非道の男 




「最近真面目ですね、王様」
 机にむかって熱心に書類をめくり続ける王様を見るのは、もうこれで連続七日目。
 こんなに王様と正面を向かい合って仕事をするのはひさしぶりかもしれない。特別忙しい時期でもないのに一体どうしたんだろう、気持を入れ替えたのかな、と失礼なことを考えてみる。
「啓太も言うようになったな」
 頭を上げて、王様が惚れ惚れするような精悍な顔を緩ませて笑う。粗暴な性格も、それを体現するような姿も、男の俺が羨ましいと思えるし、こんな人と一緒に仕事ができて誇らしいと思う。
 なのに、この学生会ときたら、手伝いに来るのは俺一人である。人の出入りが激しいとはいえ皆部外者なのだ。
「啓太はどう思う、この学生会の現状」
「現状、ですか?」
「仕事量と人数とが合ってないと思わねえか?もっと手伝いを入れたらいいって言うのによ、ヒデが人選にうるさくていっつも二人だ。啓太がこうやって毎日来てくれるのも奇跡なんだぜ」
 大きな音を立てて本を閉じる音がして、少し離れた長机の端の席で、黙々と仕事をしている中嶋さんが俺よりも先にその問いに答える。
「忙しいのは俺のせいか。そもそもお前がさぼってばかりで、仕事を押し付けるから逃げられるんだ」
「お前が手伝ってくれるヤツをねちねちいじめるからだろうが。少しでも仕事ができなければ屑呼ばわりするだろう、お前の求めるレベルが高すぎるんだよ」
「人数が多ければいいってもんじゃない」
「あーあーそうかよ」
 いつもの小競り合いが始まって、俺は苦笑しながら二人のやりとりを聞いている。中嶋さんが人選にうるさいと聞いて、じゃあ俺は合格ラインだったから手伝わせてもらえるのかな、と都合のいい方に考えてこっそり喜んでいると、「笑ってないでこの資料をとってこい」と中嶋さんが山のように書籍のタイトルが書かれたメモを放り投げてくる。
 王様も中嶋さんもおたがいの主張は対立しているけれど、人使いが荒いのはたいして変わらないと思ってることは言葉には出さない。でも、二人が俺のことを大事にしてくれているのを感じるし、多少こき使われてもいいかって思わせてしまう魅力を二人は存分に持っているんだ。だから、俺はここまで学生会を誰も手伝わないことが不思議に感じてしまう。
 メモに書かれている資料のタイトルを、必死で数列にも及ぶ本棚から探していると、タイトルの漢字がわからなくてどの辺りにあるかわからない。でも読み方を中嶋さんに聞いたらバカにされるのもくやしい。端から探していくしかないと、長い時間本棚じゅうをうろうろしていると、いつの間にか目の前に中嶋さんが立ちふさがっている。
「遅い、何してるんだ」
「あ、すいません、一冊がどうしても見つからなくって……」
 どれだと聞かれて恐る恐る答えると、あっさりと中嶋さんに見つけられて俺は「見逃してました、すいません」と素直に謝るしかない。読み方がわからなかったのを気付かれたかな、と顔を上げると、俺を見下ろす目はとてもやさしくて穏やかなのでびっくりしてしまう。
「いや、ありがとう。これ以外はもう集めてくれたんだろう」
 そう言って俺の髪に手が触れた。大きくて繊細そうな指が、髪をひと房摘んでしばらく弄ばれて、俺は次第に顔が熱くなってきて俯いてしまう。髪をいじるのは中嶋さんのくせなんだろうか。そうされると恥ずかしくて照れくさくてどうしたらいいのかわからなくなる。
 それに、いつも厳しくて強引で勝手な中嶋さんが、ほんの時折見せるやさしさとか、ありがとうという言葉は、一瞬でそれまでの大変さを忘れさせてしまう程の魔力を持っている。もっと言ってほしくて、無理しても頑張ってしまうんだ。
 上機嫌で机に戻り、鼻歌さえ口ずさみながら、先程タイトルが読めなかった資料を渡されて必要なページを探していると、巻末の『学生会所蔵』のラベルがふと目についた。学生会で管理している資料には、図書館の本のようにラベルが貼られているのだ。黄色のラベルには、何年所蔵で、誰が希望、購入したのかを、歴代の学生会の担当者名が直筆で書かれていたり、判が押されていたりする。
 その本は、達筆で綺麗な文字で、中嶋英明と書かれていて、いつもなら気にかけないものだったんだけれど、ラベルの端に小さな汚れのようなものを見つけて顔を近づけてみた。
 汚れをよく見ると、それは文字だった。小さく『好き』と書かれている。
 好きって……なんだ?
 ボールペンで書かれている文字は、中嶋さんの署名以外に手書きの部分がないシンプルなラベルだし、目立たないように、文字の意味がわからないように書かれているけれど。
 一度目にしたら気になってしまうような――――そこから強い思念を感じるような――――
 俺は、先程とってきたたくさんの資料のすべてをめくってラベルを調べてみる。俺の知らない人の署名ばかりで、そんな文字はひとつも書かれていない。中嶋さんが署名している、目の前にあるこの本だけだ。
 俺の予想はきっと当たっている。そう思わせるほどこの二文字は真摯で切実だ。
 本人には言えない想いを、この文字にこめたのだとしたら。
 その相手は、中嶋さん以外にない。


「学生会で手伝っていた人?」
 俺は、一人で食事をしている王様に聞いてみることにした。学生会で聞けばいいことなんだけど、中嶋さんの前で言えば、何か探っているのかと思われそうだからだ。中嶋さんがあの資料の文字を見たことがあるのかもわからないし。
「うーん……何人かはいたような気がするけどなあ。今より学生会に行かなかったから、顔を見る前に辞めてたりするんだ。どうしてそんなことを聞くんだ?」
「いえ、なんとなく聞きたかっただけです、……中嶋さんとうまくいってたのかなあって。いや、あの……中嶋さんは厳しいから、大変だったのかなって……」
「なんだ、啓太も中嶋が厳しすぎるって思ってるのか?」
「いえっ、そんなことは思ってませんけど」
 再び少し考え込んで、何かを思い出したように眉をしかめる。
「今の啓太みたいによ、中嶋がかわいがっていたやつがいたような気はするけどな……」
 その言葉に心臓が跳ね上がり、動揺を気付かれないように目を逸らしながら聞いてみる。
「その人、誰だか知ってますか?」
「いや、覚えてねえなあ……」
 王様が今より学生会に出入りしていなかったのは事実なんだろう、王様はほんとうに誰も思い出せないようだ。でも、名前はわからなくても実際に誰かが中嶋さんの側にいたということは判明したのだ。
 このまま本気で追求していけば、調べていけばきっと俺はその人にたどり着くだろう。
 そんなことをしてどうするつもりなんだと自分に問いかけてみる。見つけて、何をしたいと思っているんだ。どうしたいんだ。
「啓太」
 突然後ろから声をかけられて振り返ると、そこには女王様が立っていて俺を見下ろしていた。あいかわらずの鮮やかな容姿だけれど、その表情は思いつめたように真剣だ。
「西園寺さん、どうしたんですか?」
「あまり昔のことは調べないほうがいい。それが啓太のためだ」
「え?」
 それだけ言ってすぐに立ち去ってしまい、女王様の不可解な言動と表情は、いつまでも気になり続けた。


 次の日、心にわだかまりを残したまま学生会の仕事を終えると、中嶋さんが寮の部屋に持ち帰りたい資料があるから手伝ってくれと言われ、山のような書類を二人で分けて中嶋さんの部屋に行くことになった。
「すまないな」
「いえっ」
 先に部屋に入った中嶋さんにドアを開けてもらい、書類で両手が塞がった俺が部屋に上がりこむ。綺麗に整理された部屋のフローリングの床にすべて置いて、そのまま座り込んでしばらく乱れた息を整えていると、中嶋さんが水を注いだコップを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「…………啓太、それはどうした」
「え?」
 中嶋さんの目線の先をたどると、右手の中指の指先に、一センチ程の赤い線ができていて、じわりと血が滲み始めている。書類の紙で切手しまったらしい。舐めてしまえと口もとに持っていったその手を、いきなり中嶋さんに捕まれた。
 中嶋さんの形の良い唇が開いて、指先がその中に消えて驚いてしまい、でも手をひっこめることもできず。
「…………っ」
 濡れた感触に、ぞわっと背筋に甘い快感が走る。傷口を舐められているだけなのに、血を吸われているだけなのに。変に反応してはダメだ、とそればかりを願って、目を閉じてその感触をやり過ごす。ようやく指を離されて、中嶋さんが立ち上がり部屋の棚の引き出しから取り出してきたものは、絆創膏だった。
 中嶋さんが絆創膏を持っているというのが意外で、ちょっと笑ってしまう。持っていたっておかしくないものだけど、それが中嶋さんだと何故かおかしい。
「絆創膏なんて持っているんですね」
「そういえば、いつのまにか部屋にあったな」
「いつのまにか?」
 俺よりも、持っていた中嶋さんの方がその事に今さら気が付いているところが不可解だ。絆創膏を張ってもらい、取り出してきた棚の引き出しが開いたままなのが気になって、ゴミ箱に屑を捨てに行く間に、膝立ちになって身体を伸ばし、その中を覗き込んでみる。
 そこには、イヤホンやMDなどが整然と並んでいるけれど、殆ど何も入っていない。
 だから、そこにかわいらしい小さな救急箱が入っていることにとても違和感を感じる。
 その隣には木箱があって、取り出して開けてみると、なんとそこには裁縫道具が入っていた。
「何を見てる」
「あっ、い、いえ、中嶋さんもこんなの持っているんだなって思って……」
「……なんだそれは」
「裁縫箱ですよ。中嶋さんもボタンとかつけたりするんですか?」
「そんなものしたことがない」
 中嶋さんも興味が沸いたのか、俺が持つ裁縫箱を覗き込んで、不思議そうに頭をひねる。
「……そういえば、随分前からそこにあったな。裁縫箱だったのか」
 本当に中嶋さんには覚えがない様子だ。
 忘れているだけですよ、といつもの俺なら笑って言えたのかもしれない。中嶋さんらしくないですねって言いながら。だけど、今の俺はあるひとつの疑惑しか湧き上がってこない。
 誰か、中嶋さんの部屋に入って、棚に勝手に私物を置くような人がいたということ。当然ながら、女性の入室は禁止になっている寮だし、裁縫道具や絆創膏は男が持っていたって不思議じゃない。
 わかっているのは、中嶋さんが持っているはずがないということなんだ。
「じゃ、じゃあ……裁縫部の人が、忘れていったとか」
 俯いて、緊張しているのをおし隠しながら訪ねると、息が止まるような言葉が帰ってきた。
「誰がここに来たか、いちいち覚えてない」
 遊びに来ている人がたくさんいるんだと。この人が人を部屋に入れたがらないということもわかってるけど、そう思いたい。考えたくないのに、どんどん悪い方向へ傾いていく。
 中嶋さんが、過去に誰もいなかったなんてありえないってわかってるけれど、実際にその痕跡を初めて見せつけられたショックは想像以上に大きい。
 親しい仲の人がこの部屋に居座っていたなんて、考えたくない。過去につきあっていた人がいたなんて、知りたくないのに。
 俺は、見たことのないその人の、『好き』という生々しい肉筆を思い出していた。


 放課後、重い足取りで学生会室にたどり着き、ドアをあけると、シンナーの匂いが充満していて思わず顔をしかめてしまう。
 何かと思って中に入ると、王様が立ったまま、大きな紙にマジックで何かを書いているのを見つけた。紙の周りにはたくさんの太いマジックが転がっている。シンナーの臭いの発生源は聞かなくてもそこからだ。
 何を書いているのか覗いてみると、お世辞にも綺麗とはいえない文字で、『学生会スタッフ募集・君も学生会に入ろう』と青マジックで書かれている。
 とうとう自ら募集という手段をとろうとしている王様がおかしくてつい笑ってしまう。
「どうだ、いい出来だろう」
 いい出来もなにも、書きなぐっただけのポスターで、はあ、と曖昧に返事をするしかない。何枚も書いているらしくて、構内のいろいろな場所に貼るみたいだ。
「俺も貼るの手伝いますよ」
「そうか、助かるな」
「やめておけ、学生会の恥だ」
 声のした方を振り向くと、本棚のところに中嶋さんが立って本を開いている。ずきりと心臓が痛んだけれど顔には決して出さない。呼ばれて中嶋さんの方に行くと、コピーをするページを指示される。
「ちょ、ちょっと待ってください、メモしますから」
 慌てて机の上からメモ用紙を取ってきて、淡々と続ける中嶋さんが告げるページ数を必死でメモしているうちに声が止まって、もう終わったのかなと顔を上げたその時、また中嶋さんが俺の髪に触れてきて驚いた。
 いきなりの行動で驚かされることはしょっちゅうだけど、やさしくされる時が一番うれしい。滅多にないこの機会を逃すまいと意識が集中してしまう。
 鋭い目が僅かに緩んで、やさしいげな光が宿る。そんな目を見ていられなくてやっぱり俯いてしまう。手の感触が気持ちよくて、落ち着くのに胸が騒ぐんだ。
 うれしくないわけはない。だけど、あんなものを発見した次の日だと、素直に喜べない自分もいて。
 わかってる、中嶋さんを責めることじゃないし、自分の中で解決しなくちゃいけない問題だ。
「お、思い出した」
 その時、王様がそんな俺たちに向かって叫んで、俺は慌てて体をひいて手から逃れる。もしかして今のを見られたんだろうか。
「ヒデさ、お前人の髪撫でるの好きだよな、前もここに来てたやつにしてただろ」
「そうだったか」
「ああ、ずっと前に手伝ってもらってたやつがいたろ。顔も名前も覚えてないけど」
 二人の会話を、動けないまま呆然として聞いていた。中嶋さんの顔を見る勇気などなかった。
 本当に実在したという事実をつきつけられて、頭が真っ白になって何も考えられない。黄色いラベルに中嶋さんへの想いを告白した人なのか、それはわからない、だけど。
 中嶋さんに髪を撫でられて、その人がどんな思いをしていたのか、それだけはわかる。
 その時、ドアがノックされて顔を覗かせたのは、和希だった。
「失礼します。啓太いますか?」
「ああ、いるぜ」
「啓太、迎えにきたぞ。今日は買い物つきあってくれるって約束だろ」
「あ、うん、そうだったよな」
 俺は急いで中嶋さんの側から離れ、本棚の間から抜け出して自分の鞄を取り上げる。いいタイミングで迎えに来てくれてよかった、ここにこれ以上いたら、王様がいるのに何を口走ってしまうかわからなかったから。
 だけど、王様と中嶋さんに別れを告げ、和希と寮に一度戻っている間も、俺は殆ど放心状態から抜け出せなくて、和希が何度も心配そうに声をかけてくる。
「どうしたんだよ、元気がないじゃないか。何かあったのか?」
 はじめは気さくに話しかけてきても、返事を返すことさえ出来ない俺の様子に、次第に真剣になって俺の顔を覗き込んでくる。申し訳ないと思いながら、どうしても立ち直ることができない。
 中嶋さんの昔のこと。中嶋さんのことが好きだった誰か。そして中嶋さんがその人と付き合っていたのか、部屋で一緒に過ごしたことがあるのか。
 どれも俺の予測ばかりで、疑問ばかりで真実はひとつも見えてこないのに、証拠だけはいくつもあるなんて。
 だからって、中嶋さんにこの事を告げて何になるというんだ。そんなことをすればどんな答えが返ってくるかわかりきってる。昔のことにこだわる俺の気持ちなんて、絶対にわかってくれない。それどころか怒られて、軽蔑されて、過去のことにこだわろうとする俺のことを嫌いになるかもしれない。
 絶対に言えない。じゃあ、いつまでもこの悩みを引きずっていかなくちゃいけないんだろうか。
 誰か、この疑問を解いてくれる人はいないのだろうか――――その問いを思い浮かべたとき、ふと隣にいる和希が目に入ってくる。目を合わせなかった俺がいきなり上を向いて和希を見たので、和希はびっくりして目を見開いている。
「和希。お前、理事長だよな?」
「は? なんだよ、いきなり」
「俺が入学するよりもっと前から知ってるよな、BL学園のこと」
「そりゃあまあ、一応知ってると思うけど」
 ここで切り出して、俺と中嶋さんとの関係を知られたりするんじゃないか、そんな不安は今の俺には二の次で。でもなるべく何気ないふうを装って問いかけてみる。
「……あのさ、中嶋さん、いるだろ。あの人って、前に恋人とか、いたのか? ……学生会の人、とか」
 ここで、和希が「いた」「いない」どちらかの答えでも、俺の疑問は解決していたし、「知らない」と答えれば和希への追求は諦めている。だけど、和希が突然神妙な顔をして答えた言葉は、そのどれでもなかったのだ。
「……啓太、そのことについてはあまり知らない方がいいと思うぞ」
「……え……?」
 冗談で返されることもない、低い声はそう、俺の追及の制止と、警告だ。
「……どうしてだよ……」
「啓太が学生会にいたいなら、忘れたほうがいい」
「それじゃあわからない、和希、教えろよっ」
 腕を掴んで揺さぶっても、和希はそれ以上口を閉ざしたきり何も答えようとしない。それどころか「今日の外出はパスさせてくれ」とキャンセルされて、立ち尽くす俺を置いて、早々と寮の中に消えていったのだ。


 眠れない夜を過ごし、頭に全く入らない授業を受けて、そのまま寮に帰ってしまえばいいのに、それもできないで。
 俺はまた、学生会に来てしまっている。何故か、中嶋さんを一人にはしておきたくない、そう思っている。王様がいない間中嶋さんが一人になれば、黄色いラベルの目に見えない学生会の人と、二人きりになってしまう――――そんなバカげた不安が消えなくて、中嶋さんに本当は会いたくないのに、来てしまうんだ。
 やはり、今日は王様の姿は見えず、相変わらず本棚の間で資料をめくっている中嶋さん一人で、やっぱり来てよかったと安心する。
「お手伝い、しましょうか」
 鞄を置いて中嶋さんの側にいくと、今度はまたいろいろな本のリストを渡されて、一緒に探し始める。仕事を命じられて必死でそれをしている間は、なにもかも忘れられていられるんだ。
「今日は、王様は来ていないんですね」
「ああ、来ても二週間も続かん、あいつは」
 相変わらずの王様に、中嶋さんもいちいち怒っていられないというふうに、真剣に資料に向かいながら答える。
「あ、そういえば今日はチラシを貼って回るって言ってました」
「……あいつは……」
 俺はといえば、またリストの始めに書かれた一冊を探し出せず、中嶋さんの周りをうろうろと歩き回ってしまう。
「なんだ、見つからないのか」
「あ、あの……はい……」
 あいうえお順に並べられているし、今回はタイトルの漢字も読めるけれど、時々その場所に収まっていないときがあるんだ。その本を最後に取り出したのは、たいてい王様なんだけど。
 二人でその本を探し始めていると、先に俺が一番上の棚に見つけて、ありましたと伝えてから取り出そうと踵を浮かせて手を伸ばす。だけど、文庫サイズの小さな本は棚の奥の方に入り込んでいて手が届かない。つま先で立ち四苦八苦していると、中嶋さんが後ろから近づいてくる。
「とれないのか」
「は、はい……奥に、入っちゃって……」
 背伸びをしている背後に回ってくる気配がして、中嶋さんの影が俺の身体を覆った。替わりにとってくれるんだろう、そう思ったとき、いきなり腰を掴まれた感触に驚いて、足をついて振り返ろうとすると、中嶋さんが後ろから俺を抱きしめてきたのだ。
「な、なにするんですかっ」
「黙ってろ」
 黙ってろもなにも、と言い返すより先に手がすぐに腰から腹に回ってきて、ブレザーの下に手を差し込んでくる。乱暴にベルトを外し始めたので俺は驚いてもがき、中嶋さんから逃れようと必死になる。だけど広い肩の間に収まってしまっては、抜け出そうにも全く動けない。
 金具が完全に外れる音がして、俺の抵抗も虚しくあっというまに下着ごとずり落とされた。ブレザーを剥ぎ取られると、棚に両手を置いて支えて置けと命令され、尻を突き出す格好にされる。
 こんなふうに本棚の間でするのは、これが初めてじゃない。
 王様のいない、ドアから突然入ってきても見えないここは、俺たちにとっては絶好の場所で。
 今日はそんな気になれない、そう言いたいのに、するっと唾液で湿らせた指が尻の間に入り込むと、俺は息を呑んで快感に耐えるしかなくなってしまう。
「……や……ぁ……っ、あ……」
 指先で孔の入り口を何度もぐるりとなぞられて、その感触に悶えて耐えられないと、自ら孔に咥えようと俺が動き出すまで、執拗な愛撫が続く。その間に中嶋さんの熱い身体が覆い被さり、舌が耳を舐め上げる。
 中嶋さんが時々仕掛けてくる性急なセックスは、多分俺でなくてもいいんじゃないかと思うときがある。学生会で時折欲望を吐き出したくなって、そこにいた誰かを捕まえれば俺だった、そんな性欲処理のようなもの。だってそういう時は孔ぐらいしか触れてくれないし、いつもの濃厚な愛撫など決してしてくれない。
 それでも、殆ど性器のようにされてしまった尻は、少しの愛撫だけでも簡単に綻んでしまうんだ。だけど、あまり濡らされない挿入の痛みは消えないので、なるべく力を入れないように、中嶋さんになすがままにされる方がいい。
 一気に長い二本の指が入ってきて、少し痛みを感じるけれど、歯をくいしばってそれに耐える。何度も抜いては中嶋さんが自分の唾液で指を濡らし、次第に濡れていくそこを乱暴に抜き差しする。俺の身体も次第に孔の中の快感が呼び起こされて、壁を擦られていく感触にたまらなくなってくる。
「啓太のここは、いつもよく締まるな」
「ぁ……っ、う、……う」
 耳元で低い声で囁かれると、もうスイッチが入ってしまった身体は止まらなくて、ただ尻を突き出し中嶋さんを心待ちにする。孔の中をもっと熱くて大きなもので貫かれたくて、指を何度も締め付けて、これじゃないんだと訴える。いつもなら泣いて懇願する――それでも入れてくれないときもある――まで焦らされるけれど、性急なセックスは、俺を待たさずにすぐに先端があてがわれて、その感触に身体が歓喜に震えてしまう。
 ぬぐ、と先端が強引に入り、カリがすべて収まったあと、すぐに音を立てて抜かれて、何度もそれを繰り返される。そうすることで、中が更に蠢きはじめるのを中嶋さんは知っている。
「や、ゃ、……っあ、あ……っ――――」
 根元まで埋めてほしくて、自ら腰を押し付けても逃げていき、俺は殆ど九十度になるまで身体を倒して、中嶋さんを咥えるために身体を揺らす。
「っ、ひ――――」
 突き出した瞬間、それに合わせて中嶋さんの腰が一気に俺を貫いてきた。腰を掴まれて、そのまま乱暴に腰を使ってくる。揺さぶられ、俺はかぶりを振って喘ぎ続ける。
「あっ、あっ、なかじ、まさん、な、かじ……っ、さ……っ!」
 規則正しい、生々しい肉と肉がぶつかりあう音。次第に、中嶋さんのものから出てくるものと、俺の中からしみだしてくるもので中が濡れて、それがどんどん入り口に溢れてくる。濡れた音が大きくなってくる。
 俺は声を押し殺すこともできず、ただ揺さぶられ、中嶋さんの動きに合わせて締め付けては腰を振った。そうすれば、ますます中嶋さんが喜んでくれるって、中でたくさん出してくれるって知ったからだ。
「めずらしいな、お前が声を出すなんて」
 楽しそうに、俺を揺らしながら中嶋さんが囁く。
 どうしてだろう。抑えなければと思うより、何故かもっと出してしまいたいと思ってる。そう、誰かに聞こえてしまえばいいと、見えない過去の誰かに聞こえてしまえばいいと、そう思ってる。
「……ここで……っ、俺の前にも、誰かを……抱いたんですか……っ」
「……何だと?」
 快感で朦朧となり、思考が薄れていくというのに、そのことだけが心に刻まれて、消えてくれない。言ってはいけないという制御がきかなくなっていく。言ってはいけないのに、きっと中嶋さんは嫉妬深い俺を嫌うのに、止められない。
「中嶋さん、お、教えて、下さい……っ」
「何を言ってるんだ」
 怒ったような低い声は、俺の言葉の内容に理解ができないといったふうで。純粋な驚きしかない。俺の聞き間違いだろうか。快感でおかしくなっているんだろうか。
「ここで、誰かを抱いたりなどしない」
 はっきりと、中嶋さんが、俺がずっと求めていた答えを口にした。
「うそ……っ」
「何故嘘をつく必要がある。お前以外にはいない」
 そんなわけない。だって、学生会室には、ラベルに好きだとまで書くほどに、かつて中嶋さんのことを慕っていた人がいたのに。
「う、あぁ……っ!」
 尻に打ち付ける中嶋さんの逞しい腰が早くなり、卑猥な音と一緒に本棚がガタガタと揺れる音が室内に響き渡る。
 じゃあ、片思いだったっていうのか。部屋の裁縫道具も、絆創膏も。全部。ほんとうにそうなのか。
「俺だけ、……お、れ……だけ……っ」
「当たり前だ」
 本棚が倒れてしまうんじゃないかというぐらい、荒々しく、俺の身体に中嶋さんの欲望が突き入れられる。揺さぶられる。
「……あ――――ぁ―――……」
 本にかけてしまう直前に、俺は自分のそこを右手で包み込む。その刺激に触発されて射精が始まり、身体をびくつかせた時、熱いものが身体の中心で広がるのを感じて。
 声にならない悲鳴を上げて、俺は何度も手の中に放ち続ける。中嶋さんの精液が俺の中をいっぱいにする。
 完全に、中嶋さんのものにされたんだと思う、唯一の瞬間。


 膝から床に崩れ落ち、下半身から頭に血が通ってくるまで、息を整えながらうずくまっていると、ぼやけた視界に、はっきりと並べられた本と棚が入ってくる。
 それらを放心状態で見つめていると、そこには俺が今放ったばかりの白濁した液体が、本の真下にどろりと滴っているのを見つける。
 また、ちゃんと拭いておかなくちゃ、そう思いながらまだ他にもついている所がないか、辺りをゆっくり見渡していると、数十センチ左側の、ひとつ上の段に目が留まった。
 液体がついていた跡だ。今のじゃない、完全に乾ききっている。前の拭き忘れだろうか、と過去の記憶の中を探っていて、ある一点で俺の動きは止まった。
 ――――この場所では一度も、していない。
 五列ほどある本棚の間。何度か中嶋さんに抱かれた場所。だけど右から一列目と二列目の間では絶対にしたことがない。窓に近すぎて外から見えるかもしれないって、俺がいつも抵抗していたからだ。今されたときは、そのことまで頭が回らなかった。
 その液体は、さもすれば牛乳の拭き残しのようにも見える。色が変わっていて、からからに乾きほとんど目立たない。でも、俺は何度も拭いたことがあるからわかる、これは確実に誰かの精液だ。
 信じられない思いでその跡を見つめ、ふと目をやると……すぐそばに、あの『好き』という黄色いラベルが内表紙に貼られているはずの本が並んでいた。
 急速にこみあげる危機感に、俺はいてもたってもいられず立ち上がり、服を整えながらある人のことを思い出していた。
 この謎を解けるのは、きっと女王様以外にない――――



「本気なのか」
「……はい」
 何度目かわからないほどの同じやりとりを繰り返し、その覚悟が本気なのか、俺の顔を食い入るように見つめ続けて数十分後、女王様はようやく観念したように長い溜息をついた。
 会計部室には、丁度女王様一人しかおらす、優雅に紅茶を飲んでいるところだったらしい。
「啓太、お前がもし真実を追究するならば、相当の覚悟をしていたほうがいい。下手に噂を聞いてしまうよりは、私が言ったほうがいいと判断した。……その意味がわかるか」
 決して真実は俺にとっていいものではない、それでもいいのか。そう聞いているんだ。
 ごくりと俺は唾をのみこんで、ひどく真剣な女王様の眼差しを受け止め、頷いた。言葉も表情も、真実が俺にとっていいものではない、と告げているけれど、ここまできて耳を塞ぐことはできない。真実から目を背けることなどできないんだ。
 上質な皮でできたソファーに促され、俺は女王様の正面に座って女王様の言葉を待ち続ける。自分から言い出しながらも、まだためらいが残っているのか、女王様は眉をよせてしばらく考え込んでいる様子だ。だけど、その迷いから断ち切るように勢いをつけて立ち上がると、一度俺の前から姿を消して、しばらくしてから一枚の紙を持って戻ってくる。
 座り直しながら、女王様はその紙を俺の方に向けてテーブルの上に差し出した。
 身体を乗り出して覗くと、そこには罫線がひかれた表で、数人の聞いたことがない人の名前が並んでいる。その名前ごとに日付とクラス、住所などの個人情報が書かれている。
「……これは……?」
「ここ二年間での、BL学園から転校、もしくは自主退学した生徒のリストだ」
 驚いてもう一度紙を見ると、その数は二桁近くになっていて、人数の少ないBL学園だと多すぎる数だ。しかも、このBL学園の人気と知名度からすると、辞めていく人がこんなにもいるのがとても信じられない。
「これより前の年は一年間に一人いるかいないかだ。つまりこの二年間が異常な状態と言える。私が在学している一年間だけでも片手では済まない数がいるんた」
「……それが、何を……」
「……全員、学生会に入っていた者達だった。入っていたのが短期間なので公には知られていないがな」
 女王様は、一度間をおいて、低い声でゆっくりと告げた。
 その意味を推測しなくても、学生会という言葉がここで出てきたということは、転校、退学に学生会が関わっているということだ。
 だけど、それだけでは女王様はこんなにも重く、低い声で言ったりはしない。俺に対して、とても慎重になっている理由は違うところにある。本当の真実はまだ言っていない、そう感じる。
 「……そして、私が見る限りでは、全員が副会長に心酔していた」
 目を見開き、女王様を見つめる。
 俺としばらく目を合わせていると、突然つらそうに顔をしかめ、俺の視線から逃れようと俯く。その様子で、まさか、という疑いが一気に溢れてでてきて、頭に浮かんだ言葉自体、自分でも信じられず首を振る。
 だけど、目の前の女王様の態度は、疑いようのない真実を伝えているのだ。
 俺は、ゆっくりと言葉を吐き出す。
 「まさか、退学に、追い込んだのは、中嶋さん――――だと……」
 全身が震えて、頭の中もうまく思考がつながらない。膝の上に置いた拳に力が入り、爪が皮膚に食い込んだ痛みも感じない。
「辞めた本人がつらくなったのか、あの男がそうやって追い詰めたのか……。辞めた誰もが口を閉ざして表沙汰にはなっていない。お前がやって来てから、誰も辞めなくなって安心していたんだが……」
 女王様が立ち上がり、俺に背中を見せて後ろの窓の側まで歩いていくのを俺はただ凝視し続ける。立ち上がって離れたのは、俺に言ってしまった後悔からだろうか。
 窓の外を見つめながら女王様は話を続ける。
 「これだけの数が辞めていけば不信がる者もいる。今では『学生会に入れば身の破滅だ』と噂だけが一人歩きし始めている。仕事が大変だから、という理由だと皆は思っているが……。この噂を知らないのは王様とお前ぐらいだ。啓太、少しあの男との事を考え直したほうがよくはないか。人の恋路を邪魔するつもりはないが、やはり……」
 女王様の話を最後まで聞かずに、俺はテーブルの上の紙をひっ掴んでドアに向かっていた。
「行くな啓太! ただじゃすまない!」
 悲痛な女王様の叫びをふりきって、俺は会計部室を飛び出していた。
 中嶋さんに裏切られた、その事が怒りと絶望で頭が沸き立ちどうしようもなくなっていたんだ。


 学生会室のドアを乱暴に開け放つと、中嶋さんはひとり、机の上で書類を開いている。
 きっと王様はまだチラシ配りから帰っていない。俺は中嶋さんの目前まで大股で歩み寄り、女王様から奪い取ったリストを机の上に叩きつける。
「この人たちは、何ですか!!」
 俺の尋常ではない剣幕に、中嶋さんは眉を上げてちらりと俺を見やり、そのリストに目を落とした。その様子を、表情を、俺は肩で息をしながら見つめ続ける。僅かな動揺も何もかも漏らすまいと。
 だけど、中嶋さんの表情は微動だに動かず、無表情のまま。なんの驚きもためらいも見せない。
「何だこれは。これがどうしたんだ」
「どうしたって、覚えてないはずはないでしょう! みんな学生会にいた人達じゃないですか、中嶋さんはこの人達に一体何をしたんですか、教えて下さい!」
 うるさそうに眉をしかめて、中嶋さんがリストを机から拾いあげてもう一度確認する。名前まで挙がっているんだ、言い逃れはできないはずだ。
 きっとラベルに好きと書いた人も、この中にいるに違いない。そして本棚に精液をつけた人が同じとは限らないという事実。最も最悪な結末。
 だけど、しばらく眺めたあと、再び俺を見つめる中嶋さんの表情は先程よりも更に訝しげなのだ。
「知らんな。全く覚えがないやつばかりだ。これが一体どうしたんだ、説明しろ」
「説明って、そんなこと……! 理由は中嶋さんが一番よくわかっているはずです!」
「いい加減にしろ。知らないと何度言えばわかる。それよりもどこで油を売っていたんだ、早く仕事に戻れ」
 逆に凄みのある目で睨まれてひるんでしまう。その態度には全く隠している様子も、ごまかしている様子もない。嘘をついているようにはどうしても思えない。
 俺が中嶋さんの嘘を見破れる自信はない。だけど、ここまでしらばっくれることができるのだろうか。俺の必死の追求に、ここまで普通の態度でいられるものだろうか。
 俺の予想は絶対だと思ったはずなのに、黒い部分が全く見つけ出せない中嶋さんの様子に、確信が少しづつ崩れていく。もしかしてでたらめで、退学や休学はただの偶然なのかと、今度は自分に対して疑惑が膨らんでくる。
 見覚えのある名前だ、と答えるだけでは、実際何をしたのかは俺には知られないし、何もしてないとしらばっくれる方法だってある。だけど中嶋さんは名前さえ見たことがないというのだ。ここまでしらを切る必要などないような気がする。
 本当に、俺の勘違いなのだろうか。女王様でさえも、日頃の中嶋さんの態度に惑わされて憶測を見誤ったのだろうか。
 次第に冷静になっていく俺の様子をじっと伺っていた中嶋さんが小さく溜息をついた。
「……啓太、お前は昨日、何時何分にトイレに行ったか覚えているか?」
 突然意味のわからない質問をされて、呆けたまま中嶋さんを見返した。
「そんなこと、覚えているわけが……」
「そうだろう。生理現象などいちいち覚えているわけがない。それと同じだ」
「…………え…………?」
「臭いものには蓋をすればいい」
 そう言って再び資料に目を落とす中嶋さんは既に真剣で、そこで俺の存在も会話も完全に打ち切った。


 考えたくないのに、俺の中を占める更なる恐ろしい想像は、しつこく調べているうちに浮かんできた過去によって確信に迫る事になる。
 俺が転入する一年程前に、唯一生徒会室に入り浸っていた人物がいたらしく、なんとその人は生徒ではなく女性の保健医だったらしい。はた目にもわかるほど中嶋さんに心酔していたけれど、突然結婚退職をしたそうだ。
 それが、いわゆる『できちゃった婚』だと知った中嶋さんの身近にいる王様以外の人間は皆、同じことを推測した。今となっては推測が事実だったのかどうかは闇に包まれたままだ。
 そして、当の本人の中嶋さんといえば、三日後には「そんな女いたか」と本気で言ってのけたのである。


 めずらしく中嶋さんが留守をしている学生会室で、王様と俺はふたりきりで黙々と仕事を続けている。だけど王様の手は止まりがちで、俺といえば一点を見つめたままで殆ど頭が働いていないまま、意味なく本をぺらぺらとめくり続けているだけだ。全く仕事をしていない俺の様子に気付かない王様も、心ここにあらずなんだろう。
 背筋をいっぱいに伸ばして、王様が何度目かの溜息を漏らす。
「あーあ、なんで誰もやってこねえんだろうなあ……」
 静まり返った室内にその声がしんみりと響き渡る。王様の汚い字で書かれた募集のチラシのことで訪ねてくる学生は皆無。
「やっぱり俺がさぼりすぎるからか? でもよ、さすがに一人も来ないってのはこたえるな……」
「……誰も来ないほうがいいと思いますよ、学生会の存続のためには……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
 ぼそりと呟いた俺の声は王様の耳には入らなかったらしい。聞かれれば更に理由を追求されると思いなおし、やはり口にするのはやめておこうと決心する。
 悲しそうな顔をして王様が呟いた。
「いい天気だなあ、外で遊びたいと思わねえか、啓太……」
「そうですね……」
 興味のない人には、とことん冷たいと言われている中嶋さん。だけどそれは少し間違っている。まるで王様が貼ったポスターが誰の目にも留まらないように、その人の存在に全く気が付かないだけなのだ。

 非道い男とは、自分でそれと知らない男のことだと思い知る。
 俺たち二人の悲痛は嘆きは、絶対に中嶋さんには届かないのだ――――