++ジェリーヒップ++  前編  



  ……今まで生きてきて、最もバカなことをしたのではないかと思う。


 どうしよう、どうしよう…一体どうしたらいいんだ!?
  夜中12時、俺はベットの上で足を広げたまま、呆然と正面の白い壁を見つめていた。唇が冷たくて顔から血の気が失せている。じっとしている場合じゃないのも、慌てなければいけないのもわかっているけれど動けない。自らそれを行ったという事さえまだ信じられない。  
 下半身から鎮痛がじわじわと這い上がり俺の神経を犯し始める。その痛みが俺がしてしまった恥かしい行為の証拠だ。
「……っ!」  
 ピリ、と鋭い痛みが駆け抜けて体をすくませてしまう。もしかしたら血が流れてシーツを汚したんではないかと思い、とっさに足を広げ、膝を立てて頭を屈めて足の間を見た。  
  そこには、ティッシュにくるまれた太いマジックが一本、シーツの上に転がったままで、さっきまでの行為を思い出し思わず目を背ける。シーツは幸いどこも汚れてはいないようだ。感じる痛み程出血はしてないようだった。
 いきなり挿入して痛くないわけがない、何故それがわからなかったんだ? 
 …だって、前に一度もっと大きいものを入れられたじゃないか、だからマジックの太さぐらい簡単に入るんじゃないかと思ったんだ…仕方ないじゃないか。
 ……ていうか、俺……一人でこんなことして、何やってるんだよ?
 直径3センチの太いマジックは、俺の尻の入り口を傷つけた。入れ方がわからず悩んだ後、入れてみればなんとかなる、と力づくで押し込んだ。直後に俺は悲鳴を上げ、あまりの痛みに身体を硬直させながら、恐る恐るそこを覗くと…マジックは半分以上埋まり、まるで入り口に突き刺さっているようだった。ひどい痛みにうめきながら、涙をこらえてゆっくりとそれを抜いていくと、マジックに鮮血がついていた。
  どうしていいかわからず、とりあえずティッシュでマジックを拭いた。そしてそこから傷ついた部分をどうすればいいのかわからないまま呆然としていたのだ。
   
  いつか、こういう行為に及んでしまうことは薄々予想していた。
 中嶋さんとの淫らな行為は、俺の私生活を180度変えさせてしまった。1人になると思い出すのは中嶋さんの事ばかりで、学園内や授業中だとまだ自制できたけれど、いったん自分の部屋に戻ると更に身体に様々な感触が蘇ってきて俺の心を犯してくる。3日に1度だった自慰行為も、今では1日何回しているのかわからなくなった程だ。弄りすぎて頭がおかしくなっているんじゃないだろうか、最近本気で不安になる。
 こんなに妄想がひどくなったのは、尻のそこばかり気になって仕方なくなったのは、あの時…バレンタインデーの日、からだ。散々俺の尻を硬いもので弄び、結局中嶋さんは俺の中に入らなかった。あの時からずっと焦らされているような淫らな感覚が尻のそこから消えないのだ。
 入れてくれればよかったのに。思い切り抉ってくれたらこんなに飢えたりはしなかったのに。
 中嶋さんは予測していたんだろうか、俺が焦れてたまらなくなり、自ら行為に及んでしまうのを。前を弄るだけでは満足できずに、後ろを触りたくなる衝動を我慢できなくなるのを。だけど、俺が耐えられなくなりマジックを入れて傷つけてしまうことまでは予測できなかったに違いない。
 快感など全く感じなかった。異物が無理矢理入ってくるひどい痛みしかなかった。
 ほんと、バカだよ…俺。
 目に涙が浮かんでくるのを首を振って出すまいとこらえる。痛みと自分の情けなさへの涙だ。自業自得、毎日妄想ばかりしている自分への罰なんだ。
 とにかく、今の状態をなんとかしなきゃ。風呂場で綺麗に洗って…薬を塗った方がいい。薬って何を塗ればいいんだろう、普通の傷薬でいいのだろうか。俺は痛みをこらえて立ち上がり風呂場へ向かった。

 風呂場で皆に気付かれないよう尻の部分を集中的に洗うのは至難の業だった。周りの目を気にしながらシャワーのノズルを当てる。お湯が沁みて痛くて、風呂椅子に座ると傷が押さえられて痛みでじっとしていられない。これほど痛いのはよっぽど傷がひどいんじゃないかって、不安すぎて誰に話しかけられても笑顔を返せない。
 病院…本当は行った方がいいんだろうか。でも絶対に行けないよ、恥かしくて行けるわけない。
 部屋に戻って、部屋にあった傷口に塗るチューブ式の小さな軟膏を取り出し、先程と同じようにベットに腰をかけて足を開き、そうっと人差し指で薬を塗ってみた。やわらかい入り口の皮膚の感触。痛みは少しひいたけれど違和感がある。どのあたりに傷があるのかよくわからなくて周り全体に塗ってみた。足を閉じて立ち上がると軟膏がぬるぬると擦れて気持ち悪い。
「……はあ……」
 自分で出来ることをすべて終えてから、俺は大きな溜息をついてしまった。
 ほんと、情けない…こんな姿誰にも見せられないよ。この傷が直るまでは自分への戒めとして自慰するのを止めよう。後ろに触るなんてもってのほかだ。
 もう二度と、絶対に後ろなんか触らない…!    

 ふと中嶋さんがこの俺の傷を見つけてあざ笑う顔が思い浮かび、背筋に冷たいものが走る。
 …絶対に中嶋さんに知られちゃいけない。もし見つかったら何を言われるか…ずっとそれをネタにしてバカにされ脅迫されるに決まってる。
 それだけは避けなければ。この傷が治るまで中嶋さんには近づかないようにしなきゃいけない。二人きりになって…変な雰囲気にならないよう気をつけなきゃ。
 …つらいけれど、我慢するしかないんだ。



 次の日、教室の椅子に座る事はまさに拷問だった。なるべく刺激が強くないようゆっくりと座り、尻の中心に重心がかからないよう左右に重心を変えたりと身体をせわしなく動かして、全く落ち着けなかった。いつまでこんな状態が続くのだろうと、何度も情けなさに涙が出そうになる。
 そんな状態だったし、中嶋さんに会うわけにはいかなかったから、授業が終わるとすぐにまだ誰も来ていない学生会室に行き、机の上に今日は帰りますというメモ書きを残してすぐに寮に戻った。とにかく今日はすぐに寝て痛みを忘れてしまいたかった。
 まだ早い時間であまり人がいない食堂の一番端の席で、俺は壁を見つめながらそそくさと夕飯を食べる。食べている時もふとした時に尻に疼きが戻ってきて思わず腰を浮かせてしまい、ちっとも味を感じない。
 大きな痛みの波が襲い、俯いて歯を食いしばっていると、目の前でトレイを置く音がして驚いて見上げる。
 そこには、今最も会いたくない人…中嶋さんが立っていた。
「今日は用事じゃなかったのか?」
「あ、いえ、少し体調が悪くて…っ」
 目を合わせられなくて視線が泳いでしまう。変な態度を取ったら中嶋さんに怪しまれると思い、慌てて笑ってみるけどうまく笑えない。
 どうしてこんな早い時間に中嶋さんが来るんだよ…。
 中嶋さんは無言で俺の前の席につき、それ以上何も言わず黙々と食事を始めた。俺も何も言えず、中嶋さんを見ないまま食事に戻る。いたたまれない気持ちになっているのは俺だけなんだから普通にしておけばいいのに、目をどうしても合わせられない。
「……急いでいるのか?」
「えっ、え…?どうしてですか?」
「落ち着つきがないぞ」
 無意識の内に身体を左右に動かしているのに中嶋さんが気が付いたのだ。
「そ、そんなことないですよ?」
「…………そうか」
 言葉とは裏腹に、不信そうな声の調子だ。当たり前だ、俺の態度はどう見てもおかしいんだから。中嶋さんがまだ俺を見ている。すぐにでもここから逃げ出したくて俺は食事を早く済ませようとがっついた。
「ごちそうさまでしたっ」
 すべて食べきれなかったけれど、焦りすぎて食欲もなくなってしまい、とにかくその場から立ち去ろうと椅子から立ち上がる。勢いをつけすぎて尻に鈍痛が走るけれど、呻いてしまわないよう声を喉まででこらえた。
「お、お先に失礼しますっ」
「…啓太」
  中嶋さんの横を通り過ぎようとすると、小さな声で呼ばれて俺は立ち止まって振り返る。中嶋さんの綺麗な形をした後頭部が俺の目の前にある。
「今日、部屋に行ってもいいか?」
「えっ…ええ?ど、どうしてですかっ?」
 唐突に切り出されて慌てていると中嶋さんがゆっくりと振り返った。その表情からは何も読み取れない。いつもいきなり部屋に入ってくるのに、何故今日は事前に行っていいかなんて聞いてくるんだろう。いつもだったらうれしくてすぐに返事をするところだけど、今の俺はどうやって断ればいいか必死で頭を回転させている。
「あ、あの…今日は、ちょっと………」
 だけど、口から出てきたのはしどろもどろで曖昧な返事だけ。
「…す、すいません…今日は、あの…」
「…お前の恋人がどうしても行きたい、と言ってもダメか?」
 あまりに聞きなれない言葉を耳にして、俺はしばらく無言でその意味を考えてしまう。
 …え…ええっ?こ、恋人!?恋人って…俺の恋人って中嶋さん…のことだよな?中嶋さんの口からそんな言葉が出るなんて初めてなんじゃないだろうか…!!
「あ、あ、あの、…そ、そんなことはないですけどっ!」
 うろたえて顔を真っ赤にして首を振る俺を少し楽しそうに見て、さらにとどめの言葉を口にした。
「お前の用事の邪魔はしない。少しだけだ、いいだろう?」
「は、はいっ!」
 中嶋さんに甘えられて、どこに断る理由なんてあるだろうか。
  俺はたちまち上機嫌になり、大喜びでトレイを片付け、鼻歌を歌いながら部屋に戻った。
 そして部屋に戻り、机の上に置いたままの軟膏を見たとたん、一気に現実に引き戻される。
「しまった…っ!」
 どうしよう、浮かれてる時じゃなかったのに、何頷いてるんだよ俺…っ!
 何が『はい』だよ、俺の決心はどうしたんだよ…っ!
 だけど、今自分が招いた事態に頭を抱えている場合じゃない。もう中嶋さんがここに来るのを了承してしまった以上、二人きりになってもやばい雰囲気になったり、尻をかばったりするような行動で怪しまれないようにしなければいけない。何が何でも普通にしておくんだ、普通に…!


 ドアがノックされる音がして、俺は慌ててドアに駆けつけて開けた。
  そこにはネクタイとブレザーを脱いで、白いシャツと制服のズボンだけになっている中嶋さんが立っていた。シャツはボタンを上2つはずしていて、めずらしくラフな格好だ。中に招くと少し笑顔を見せて中に入ってくる。さっきから妙に中嶋さんの態度がおかしいような気がするのは、俺が後ろめたい気持でいるせいだろうか。
 中嶋さんは中に入ると、部屋の入り口付近で立ち止まったまま俺の部屋を眺めている。何か探しているような雰囲気に俺は緊張しながら慌てて聞いてみた。
「ど、どうしたんですか?」
「…………座っていいか?」
「え?あ、はいっ」
 いつもそんなことを聞く前に勝手に好きな場所に座るのに、本当にどこかおかしい。そう思いながら俺は小さな備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出して、コップに注ぎ持って行こうと振り向いたら、中嶋さんは俺の勉強机の前に立ち、何かを持っていた。
「…どこか怪我でもしたのか?」
 中嶋さんの手に持っているもの。それは昨日からお世話になっている軟膏のチューブだった。
「わー!!な、なんでもありません何でも!!」
 俺は慌てて駆け寄って中嶋さんの手からそれを取り上げた。
 うっかりしてた!本当にうっかりしていた…!隠すのを忘れていたなんて…!
 机の引き出しにそれをしまって、その前に背をつけて中嶋さんの正面に立ちふさがり、笑いながらもう一度何でもありません、と答えると中嶋さんはそれ以上追求せず、いつものようにベットに腰をかけた。
  俺は内心大きな溜息をついて机から離れ、ベットの前にある小さな円卓に2つのコップを置いた。腰をかけた中嶋さんから見て右側に、円卓の前にクッションをひいてそれの上に正座をする。
 ちら、と中嶋さんの顔を伺うと目があって、慌てて目を逸らした。中嶋さんは無表情で俺を見下ろしていて、緊張して落ち着かない。
「…正座などせずリラックスしたらどうだ」
「え?あ…いえ、正座の方が落ち着くんです」
 落ち着くというのは本当だった。正座だと直接尻がクッションに触れないので楽なのだ。
「………啓太」
 低い声で呼ばれて見ると、中嶋さんが側に来るように目で誘っている。
  その目に甘いものを感じて緊張しつつ、中嶋さんの方に膝で立って近づいた。すると中嶋さんが俺の左腕をつかみ更に引き寄せられる。あっという間に俺はベットに腰をかけた中嶋さんの足の間に入り、膝を立てて中嶋さんを見上げる形になっていた。
 見上げると20cm上に、中嶋さんの見透かすような目があって思わず目を逸らすと、その下にはシャツの下から綺麗な鎖骨が見えていて、顔が赤くなってくるのがわかる。
 しかも今の俺達の格好は、まさしく2人きりになって愛を囁きあう恋人そのものだ。そう思ったら中嶋さんの両手が俺の頬を包んで上を向かせた。本当に中嶋さんらしくない恋人同士のようなしぐさに、俺は恥かしさを通り越して一体どうしたんだろうという不信な気持が大きくなってくる。
  だけど俺の身体は緊張とうれしさでされるがままだ。大きな手のひらが俺の頬を包んでくる。ひんやりしていて気持がよくて頭がぼんやりしてきた。
 もし俺に後ろめたさがなかったら、きっと天国に昇るような気持だったに違いない。だけど今の俺には大きな問題がある、そう思うとここで幸せに浸っている気持にはなれない。なりたいのになれないのがくやしくて仕方がない。
 魅惑的な笑みを浮かべた顔がゆっくりと俺の顔に近づいてきて、キスされると思い俺は逃げることもできず目をきつく瞑る。キスされたいけれど、されたくない。
 俺の拒絶がわかったのか、いつまでも中嶋さんの唇が触れてこないので恐る恐る目を開けると、俺の顔から数センチ離れた所で中嶋さんが俺を見ていた。俺と2人きりの時にしか見せない熱っぽい目で。
「……俺が欲しくないのか?」
 中嶋さんからの誘いの言葉。
 俺は思わずごくり、と喉を鳴らしてしまった。艶のある低音が身体に電気のように伝わってくる。頭に靄がかかってきて思考回路が停止しそうになるけれど、今回だけは寸前で留まった。
 どうして中嶋さんはここぞとばかりに俺を誘惑してくるんだよっ。どうしてこんな時にうれしいことばかりしてくるんだよ。こんな勿体無い機会を自分から捨てなきゃいけないなんてひどすぎる。
 俺は必死で中嶋さんから目を逸らして言った。
「い、今は…いい、です…」
「………………ふぅん」
 長い沈黙の後、中嶋さんは俺の返事に失望した雰囲気でもなく、むしろ少し楽しそうな声で小さく呟いた。そして俺の両脇をいきなり掴むと、軽々と俺を持ち上げ一気にベットに押し倒し、俺の太腿の上に跨り俺の身体を押さえつけてきた。中嶋さんの顔が首筋に近づいてきて、驚いて俺は両手で思い切り中嶋さんの肩を押して腕を突っ張ってしまう。
「や、やめてください!!」
 殆ど突き飛ばしているに近い自分の行為に、一気に血の気が引いてとっさに謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめんなさ…っ」
 怒られるんじゃないかと身体を縮ませている俺を気にした様子もなく、中嶋さんはいきなり自分の制服のシャツを掴み、腕を交差させて頭から一気に脱ぎ捨てた。突然現れた、滅多に見ることのできない上半身の裸に目を奪われてしまい息を呑む。
 いつもの冷静沈着でインテリなイメージを裏切る、逞しい筋肉の流線。いつ見てもそのギャップに慣れることができない。一気に頭に血が上ってきて更に頭が朦朧としてきた。
 はっきりいって、今の俺にはすべてが拷問だった。見とれている場合じゃないんだ、今逃げないと取り返しのつかないことになる…!
 中嶋さんの下から逃れようと身体を捩っているといきなり顎をつかまれて、中嶋さんの唇が覆いかぶさってきた。
「…ぅ…っ」
 唇を離そうともがくけれど、口を閉じないように顎の骨を押さえつけられて動けない。すぐに中嶋さんの舌が俺の中に入り込んできて歯列を乱暴になぞり、口腔に入ってきて叫ぼうとする俺の舌にからみつき、きつく吸われて背中に電気が駆け抜けていく。
 だめだっ…、俺、そんなに乱暴にされたら…っ。
 俺は中嶋さんのキスにとても弱い。いつもされただけですべての抵抗を放棄してしまうんだ。
 しかも、滅多にない中嶋さんの貪るような性急な攻めに俺はあっという間に翻弄される。硬直していた俺の身体から力が抜け、されるがままになっていく。
 中嶋さんの唾液が俺の中に流れ込んできて、思わず中嶋さんの舌ごと吸い付いた。唾液が頬を伝う感触さえ俺の官能を刺激する。身体がとろけてしまいそうだ。
 中嶋さんの唇が俺の唇全体を覆うように塞ぎ唇ごと吸われて、その痛みに全身がビクビクと震えた。唇が痺れてる、きっと赤く腫れているに違いない。
「ふぁ、…あぁっ…っ」
 そんな俺から唇を離し、耳全体をべろりと舐め上げられて俺は大きな声を漏らしてしまう。
 強引なのはいつものことだけど、今日の中嶋さんは強引というより積極的だった。こんな中嶋さんは初めてかもしれない。
 中嶋さんにここまでされて、俺が平常心でいられるはずはなかった。既に俺の決心や下半身の傷は頭から消え去ってしまっていた。
 再び中嶋さんの唇が戻ってきて、今度はついばむようなキスを繰り返す。俺をあやすように鼻を擦り合わせながら、中嶋さんの薄い唇が音を立てて俺の唇を弄ぶ。  焦らされるようなキスで、俺はたまらず中嶋さんの素肌の背中に腕を回し、もっと欲しくて自分から舌を出してしまうのを止められない。
「ぁ、…なか、…じまさん…っ」
 俺が呼ぶと、中嶋さんはすぐに乱暴なキスに変わった。喘ぎさえ塞がれ、息が出来ないほどのキスに意識が飛びそうになってしまう。じわりと目に涙が浮かんできた。
 夢中で中嶋さんの唇を貪っていると、下半身に少し違和感を感じた。俺の太腿を押さえつけていた中嶋さんの身体が離れたのだと思ったけれど、それにしてはひやっとした空気が直に下半身にあたっているような気がする。
 中嶋さんの手が俺の太腿を掴んだ。
  ……俺の素肌に直接触れていた。
「…っ!な…っ!」
 驚いて我に返った時には、中嶋さんは俺の唇から離れて上半身を起こし、俺のふくらはぎ両方を掴んで、尻が浮くほどに持ち上げると、いきなり一気に押し開いたのだ。
「い、いやだ―――っ!!」
 俺がキスに夢中になっている間に、ズボンと下着は完全に脱がされていて、俺の股は完全に中嶋さんの目に晒されていたのだ。それも思い切り広げられて。
「いやだ、離してくださいっ!!中嶋さん、中嶋さん…っ!!」
「………やはりな。思った通りだ」
 耳を疑った。
 中嶋さんは、俺の後ろの部分を散々観察して、唇を歪めて楽しそうにそう言ったのだ。その言葉は、その部分の傷を見つけたからで…。
 ショックでもがくことも忘れ呆然としていると、中嶋さんの指先が露になった入り口を撫でて、俺はそれ以上触られまいと暴れ始めた。だけど襞を円を描くように撫でられ、ある一箇所を強く押されて鋭い痛みが走り固まってしまう。 
「…これは中まで傷ついてるな」
「い、いやだっ!触らないで下さいっ!!」
「椅子に座るのもつらかっただろう」
 ちっとも同情しているように聞こえず、むしろ楽しそうにさえ聞こえるのはくやしさと恥かしさで俺の頭が混乱しているからだろうか。
「何をした?啓太。これは自分でやったんだろう」
 図星を突かれて息を呑む。
 中嶋さんに最も知られたくなかった理由は、こうやって中嶋さんに追求され、嘲笑われることだった。俺はまんまと中嶋さんに騙されてしまったんだ。俺の様子がおかしいことを察知して、理由を調べる為にあんなに積極的に俺にいろいろしてきたんだ…俺の警戒を解くために。
 くやしくて泣きそうなのを堪えていると、更に中嶋さんが追求してくる。
「答えろ、啓太。…何をしたんだ」
「……っ、なに、も…」
「………何を入れた?」
 何故そこまでわかるのだろうと中嶋さんの顔を信じられない思いで見つめてしまう。小さく首を振って、何も入れていないと何度言っても中嶋さんはもちろん信じてはくれない。
「啓太の為に聞いているんだ。何を入れたわからなければ、傷の深さがわからないだろう」
「……で、でも……っ」
「何も笑ったりはしない」
 本当だろうか、本当に中嶋さんは俺を笑わないのだろうか。だけど答えなければ広げられた足をいつまでも離してはくれないだろう。
「……ク………、」
 俺は腕で顔を隠して、声を絞り出した。
「……マ、ジック………」
 消えてしまいそうな小さな声でもちゃんと中嶋さんには届いたらしく、ふくらはぎを掴んでいた手も、窄まりに触れていたままの手も離して、そっと足を元に戻してくれた。
 いつまでもそれ以上追求されないのが気になって、そっと腕の間から中嶋さんを覗いてみると、俺の横に寄り添い、やさしい目をして俺を見つめているのが見える。
 中嶋さんは俺の頭に手を置き、やさしく撫でながら言った。
「…啓太にここまでさせたのは俺のせいだな、すまない」
 思いもしなかった中嶋さんのやさしい言葉に、嘘をついているんじゃないかと腕を上げてもう一度中嶋さんを見つめるけれど、悲しそうな声と同じく、眉を寄せて神妙な顔をして俺を見ている。
 もしかして俺、中嶋さんのことを誤解していたんだろうか。
 傷を見てあざ笑うと思っていた事がいきなり恥かしく思えてくる。
 いたたまれない気持になって俯き黙っていると、中嶋さんが言った。

「…俺が責任を取ってちゃんと治してやるよ」
「……へ……?」
「明日から毎日薬を塗ってやる」
「……え…ええっ?!」
 一体何を言い出すんだよ中嶋さんっ。俺は慌てて首を振った。
「いいです、いいですそんなのっ!1人でできますっ!」
「中まで1人で塗れるのか?傷が長引いたら膿んでひどい目に合うぞ」
「……う、う…膿、む……?」
「ああ、放っておいたらただれて使いものにならなくなるな 」
 中までなんて俺には塗る勇気なんかない。だけど膿むなんて言われたらいきなり怖くなってきて、ぶるっと身体が震えた。青ざめて固まっている俺に、中嶋さんがやさしく笑いかける。
「俺がそうならないようにしてやる」
「で、でも……」
 1人でちゃんと薬が濡れなくて膿んでしまうかもしれない。だからって、毎日中嶋さんに薬を塗ってもらうなんて、恥かしすぎて死んでしまう。どうすればいいのか分からない。
 中嶋さんの上半身が俺の上に被さってきた。鼻同志が触れるほどの至近距離で、冷たいレンズの奥の熱のこもった目が俺を貫く。
「…毎日通ってちゃんと直したら、ご褒美にいいものをやろう」
 囁く声にも熱がこもっているようで、また俺は頭がぼうっとしてきてしまう。
「……ご、ほう…び…?」
 く、と中嶋さんが笑った。楽しげだけど、とてもいやらしい響きに聞こえてドキドキする。唇が耳もとに寄せられて、更に低い声で囁かれた。
「……また痛い思いをするかもしれないがな」
 ぞくり、と腰のあたりに痛みではない痺れが走る。
 中嶋さんにされる痛いことと言ったら、今の俺が思いつくことはたったひとつしかない。想像したら一気に緊張してきて、顔が赤くなってくるのを止められない。
  だけどだからって毎日薬を塗ってもらうなんて恥かしすぎる。だけどご褒美がもらえるなら…。
 顔を赤くしたり青くしたりする俺に、中嶋さんはもう一度俺に軽いキスをすると、いきなりベットから立ち上がり脱いでいたシャツを羽織った。
「明日の夜、風呂から上がったら薬を持ってすぐに来い。忘れるなよ」
 そういい残して、あっという間に中嶋さんは俺の部屋を出て行った。唖然とする俺を振り向きもせず、楽しそうに。
「な、中嶋…さん…?」
 もちろん、返事はもう帰ってこない。


 …中嶋さんが、何故俺の部屋に来たいと言ったのか。
  我に返ってみるとひとつのことしか思い浮かばなかった。



   ―――もしかして俺…最初から最後まで中嶋さんの罠にはまっていたんじゃないだろうか―――





(→中編)