんを送り出した後、俺はどうしているんだろう。想像できないし、したくもないんだ。
 だけど、言われて気がついた。絶対後悔だけはしたくない。今俺が我慢していい子を気取っても、死にものぐるいで喚いて行かないでほしいと懇願しても、結果はきっと変わらないってわかってる。同じ別れがやってくるのなら最後に言い逃げしたって罰はあたらない。それでほんの少しでも俺の気が済むのなら、ぶつかってみてもいいはずだ。
「……聞いてくれると、思いますか?」
 はっきりとした俺の口調に、気持ちの変化を感じ取ったのか女王様が、人差し指で自分の頭を指し、ニヤリと笑った。
「聞かせればいい、ここを働かせてな」



 しつこく言い寄って問い詰めればきっと逃げられてしまう。一晩かけて考えた方法はいたってシンプルなものだった。この学園がとても楽しい生活ばかりならばきっと未練が残る。そうすれば留学を考え直すかもしれないということだった。
 俺が酔っぱらってしまった日の夜、中嶋さんが学園での生活を『つまらない』と言ったことがずっと頭から離れない。俺が一度も考えたことがない言葉を中嶋さんが口にしたことがショックだったんだ。
 今日、金曜日の夜は運良く中嶋さんと約束しているから、一番楽しいことや、未練を残しているようなことを聞き出そう。そして俺は出来る限り中嶋さんを楽しませるんだ、もっと俺と一緒にいたいと思ってくれるように。
 俺ができることを考えるんだ。
 理事会に返事をするまであと三日。返事をするのは月曜日の放課後だ。
 授業を終えた後急いで寮に戻り私服に着替えて待ち合わせている寮の入り口に向かうと、ドアの前にもう服を着替えて待っていた中嶋さんと外国人の講師が話をしていた。中嶋さんよりも上背のある巨体をスーツに包んだ男性は、アルティメットクラスの英語の講師だ。
 楽しげに話す言葉はもちろん英語なんだろう。日常会話程度だと本人は言っているけれど、俺の考える日常会話とは大きな差があるような気がする。一体どこまで話ができれば中嶋さんにとって「話せる」レベルなのか。
 むこうに行けば、当たり前だけど殆どの人は外国人で、今みたいにむこうで楽しく生活を始めるのだろうか。二人の姿に近い将来を見せられたようで、俺は二人に歩み寄って中嶋さんの腕を掴んで引っ張る。
「中嶋さん、早く行きましょう」
 俺の行動について講師が何か言っているけれどそんなことはどうでもよくて、ブレザーが皺になるのも構わず中嶋さんをそこから引きはがす。驚いたのかあきれているのか、中嶋さんは俺に引っ張られるままついてくる。
 
 冬に近づきつつある夜は、いつもの白のパーカーだと少し肌寒い。中嶋さんはラフなベージュのブレザーをはおり、ダブルボタンの淡い水色のシャツを中に着ていて普段よりカジュアルだ。濃紺のジーンズを履いているのも珍しい。かっちりとした印象はあくまでも残した清潔感のある服装は、近寄りがたい中嶋さんの雰囲気をほどよく解してとても魅力的に見える。構えた服装でなくていいのは、食事をする場所が焼肉屋だからだ。中嶋さんと王様がよく行くというそこに俺も何度か連れて行ってもらった所だ。
 安くてうまいと評判のその店は金曜日の夜とあって賑やかで、店内のテーブルに座ってからも、俺は自分のこと、家のこと、BL学園に来るまでのことを延々と話し続けた。いつになく饒舌な俺が興味深いのかおかしいのか、中嶋さんはまんざらでもない表情で黙って聞いてくれている。
「あ! ダメです、それは俺の肉です」
「誰が決めたんだ」
 素早い手つきで目当ての肉を奪われて、あっというまに中嶋さんの口の中に放り込まれる。見かけによらず食べると言われる俺とは違い、中嶋さんはその体格に似合う大食漢だ。上品に食べそうな印象をくつがえす豪快な食べっぷりに鉄板の肉はどんどん減っていく。肉を補充する役目はもちろん俺で、不公平だと文句を言っても鼻で笑われるだけで俺の分を残すつもりは全くないらしい。
 機嫌のいいついでに調子のいいことを言ってみる。
「知ってますか、恋人同士で焼肉を食べる仲は最後までしてるんだって」
「じゃあ俺と丹羽はデキた仲ってわけか」
 さらりと言い返されて言葉がつまる。
「ぅ……、それはだって、男同士じゃないですか……」
「俺と啓太も男同士だがな」
 口の端を上げて意味深に笑われて、言うなら今だともう一人の自分が後押しする。
「中嶋さんが、その、俺といるのって……どうしてなんですか」
「何だ、今更」
 こんなところで、と非難されるような気がしてなんでもないふうに肉をひっくり返していると、「おもしろいから」と言われて顔を上げる。
「おもしろいって……それだけなんですか。じゃあ、じゃあ……中嶋さんが今一番楽しいことは何ですか」
「今のところお前とのセックスが一番楽しい、そう言えば満足か?」
 はっきりと答えられて顔が赤くなってくる。からかう口調でいまいち納得できないけれど、自分が関わっていてうれしくないわけない。逆に俺の価値はそこにしかないのかと追及したかったけれど、じゃあそれ以外に何があるのかと自分自身に問いかけても見当たらないわけで。
 これで俺が知りたかったことが判明したのだから成功なんだろうか。強気なふりをして切り出してみてもいいだろうか。
「……むこうへ行ったら俺とできなくなりますよ、いいんですか」
 鼻で笑われて、聞かなければよかった返事が返ってくる。
「あっちの方がいろいろ励めそうだろう」
 つまりはBL学園の中では俺とするのが一番で、他の場所に行けば新しく相手を探すというわけなのか。予想していた答えではあったけれど実際に言われてみると心臓が鷲掴みにされるぐらいのショックを受けてしまう。
 もしここでひどいとなじったとしても、中嶋さんが訂正してくれる可能性はゼロに近い。ひとり傷ついて泣いている時間もないんだ。今の俺にできることは、さっきの中嶋さんの答えで判明したんだ。
「俺、見たい映画があるんです。レイトショーだから食事が終わったあと見に行きませんか?」
 今はただ、積極的になってみよう。中嶋さんを驚かせるぐらいに。そうすれば俺に興味を持ってくれて刺激を感じてくれるかもしれない。


 見たい映画があったわけじゃない。
 数十年も営業してきたような古い映画館。公開して随分たった人気のあまりないものを選んで正解だった。小さめのスクリーンの前の二百人ほどが座れる席には、後ろの方に一組の酔っ払っている男女の他に、男性二人というたった四人しか観客がいなかった。なるべく彼らから一番離れた前の方の席を選んで座り、右側に中嶋さんを座らせる。狭い座席が窮屈そうで、長い足を組むと靴が前の座席に当たり、諦めて大きめに足を広げている。俺は組んでも広げても余裕なのが今更ながら悔しい。
 俺と肩同士も触れ合っている状態に今さらながら緊張してくる。計画だとわかっていながら、初めての二人きりの映画に浮き立ってしまう。
「啓太?」
 膝に両手を置き、背もたれも使わず身体を硬くしている俺になめらかな低音が至近距離で聞こえてきて更に心臓が高まる。自分で計画しておきながら、もう怖気づいてしまいそうだ。今頃になって成功したことがないことを思い出し自信が一気にしぼんでゆく。
 やがて、灯りが消されて劇場の中が真っ暗になり、スクリーンにCMが流され始め、やがてすぐに映画の本編が始まり、洋画のサスペンスホラーのタイトルが現れる。タイトルを告げたときは興味なさげだったけれど、それなりに集中して見るつもりなんだろう、手摺に手を乗せてくつろいだ姿勢になり、均整のとれた横顔に表情がなくなっていくのを目の隅から観察する。
 あまり集中されると困る、そう思いながら。
 後ろを振り返ると、俺たちが入ったときから人数は増えていないようで、殆ど暗闇の状態は人影がやっと判別できる程度でどんな顔をしているかなどは殆ど見えない。だけどここで頭を肩にもたれさせたら、座席から頭だけが突き出ているので後ろの席からは丸見えだ。もしもたれてみたら中嶋さんはどうするだろう、そんな事を考えてみる。
 もちろん俺は映画は全く見ていない。はじめから見るつもりなどなかったんだから。ひたすら気にしているのはタイミングと、隣の中嶋さんの様子だ。
「……落ち着けよ」
 また後ろを振り向いていて頭を戻したとき、中嶋さんが頭を寄せて囁いてきた。耳元で言われて驚いたのもつかの間、今度は所在なさげに太腿に置かれていた手を捕まれ手摺に押し付けられて、手の甲に中嶋さんの大きな手が覆い被さる。
 思ってもいなかった事態に心臓が飛び上がる思いだった。子供をおとなしくさせる方法でもなんでも、中嶋さんの肌が実際に触れて、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。右手だけに意識が集中して、鼓動が早くなっていくのを止められない。しかし今回は一人勝手に赤くなっている場合ではなく、このチャンスを逃す手はないのだ。
 映画にまた集中し始め、俺の手を押さえ込む力が緩まったところで、大きな中嶋さんの手に包まれたままそっと中指を探り当てて握り締めてみる。中嶋さんの反応は殆どない、弄ぶぐらいに考えているだろう。そろそろとその指を人差し指と親指の腹でゆるゆると撫でたり、こそばすように強弱をつけて揉んでいると、さすがに訝しげに中嶋さんがこちらを向く気配がした。めげずに中嶋さんの人差し指も引き込んで強く握ると中嶋さんの手に力が入る。
 逃げられる、そう思ったけれどそれ以上動かない。ゆっくりと指の根元から指先まで扱くしぐさに、俺の変化を感じ取ったんだろうか。手の平を上にして甲同士を重ねて、中嶋さんの指に手を絡めて力を込めて握ると、俺だけが汗をかいているのに気がつく。いきなり中嶋さんが強く握り返してきて全身が震えた。
 このまま握っていてほしい。このまま。
 だけど、今の俺は幸せに浸っている場合じゃないんだ。掴んだ手を離して今度は手首を掴んで自分の口元に引き寄せる。中嶋さんの小指を咥えたとき、隣で小さく息を呑む音がした。
 いつもの俺なら、そうしたいと思っていても、自分からは決して動かなかったと思う。強要されたと自分でいいわけをして、中嶋さんがそうさせたんだと言い逃れができるからだ。だけど今日だけは違う。中嶋さんが想像もしていない俺を、そして――
 俺とのセックスが楽しいと言うのなら、俺とできなくなれば未練が残るような、むこうに行きたくなくなるようなことを仕掛ければ。刺激が少ないというのなら、刺激のあるやり方でセックスをすれば。
 中嶋さんの数少ない言葉をつむぎ合わせ、女王様に言われたとおり頭を使って考えた結果がこれだ。テクニックなどまるでない俺でも中嶋さんを喜ばせることができるのは、する場所のスリルだと思うんだ。
 現に俺の行動に中嶋さんは少なからず驚いていて、心の中でやったと叫んでしまう。
 動かないのをいいことに、更にくすり指、中指を一本づつ舌を絡めては吸い上げた。付け根の薄い皮膚を舌先でなぞり、時折指に歯を立ててみる。手の平を舌全体で舐め上げながら、空いた左手で自分のジーンズのチャックを下ろし、熱くなりだしているそこを取り出し扱き始めるころには、中嶋さんの左手は俺の唾液でどろどろになっている。
 一度その手を離し、後ろに気付かれないように頭を深く下げて椅子から腰を上げ、素早く中嶋さんの足の間に屈みこみ、中嶋さんの顔を見ないまま俺と同じようにチャックを引き下ろす。制止するように中嶋さんの左手が俺の頭を掴んだけれど、強引に下着の上から舌を這わせていく。
 映画は会話だけの静かなシーンになり、勃起していなくても太い幹の部分を布越しから唇で食んでいると、頭上でため息のような呟きが聞こえる。
「……どういう風のふきまわしだ」
 怒っているようだけど、おもしろがっているふうでもある。唾液で汚れてしまう前に布の合わせ目からそこを引き出すと、固くなり始めた色濃いそこが露になり、自分でしていながら思わず目を逸らしてしまう。いつもそうだ、これを目にすると淫猥な熱気に頭がぼうっとなってしまうんだ。それなのに喉からはひっきりなしに唾液が溢れてくるんだ。
 両手で根元を支えて咥え込むと、いやらしく苦い味に更に唾液が湧き出てきてすぐに中嶋さんのそこはぬるぬるになり、変化していく映画のシーンから僅かにさしこむ光を反射する。右手で扱きながら乱暴気味にカリに舌を絡めているうちに硬さが増してきて、やがて手で支えなくてもよくなると、左手を自分の股間に持っていき、中嶋さんのを扱く右手に合わせて扱き始める。
 勢いをつけて先端を喉の奥から上顎に擦りつけるように口の中全体でそれをなぞり、わざと音をたてて勢いよくしゃぶると、裏筋に這わした指がくいこまない程の硬さになり、先端から熱いものが滲み始めるともう俺の思考回路もゼロになって、ただ夢中になってすべてを飲み干そうと躍起になる。床に近い場所にある自分の小ぶりなあそこも同じように濡れ始めている。
 このまま出してほしい、朦朧とした頭でそればかりを願っていると、映画で小さな山場を迎えたのか地鳴りがするほどの轟音に身体をすくめたとき、頭を掴まれ今度は無理矢理中嶋さんの股間から引き剥がされてしまう。
「席に戻れ」
 拒絶されたのかと見上げると、熱っぽいまなざしがあって言われるまま自分の席に座りなおしたとたん、中嶋さんが俺の方に上半身を屈みこんできて、下着からはみ出したままのあそこがとてつもなく熱いものに包まれたのだ。
「ぅあっ! ――ぁ……」
 大声をあげる口をとっさに両手で塞ぎ衝撃をやり過ごすけれど、強烈な快感はそこからどんどんこみあげてきて、きつく目を閉じて体を強張らせてしまう。
 中嶋さんが俺のそこを咥えているんだと気付いたのは、緩急をつけて頭が上下し、あそこ全体に舌や唇、歯の感触を感じ始めてからだ。数えるほどしかされたことのない中嶋さんの行為にひどく動揺し、先に理性を飛ばしてしまったのは俺のほうだ。
 あそこや後ろの孔を舐められるのは、本当は一番苦手だった。何故かって、快感よりも恥ずかしさが勝ってしまい快感に浸ることができないからだ。中嶋さんの綺麗な顔が接近し、唇であそこを舐められる自分がどうしても耐えられない。
 そんなことをしてもらうような身体じゃないと、なにより心が抵抗してしまうんだ。本気で抗ってからはされたことなどなかったのに。
 今回ばかりは、逃げたくても狭い座席では身体を捩ることさえままならない。
 いつになく乱暴な動きに、中嶋さんが興奮してくれていることがわかることも、俺の抵抗を弱めてしまう原因だった。せりあがってくる寒気のような快感が、羞恥とあいまっていつのまにか俺のちっぽけなこだわりをかき消してしまう。
「ん、ん……っ、ぅう、……っ!」
 中嶋さんの口に腰を突き出してしまうような動きが止まらない。灼熱のような口内にあそこが根元から解かされてなくなってしまいそうな錯覚。自分の手の甲に歯を立て、喘ぎを押さえようとしても止められず、喉を逸らして頭を振ってしまう。これ以上されたら、後ろの人たちにまで聞こえる声を上げてしまいそうで、そうだとわかる程身体を揺らしてしまいそうで、こわくて、でも気持ちよすぎて……混乱してどうすればいいのかわからない。
 飴玉を転がすように口の中でもて遊ばれて、快感のあまりスクリーンに映る画面が涙でぼやける。
 ほんとうに、だめだ。もう持ちそうにない。余裕のない中嶋さんの動きに昂ぶりが抑えきれず、口の中に放ってしまいそうだ。
 そんな俺の状態を察したのか、あそこにひんやりとした外気を感じて俯くと、頭を上げた中嶋さんと至近距離で目が合った。異様なほど輝きを増した瞳に射るように見つめられ、唾液に濡れた唇を見つけて体の奥にまた甘いものが灯される。舌を覗かせ唇を舐めるのを見て、無意識にその人の名前を力なく呟いてしまう。
 映画の物語が佳境に入る中、俺は中嶋さんに手をひかれて席を立ち、劇場を出た。勃起したままの下半身に意識がいき前屈みだというのに、中嶋さんは気にもせずどんどん歩いていき、引きずられるようについていく。細く薄暗い廊下を進み、劇場内に備えられた小さなドアを中嶋さんが乱暴に開けると俺を放り込んでドアを乱暴に閉める。
 個室が一つ、小便用が二つしかない小さく薄汚れたトイレに、何をするために連れ込まれたのかはわかってる。
「や……、こ、個室に……っ」
 せめて個室でと懇願しても聞き入れられず、観音開きのドアを開けてすぐ右側に設置された、簡易水道とでも呼べるような小さな洗面台に両手を掴まされ前屈みにさせられると、後ろから下着ごとジーンズを引きずり落とされる。
「ぃやだ……!」
「お前が誘ったんだろう」
 意図して俺が作ったシチュエーションに中嶋さんを引きずり込んだはずなのに、舌なめずりしそうな凶暴な笑みは、さかりのついた肉食獣のようで後ずさりしそうになる。思わず逃げようとする腰を掴まれれば、足に絡んだジーンズのせいで殆ど動けない。
「今日はなんの趣向だ?啓太がまさかあそこまでやるとはな」
「ぅ、あ――ッ!」
 いきなり根元までおし入ってくる灼熱に金切り声のような悲鳴を上げてしまう。乱暴に抜き差しされて身体がバラバラに砕けそうだ。慣らされていない孔は切れてしまいそうな程ひきつり、限界にまで広げられる。
「あ、……あぁ、っあ……く、ぅっ」
 抉るように穿られ、引き抜かれる。先端が前立腺を突き、最奥まで埋められる。
 濡れきった中嶋さんのそこが行き来するうち、奥まで湿らされた孔は次第に滑りよく受け入れはじめて、リズムをつけて尻に腰を打ちつけられる卑猥な音と、それに合わせて腹につくほど勃起した自分のあそこが揺れて自分の下腹を叩く音が重なる。
 誰かが入ってくるかもしれないという不安はすぐに失われ、身体だけじゃなくすべてが中嶋さんで一杯になる。もっと中嶋さんを喜ばせなければと中嶋さんのそこをタイミングをはかって締め付けても、ますます膨張して擦られる快感に翻弄されうまくいかない。それならと自分のそこを掴んで扱き、自分から腰を前後に揺らすと押し殺したような笑いが背中越しに聞こえてくる。
「……めずらしいな、ほんとうに何があったんだ?」
「も、もっと……っ、して、くだ、下さ……いっ」
 わからないんだろうか、切羽詰っている俺の気持ちすべて中嶋さんにとってはどうでもいいことなのだろうか。
 尻を突き出しもっと突いてほしいとねだれば引き抜かれ、焦らされて泣きながらお願いだとせがんでも肝心な場所まで突いてくれず、身体をひくと再び乱暴な抽挿が開始され、いじわるだと責めてもますますひどくされるだけで。
 楽しんでいるだろうか。俺の身体は中嶋さんを楽しませているだろうか。
 あなたが抱いた人たちと比べてみて、俺は未練が残るほどの価値がありますか。
「……し……っ、たの、し……ぃ、です、か……っ」
「何だ、さっきの話か? ……ああ、楽しくてたまらないな。啓太の身体は仕込みがいがある」
 だったら、留学なんてしないでこれからも毎日俺を抱いてくれればいいと、素直にそう言えたら―――中嶋さんはどう答えるんだろう。
「も……ぅっ、ぅ――あ」
 少量づつ押し出されていた精液の最後の迸りを、自分で握りしめて堪えても、限界はとうに過ぎている。今回ばかりは中嶋さんよりイクわけにはいかない、それだけが俺の射精を留まらせているのに、中嶋さんは更に追い詰めてくる。俺が求めている時に限って、中嶋さんはそれを敏感に察してひどく焦らそうとするんだ。
「な、中嶋、さん……っ、はやく、は、やく……っ」
「よく覚えておけよ、啓太。お前は俺のを舐めるだけで感じるような淫乱だとな。……俺以外の男に触れさせるな」
 驚いて後ろを振り返ろうとしても、絶頂を迎える寸前で思い通りに動かない。
「ぁ……――ぁあ……あ」
 あそこを握り締める手が緩んだとたん、白いものがトイレの床に大量に飛び散り始める。がくがくと腰を震わせるあいだに、熱湯のような中嶋さんの精液が身体の奥深くで広がるのを感じてきつく目を閉じる。意識が飛んでしまいそうな強烈な快感。中嶋さんが埋まるところから、身体が溶けてしまいそうだ。
 洗面台を掴む腕を突っ張り、胸を反らして中嶋さんを最後まで締め付ける。
 あと何回抱いてもられるだろうか、心の隅でそんな女々しい言葉が浮き上がる。
 この人は、自分のことはさしおいて、俺だけを長い長いあいだ縛りつけるつもりだった。俺が絶対にどこにも行けず、誰も好きなれないってわかっているからこその、傲慢で勝手な言い分。
 ひどい人だと罵れるなら、こころを抉られるような痛みも幾分ましなのかもしれないのに。中嶋さんが求めているのは、俺とのセックスだけなんだと思えば割り切れたはずなのに。
 力をなくし、床にへたりこみそうになる俺を捕まえて壁にもたれさせ、濡れて汚れきった下半身を濡れたティッシュで拭かれたりするから。
「……ぅ、……っ」
 快感のせいでなく流してしまう涙さえ、やさしく唇で拭ったりするから。
 長い間側にいて、中嶋さんがそんな人じゃないってわかっているから、尚更悲しいんだ。

 
「何度もしつこいぞ、啓太。楽しんだとさっきから言ってるだろう」
 学園島へと戻る途中も、俺は疲れきった体に鞭打って出来るだけ元気を保とうと必死だった。気を抜くと力の入らない下半身から地面にへたりこみそうになるけれど、もっと休んでから帰りたいとか、一緒にいたいと不満を言えばきっとうざがられてしまうから口には出さない。焼肉屋での会話と同じように笑顔を絶やさずどうでもいい話にひとり花を咲かせていると、右膝ががくりと落ちて転びそうになる俺の腕を中嶋さんが掴み上げる。謝ると怪訝そうな顔を見つけて、ひるみそうになる自分を奮い立たせる。
「……何を無理してるんだ」
「そんなものしてるわけないじゃないですか。……そうだ、じゃあ中嶋さんがしたい場所とか、使いたいものとか、あったら教えて下さい」
 眉をしかめたまましばらく考え込んで「そういえば」と呟く。
「俺が留学している間に西園寺がお前を奪うそうだ」
「……はい?」
「つまらん冗談だ。お前を奪って何が楽しいんだあいつは」
 女王様が俺のために言ってくれたんだろうとすぐにわかった。放っておくと危ないんじゃないかと、暗に注意を呼びかけているんだ。女王様らしくない言葉に心遣いを感じてうれしくなる。
「とられるかもしれませんよ。西園寺さんは中嶋さんと違ってやさしいから」
 俺の挑発に明らかにむっとしているのは、中嶋さんが西園寺さんの実力と人柄を認めている証拠だ。他の人だったらきっと鼻で笑い飛ばしているに違いない。
 バスが走る時間をとうに過ぎた、真夜中の学園島の橋を渡る足取りが少しだけ軽くなる。
「未練が残りますか?」
 調子に乗って言ってしまっても、中嶋さんは不機嫌なままだ。
「……まあな」
 その口から初めて肯定する言葉を耳にして、心の中でバンザイする。中嶋さんの中に迷いが生まれるだけでも大成功だ。万が一に考え直してくれるかもしれない。
 そんな俺の淡い期待は、数時間後に砕かれることになる。



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