■白濁チョコレートvol,3■



目を必死で凝らして見ると、背の高いその影は…中嶋さんだった。




また大きな声を上げそうになってしまい、俺は息を呑んで中嶋さんにかけよった。
「こ、こんなところで何してるんですかっ!」
囁いたとはいえない声になってしまい、慌てて廻りを見渡してしまう。
このまま廊下にいるわけにはいかなくて、俺は急いで中嶋さんを部屋に入れた。
しっかり鍵を閉めて、部屋の中に入った中嶋さんを改めて見つめる。
「ど、どうしたんですか…っ」
振り返った中嶋さんが、俺が持っているチョコを見つめた。
「…それを返してもらおうか」
俺はびっくりして、首を必死で振って断る。
「い、いやですっ!」
中嶋さんが迫ってきて、俺はチョコを背中に回して後ずさりする。
「これだけはダメです、絶対ダメですっ!本当にダメなんです…っ!」
俯いてただ首を振っていると、目の前に何かが突き出された。
見ると、それは…俺が渡した誰かからのチョコだった。
「これと交換してやる」
その言葉に俺は驚いて中嶋さんを見つめた。
中嶋さんの顔に笑顔はない。
ただきつい目で俺を見つめている。
「…それが目的だったんじゃないのか?」
言われた言葉が一瞬理解できない。
頭の中が混乱する。
今の言葉って、もしかして…。
…気がついていた?
俺の本心に、中嶋さんは気が付いていた…のか?
はっと気が付くと目の前に中嶋さんが接近していて、俺が後ろに持っているチョコに手を回そうとしていて、驚いて後ろの壁に体を押し付けた。
「だ、だ、ダメですっって!!」
右から、左から伸びてくる手を必死で体を盾にして跳ね除ける。
ハンカチ、リボンが落ちてしまい、持っているのはプリンの容器だけ。
中嶋さんに対してこんなに強情になったのは初めてかもしれない。
今回だけは俺は引くわけにはいかなかった。
しばらく押し問答を繰り返すと、とうとう中嶋さんはため息をついて手を伸ばすのをやめた。
ほっと胸をなでおろす俺から離れて、中嶋さんは手に持っていた白いリボンのついた
例のチョコを俺の机の上に置き、また俺に向き直る。
いきなり中嶋さんが手をのばし、俺のパーカーのチャックをつかんだ。
そしてそのまま下に引き下ろし、中に着ていた厚手のシャツに両手をかけ一気にボタンを上から下まですべて引きちぎった。
そして、驚いて声が出せない俺のズボンのベルトを掴むと、足首まで下着ごと引きずり落としたのだ。
呆然としている俺の顔に中嶋さんの顔が息がかかるほどに近づいた。
「それなら…手を離させるだけだ」
射抜くような強い目で見つめられ、息が止まる。
言われた意味がわからなくて、今の俺の状況も理解できない。
「な…な…かじま…さん?」
中嶋さんの両手が俺の脇の下あたりに触れて、その熱くて大きな手に俺の身体が跳ねる。
素肌にいきなり触れられて俺は目をぎゅっと閉じた。
その手が触れるか触れないかぐらいに撫でていき、ゆっくりと腰に下りてくる。
慌てて壁と中嶋さんの間から逃れようとすると、片方の手で強く腰を掴まれ動きを止められる。
「ちょ、なか…、ああっ!」
突然片方の手が、俺の露になっていたそこを鷲掴みにした。
大きな手で袋ごと包み込まれ、俺の身体が跳ね上がる。
「いや…っ、いやだ…っ!」
もがく俺をおかまいなしに、乱暴にそこを押しつぶしそうな勢いで強く揉まれ、湧き上がってきそうになる快感に耐えようとする。
「やめて下さい…っ!」
ひどい。
こんな乱暴に、ただ俺が持っているものを取り返すために、こんなことをするなんて。
中嶋さんにそうされたら、俺が抵抗できなくなるってわかっているんだ。
だって、中嶋さんの熱い手に乱暴に扱われたそこは、もうその手を跳ね返して、大きくなり始めている…。
頭をもたげてきたそこを中嶋さんが握って、やんわりと強弱をつけながら扱きはじめる。
俺を楽しませる為なんかじゃない、わかっているのに…っ。
「ぅ…、あっ、…あぁ…っ」
背中を壁に押し付けるけれど、後ろに回した両手の為に腰を引くことはできない。
まるで中嶋さんにそこを突き出してしまうような格好で、俺は歯をくいしばって恥かしさと痺れてくるような強い快感に耐えようとする。
「…元気だな」
「あぅっ」
からかうように囁かれ、先端を親指で撫でられた。
濡れた感触。
俺のそこは既に腹につくほど反り返り、中嶋さんの手の動きに合わせてビクビクと震えている。
中嶋さんはそこをおもしろそうに見下ろし、俺は赤くなる顔を見られまいと顔を背けた。
そんな俺もおかまいなしに、中嶋さんは俺を追い上げ続ける。
わざと皮がめくりあがるように乱暴に扱かれて、先端から下へとめくれる度濡れた音を立てる。
俺を追い上げようとする乱暴でがさつな動きに、俺のそこは心を無視して
一気に限界まで上り詰めようとする。
足の力が抜けて、俺は背中を壁に押し付けることで体重を支えようとする。
だけど腰は中嶋さんの手を追いかけるかのように勝手に揺れ動いて、俺はたまらず首を振って喘いだ。
摩擦で痛みを感じるほど乱暴にされているのに。
「い…っ、や、…ぁう…っ」
中嶋さんが与える痛みが、強い快感にすりかわる。
そこは、床に零れ落ちるほど透明の液体を垂れ流し、中嶋さんの手を汚していく。
涙が浮かぶ目で中嶋さんを見上げると、楽しそうに…扱かれて赤く充血しているそこを見つめていた。
恥かしさに眩暈がした。
なのに、一気に射精感が高まり、止められない。
「ぃや、離して、離してくださ…っ!」
そのまま出してしまいそうで、チョコを持っていた片手を離し、中嶋さんの胸を押して離そうとする。
そんな俺の最後の抵抗など意味なく、先端を親指できつく押しつぶされて悲鳴を上げて。
「いっ、―――っ!」
簡単に、あっけなく…俺は中嶋さんの手の中に放った。
…強制的ともいえる愛撫だった。
何度も腰を突き出して、真っ白になった視界から抜け出すと、
一気に全身から力が抜けてずるずると床にへたりこんだ。
かろうじて俺の手にひっかかっていたチョコも床に転がって。
中嶋さんがしゃがんで、それを取り上げる。
「もらっていくぞ」
そう言って、すぐに立ち上がり…ドアへ向かおうと歩きだした。
中嶋さんが、帰ろうとしている。
あれを取り戻したら、もう俺に用はない。
心臓が、痛い。
その後姿を見ることが、できない。

「…俺…なんなんですか…」
こぼれ出た俺の声は震えていた。
「俺、中嶋さんの…なんなんですか…?」
足音が止まった。
「こんな、ひどい…こと…、どうして、こんな…っ!」
嗚咽がひどくなって、言葉がうまく出ない。
足音が聞こえて、近づいてきた。
中嶋さんは引き返して俺の前に立ち、俺は涙を流したまま、中嶋さんの足を見ていた。
「…何故、一度渡したものを取り返した」
降りかかる声は冷たくて、俺は床に視線を落とし、何も答えられないまま震えを抑えられない。
俺の自分勝手な行動に、中嶋さんは怒っている。
怒るのは当たり前じゃないか。
問い詰められないはずがないとわかっていたはずだ。
身構えて、俺は何も答えることができずに沈黙する。
「…何故だ」
強い問いかけに、身体の震えがひどくなりながら、必死に言葉を探してきて答えようとする。
息がちゃんと吸えなくて、声がうまく出てこない。
「かっこ、わるい…から…、そんなの、中嶋さんに、渡せないって…っ」
「嘘をつくな」
ゆっくりとしか答えられない俺に中嶋さんはきつく言い放つ。
やっぱり中嶋さんは気が付いている。
俺がしようとした卑怯で、卑屈なこと。
ただ負けたくないっていうだけで、あんなことをしてしまったこと。
中嶋さんを侮辱していたこと。
身体を固くさせて、俺はただ震えていた。
こわい。
嫌われたくない、なのにどうしていいかわからない。
頭上から小さなため息が聞こえてきて、心臓がずきりと痛む。

「…誰にでもいい顔をした結果がこれか」

 俺は目を見開いた。
その言葉は、俺があの頼まれたチョコを渡した時に言われたこと。
自業自得。
中嶋さんはわかっていたんだ。
俺がこんなバカなことをするっていうことを。
自分がしたことを後で後悔するってことを。
俺は反論もできず、涙がどんどんこみ上げてきて頬を流れた。
「…ご、ごめんなさい…っ、俺…」
中嶋さんの足がドアの方に向かって歩き始めた。
俺は驚いて、とっさに立ち上がって中嶋さんの背中にしがみつく。
「いやだ…っ! 行かないで…っ、行かないで下さいっ!」
大きな背中に両手を廻して、ありったけの力で中嶋さんの足を止めようとする。
必死だった。
身体が勝手に動いていた。
「もう、もうしませんからっ!だから、だから…っ!」
俺の叫びに中嶋さんの動きが止まり、俺は続けて何度も許しを請う。
「何でもします、何でもするから…っ!」
中嶋さんの胸に巻きつけていた俺の両手を中嶋さんに掴まれ、強い力で引き剥がされた。
そして俺の右手を掴んだまま俺に向き直った。
俺は必死で中嶋さんの顔を見上げる。
どんなことでも、中嶋さんに許してもらえるならできる。
中嶋さんが俺の手を離して俺から離れようとしたので、俺はとっさにシャツを掴んだ。
だけど中嶋さんは、机の上から俺のチョコをとり、それを俺に渡して言った。
「なら、これをまともなものに作り直せ」
「え…」
「今からすぐだ」
思ってもみない中嶋さんの言葉に俺は中嶋さんを見つめるけれど、中嶋さんは冗談を言っているようじゃなくて。
俺はわけがわからずただ頷いて、そんなことで許してくれるのなら、ともう一度食堂に戻る為に服を着なおそうとすると、中嶋さんがそれを制止した。
「誰が着ていいと言った」
「え…」
「だって、作り直すなら食堂に行かなくちゃ…っ」
自分の今の姿を見下ろす。
パーカーが開いた中のシャツはすべてボタンがはじけ飛んで開かれたまま。
そして…下半身は…靴下以外何も身につけていないのだ。
信じられない思いで、俺は中嶋さんをもう一度見上げた。
まさか…まさか。
このままの格好で食堂に行って作り直すっていうのか?
こんな恥かしい格好で食堂まで行けっていうのか?
俺が呆然として声を絞り出していった。
「ほ、本気…、なんです、か…?」
信じられない。
俺は首を何度も横に振って中嶋さんの顔を見つめて訴える。
眼鏡の奥で光る切れ長の目は…少しも笑ってはいなかった。
俺の身体が緊張で震えだしている。
「…む、無理…で、す…っ」
まさかそんなこと…できるわけないっ…!
「絶対に、無理…っ!」
「やめるなら別に構わない」
あっさりと答えて、中嶋さんが部屋から立ち去ろうとして、俺は慌てて引き止める。
だからといってその中嶋さんの命令を受け入れることなんてできなくて、俺は必死で懇願し続けた。
「それだけは、俺…無理ですっ、お願いします、もっと別の…っ!」
「先に食堂に行っておいてやる。5分以内に来なければそれまでだ」
「そんな…っ!!」
中腰になって動けない俺の前で、中嶋さんが部屋のドアに手をかけた。
「中嶋さん、待って…っ!」
俺の叫びに中嶋さんは一度振り返って俺を一瞥すると、ドアを開いて。
「中嶋さん!!」
パタンという小さな音を立てて閉まり、
俺はドアに向かって俺は何度も中嶋さんを呼んだけれど。
――――中嶋さんは戻ってきてはくれなかった。



 どうしたらいいんだよっ…。
俺はドアの前に立ちすくんだまましばらく見動きすることができなかった。
中嶋さんは本気だった。
中嶋さんが冗談であんなこと言ったことなんてない。
本気で、この格好のままで食堂まで行けと言ったんだ。
中嶋さんは俺を試そうとしてる。 俺の謝罪が…本当かどうかを。
行かなければ、服を直してしまったら、二度と…中嶋さんはもう俺を見ることはない。

今は真夜中で、みんな寝ているから廊下に人が出ることはきっとない。
だけど…だけど。
もし、もしも見つかったら?
こんな格好で廊下を歩いているところを誰かに見られてしまったら?
想像しただけで背筋が寒くなる。
だけど、このままここで悩んでいる時間なんてない。
5分待つと言った。
中嶋さんは本当に5分しか待ってはくれないだろう。
走っていけば、全速力で行けば…。
食堂までは廊下を行って階段をひとつ降りて、少し行けばすぐだ。
そこまで誰もいなければ、食堂まで無事につけば…。
俺は深く深呼吸する。
…行くしかないんだ。

ドアに手をかけてそっと音を立てないように開いた。
廊下の暗闇を覗いて誰もいないか確認する。
すぐだ。 食堂まではすぐなんだから。
きっと大丈夫、大丈夫だ…。
俺は廊下に足を踏み出した。
靴下だけだったので幸い足音はほとんどしなくて、俺は足早に廊下を歩いていく。
右に左にときょろきょろ様子を伺いながら、小さな物音でも聞き逃さないように全身を緊張させながら。
冷たい空気が殆ど裸の身体を包むけれど、そんなことには構っていられない。
階段が見えて、俺は焦ってそこまで走りだした。
その時だった。
ガタン、と後ろで物音がした。
その時の俺の心臓は本当に一瞬止まった。
とっさに階段に足をかけて、数段おりて隠れようとした。
だけど、段差につまづいて前のめりになり、慌てて壁に手をついて体を支えようとしたけれど、足が絡まって2、3段滑り落ち、そのままお尻から階段にしりもちをついてしまう。
だけどとっさに壁に身体を貼り付けて、聞こえてきた物音に耳をすました。
自分の心臓の音がうるさくて、緊張に冷や汗が伝う。
しばらくたっても物音はもう聞こえてこない。
どこかの部屋の中での音だったんだろう。
だけど、緊張で硬直した体はしばらく動かなかった。
涙が出そうになる。
もう、もうやだよ…どうして、こんなこと…っ!
逃げ出して、このまま自分の部屋に戻った方が近い。
 …今戻れば。
 今なら間に合う。

 俺はよろよろと立ち上がり、ゆっくりと…階段を降り始めた。
今更なに言ってるんだよ、ここまで来て…。
…ここまで来て、戻ってしまったら…すべてなかったことになってしまうんだ。
証明しなきゃいけない。
そしてもう一度…謝るんだ。 謝らなきゃ。
ちゃんと俺の気持を伝えなきゃだめだ。
俺が思ったこと、みんな。
汚いことも、卑怯なことも言わなきゃ、黙っていたらもっと嫌われるんだ。

 音を立てないように全身を固くさせながら階段を降りきったけれど、もう緊張も我慢も限界にきていた。
中嶋さんに、中嶋さんの所に早く行きたくて、助けてほしくて。
思わず嗚咽をもらしそうになり、思わず口をでつぐんで必死で廊下を進んでいく。
俺は、ふらつきながらも…長い時間をかけて食堂にたどり着いた。
食堂の入り口から中を覗くと、長机に腰をもたれさせている長身の影が見えて、
俺は安堵のあまり膝から力が抜けて座り込んでしまいそうになった。
食堂には明かりはついていないけれど、窓から月の光が差し込んでいてほのかに明るかった。
窓の外を見ながら中嶋さんがたばこを吸っていて。
床に長い影が落ちている。
…中嶋さん。
俺はゆっくりとその月の光が差し込む所に向かって歩いていく。

「中嶋さん…っ!」
今までの緊張で声は枯れて掠れきっていた。
中嶋さんが振り向き俺を見つけたとたん、俺は安堵のあまりそこで座り込んでしまう。
「な、かじま、さん…っ!」
きっとここまでくるのに5分以上はかかったにちがいないのに。
中嶋さんは黙って俺を見つめていた。
そう思ったら俺の消えそうになっていた勇気が湧き出てきて、思っていた言葉が一気に溢れ出す。
「俺、俺、本当は…、あのチョコ、隠してたんです…っ!
無理矢理頼まれたけど、どうしても渡せなくて…っ」
うまく言うことができなくて、息が上がる。
「……でも、でも…やっぱりそんなことしちゃ駄目だって、そう思って…っ、なのに、なのに、自分でそんなことしたくせに…、 ま、負けたく、ないって…っ、…っ」
溢れそうな涙をこらえる。
ここで泣いてしまったら、最後まで言えない。
「ご、ごめんなさい…、俺、俺…あんなことするつもり、なかったんです…っ!」
謝罪の言葉を吐き出して、歯をくいしばって拳をにぎりしめる。
震えが止まらないでいる俺に、中嶋さんが近づいてきた。
大きくなる足音が近づいてきて緊張する。
中嶋さんがたばこを口から離して、座り込んだままの俺の前でゆっくり屈みこんだ。
「…啓太」
俺は目を見開いて、中嶋さんを見た。
暗闇で表情はよく見えないけれど。
さっきまで、俺の名前さえ…呼んではくれなかった。
だけど今、俺の名前を呼んでくれた…?
その声は、低くて、静かで…いつもの俺を呼んでくれる声に…聞こえたんだ。
その瞬間、俺はとっさに中嶋さんの腕にしがみつき、叫んでいた。

「もらっちゃ…っ、イヤです…っ、 …俺以外の人に、イヤだ…っ!!」

…俺は、言ってはいけない言葉を口にした。
こんな勝手な想い。
勝手な嫉妬。しかも自業自得の。
バカじゃないだろうか。
なのに、手は中嶋さんを離せない。
離さなくちゃだめだ、そう思うのに体が動かない。
突然、顎に中嶋さんの手がかかり、上を向かされたと 思ったとたん、中嶋さんの顔が近づいた。
…俺に、キスをした。
やさしい、触れるだけの。
俺は驚いて、離れていく中嶋さんの顔を凝視した。
…中嶋さんは…怒ってはいなかった。
笑ってもいなかったけれど。
でも、俺を拒絶するかのようなオーラは消えているような気がした。
全身から力が抜けて、だけど中嶋さんの腕は掴んだままで。
俺はしばらくの間、俯いて泣いた。


…俺、本当にバカだよ。本当にそう思う。









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