□二人自慰(後編)□



 どれだけの時間が経過したのか。
 俺は身体をドアの方に向けたまま、全く動けずにいた。すべての意識が視線の先のものに向かい、目が離せない。
 七条さんのそこは、完全に勃起して手の支えがなくとも腹につくほどに反り返っていた。
 身体の大きさとそこは比例するのだろうか、それにしたって七条さんのそこは大きすぎる気がする。俺の手を包み込む程大きな七条さんの手でも持て余す程だ。
 違う生き物がそこで息づいているようだ。あんなにもどす黒く、複雑な形をしていただろうか。血管の浮き出た裏筋は見慣れたものなはずなのに、まるで違うものに見える。激しく動かすせいで指に縮れた陰毛が数本絡んでいる。
 クーラーのきいた部屋の中で、ライターの火のようにそこから熱がじわじわと広がっていくようだ。実際そこの温度はとても高いんだろう。その熱がいつも俺の体を抉り、気が狂う程に揺さぶり翻弄するんだ。
 熱さに湯気まで出ているんだろうか、だんだん視界がぼやけてきて、頭の芯が痺れてくる。
 俺の体にまで燃え移りそうな熱気に思わずごくりと唾を飲み込んだ音は沈黙を破り、七条さんが低く静かに笑いだした。剥き出しになった下半身のように淫猥な声で。
「……いいことを考えたんです」
 我に返った俺は慌ててそこから目を離し、七条さんを見ていられずに俯く。俺は一体どれくらいの間そこを凝視していたんだろう。そんな俺を笑ったのかもしれない。変なことをしているのは七条さんなはずなのに、どうして俺の方がこんなに恥ずかしいんだろう。
 どうしてやめて下さいって言えないんだろう。握り締めた手の平が汗をかいている。
「な、なに……が、ですか……」
「試験勉強中に毎日、つい伊藤くんのことを考えてオナニーしてしまうんです。仕方ありませんよね、もう2週間もしていないんだし」
 それと今の状況と何の関係があるのか、そう聞きたいのに。飄々と俺の事を考えてしているんだと言われて、七条さんも俺と同じように想っていてくれた事に少しだけ安堵している自分がいる。
「伊藤くんが僕に抱かれている時にどんな表情をしていたか、どんな声で僕を誘うのか、君の身体の隅々まで思い出してするととても気持いいんです。でも、ふと思いついたんですよ。同じ寮内でこんなに近くにいるのだから、頭の中で一生懸命君を想像しなくても本物の君を見ながらすれば、もっと気持ちいいんじゃないか、とね」
 ね、そうでしょう、とまるで難しい問題が解けて自慢する子供のような声で、とんでもないことを言ってのける。
「やはり本物の伊藤くんを見ながらすると格別です。ほら、もうこんなにも興奮しています」
 俯いたままの俺に聞かせるように、わざと濡れた音を立ててそこを弄ぶ。
 勉強していた俺の後姿を見ながら、悪びれもせず七条さんがしていた行為に怒ってもいいはずだ。なのに頭に血が上ってどう答えればいいのか何も思い浮かばない。
「もしよろしければ、このまま射精するまで僕のことを放っておいて頂けませんか? 一度出せば明後日の最終日まで我慢できると思いますから」
 七条さんをそのままにして、どうやって勉強を続けろというんだろう。七条さんがオナニーしているのに。あそこをあんなにも濡らして、うっとりとした目で俺を見ているのに。
「……だ、だったら……、……俺を、抱いてくれたら、いいのに……っ」
「ダメですよ、試験が終わるまで我慢するという約束です。さあ、勉強に戻って下さい」
「でも、こんなの……っ」
「伊藤くんは勉強を続ければいいわけですし、僕もこれですっきりして勉強に打ち込めるわけですから」
 やはり手を止めないまま言う七条さんは、熱っぽさを除けばまるで会計部の仕事について話をしているようだ。七条さんの常識はよく俺の常識とかけ離れているけれど、今回もまた距離がありすぎる。
 ね、と楽しそうに聞かれたとたん、緊張の糸がいきなり解けて椅子に座り込んでしまった。
「……っ」
 座る動作で下着の布がそこに擦れて、俺のそこが再び固くなっていることに気が付いてしまう。思わず気付かれまいと椅子を回転させて机の方に向き直ったけれど、七条さんから小さな笑みが漏れるのが聞こえて、俺の変化に気づいたことは確実だった。だけど、何も言わずに俺が形だけ鉛筆を持ち勉強を再開するのを黙って見つめている。
 異常な状態のまま、俺の勉強と七条さんのオナニーは再開された。
 七条さんは俺に知られて余裕ができたのか、どんな音が漏れてもおかまいなしでますます手の動きをエスカレートさせている。俺の後姿を凝視しながら、きっと笑顔を浮かべて、楽しそうに。
 俺の方はといえば、もちろん勉強ができるはずもない。鉛筆を持つ手は細かく震えて、ノートの上で少しも移動していないことは後ろの七条さんにも見えているはずだ。勉強できる状態じゃないことぐらい始めから七条さんはわかっている。
 視線が突き刺さる。
 頭から背中、尻から足先まで、舐めるように見ているのを感じる。脱がされ、裸にされていくような錯覚。
 どうしても気になってしまう。今俺は七条さんにどんなことをされているんだろう。
 もしかしたら立ち上がって下着を押し上げる俺のそこを、じっと見ているのかもしれない。あの濡れた舌でへその下の辺りを嘗め回し、じらしながら陰毛を唇で弄んでいるかもしれない。
 それとも、もう後ろの入り口に舌を這わせているのかも。
 七条さんはそこを舐めるのが大好きだから。しつこいほど、俺が泣きながらもうやめてと懇願するほどいつもねぶられるから。散々どろどろにされて、やっと七条さんは押し入ってくる。
 今、七条さんはそうやって頭の中だけで俺を犯しているんだ。
「ゃ……っ」
 じわ、と先端から熱いものが滲みだして前屈みになってしまう。
「……目が近いですよ、もう少し離さないと目を悪くします」
 俺の状態を知っているくせに、あくまでも俺に参加させようとしない態度がくやしい。なのに身体はじっとしていることができず、腰を揺らして悶えながら俺は懇願してしまう。
「……お、俺も……したい……です……っ、させて下さい……っ」
「じゃあ、伊藤くんのオナニーを僕に見せて下さるんですか?」
「……っ、そ、そんな……」
「それは願ってもいない事です、どうぞ始めて下さい」
 どうぞと勧められても素直に始められるわけがない。俺の行為が七条さんに見られるのだ。
 だけど七条さんの熱が完全にうつってしまった俺は、もうこみあげる欲望に抗うことはできなかった。俯いたまま椅子を回転させて、もう一度座ったまま七条さんに向き直り、顔を上げて七条さんを見上げる。
 俺と目を合わせた瞳は、やはりうれしそうに輝いていた。
 七条さんが喜んでくれるなら、もっと楽しんでもらえるのなら――――それは自分への言い訳にすぎない。
 俺も、七条さんを見ながらしたいんだ。
 尻を少し持ち上げ、震える手で下着ごとショートパンツを膝まで下ろしていく。ウエストのゴムにひっかかり、ぶるんと跳ねながら飛び出したそこは、既にカリの部分をびしょびしょにさせていた。七条さんのよりもずっと卑猥だったそこがショックで思わず目を反らしてしまう。
「……ああ、やっぱり本物の方がとてもかわいいですね」
 七条さんは溜息をつきながらそう言って、目を細めて俺のそこを凝視している。俺は慌てて太腿を上げそこを七条さんの視線から隠した。
「み、見ないで下さい……っ!」
「じゃあこういうのはどうですか? おたがい目と目を合わせながらするんです。いわゆる『扱きっこ』というやつです。それなら伊藤くんのそこも見られなくてすむし、恥ずかしさも半分づつでしょう?」
「……半分、づつ……」
「そうです、僕は絶対に伊藤くんのそこは見ないようにします。約束しますよ」
 初めて扱いていた手を離し、濡れた人差し指を口にあててそう告げる。楽しそうに目を細める七条さんを見ていたら、本当にその提案があそこを見られるよりは恥かしくないもののように感じて、俺は小さく頷いてしまった。
「こちらを向いて下さい、……伊藤くん」
 俯いたまま何も始められない俺に、低い声が囁きかける。
 艶のある響きに逆らえず頭を上げると、2メートル程先で立っている七条さんと目が合った。
「七条さん……」
 心も身体も溶かされそうな熱がそこにある。目を逸らせないまま、自分の手が動き始める。
 そこに指先が触れた瞬間、身体に電流が駆け抜けて思わず声を上げて目を閉じた。見られている興奮で、そこはもうはちきれんばかりに膨張していた。うっすらと目を開けると細い視界の先で、七条さんが俺の顔を見つめながら先に手を動かし始めている。
 ごくりと喉を鳴らしながら、俺もそっと手のひらにそれを包み込んだ。
「……ふ、……ぁ、……っ」
 刺激を与えすぎないようゆっくりと扱き始めると、寒気のような快感が背筋をかけぬけていき視界が一瞬白くぼやけた。それは軽い射精のような感覚で、先端からたくさんの液体が溢れ出て指を濡らしていく。白いものか透明のものなのかは、七条さんと目を合わせているから見られない。
 部屋中に、二人分の濡れた音と、俺が漏らしてしまう声が混じる。そしてとても小さいけれど、僅かに開いたままの七条さんのふっくらとした唇から、溜息のような吐息が漏れている。
 熱いねっとりとした息が俺の身体中に吹きかけられたように感じて、ぞくりと身体が疼き思わず声を上げてしまう。
 部屋の端と端、離れながらするオナニーは、異様な程俺を昂ぶらせていた。
「ん……、ん……っ」
 俺はどんな顔をして七条さんを見ているのだろう。触れられてもいないのにひっきりなしに声を漏らしてしまう口は閉じられない。弛みきった目はかろうじて七条さんの顔に留まっている状態だ。気を向けば七条さんのあそこを見てしまいそうになるんだ。
 動かしている右手は七条さんのテンポよりも早くて、左手で袋も揉み始めてしまう。袋も自分の垂らしたものでヌルヌルになっていて、竿も袋からも漏れる音は七条さんより大きい。こんな浅ましいそこを見られなくてよかったと朦朧とした頭でそう思った。
「し、ちじょ、うさん……っ、ぁ……っ」
 扱きながら、いつものようにうわ言で名前を呼んでしまう。恥ずかしくて目を逸らしたくても強い眼差しから逃げ出せない。
 少しだけ上気した七条さんの顔からは笑顔が消えていた。俺の身体の奥まで覗き込むような目で、殆ど瞬きもせず貫くように俺だけを見ている。紫色の光彩は暗く澱み、底が見えない。その目だけで裸にされていくような錯覚に、じわりと涙が滲み出てきた。
 知りたい、七条さんの瞳の奥で、俺が何をされているのか。
「……教えて、教えてください、七条さんが、……お、俺に、何をしているのか、教えて……っ」
 濡れた舌で唇を舐めながら、楽しそうに答えようとする笑顔はとてもいやらしく、それだけでどうしようもなく感じてしまう。
「……君のそこをしゃぶりながら、お尻の中に僕のものを入れていますよ」
「……そ、そんなので、できない、じゃないですか……っ」
「伊藤くんが二人いるんですよ、僕の頭の中にはね。まだ何人もいて一人づつ犯していくんです」
「し、七条さん……っ」
「想像だから何でもできるんですよ、例えば君の穴という穴に僕のを入れたり、君の身体を口の中に入れて全身を舐めることだってできる」
「や、や……め……っ」
 言われたことが俺の中でも反芻されて、すべての穴を七条さんに犯されながら、厚みのある舌の上に乗せられて全身を舐められるのを想像し、思わず竿を強く握り締めて迸りそうになるのを堪えた。
 できるなら、本当にそうされてみたい。七条さんにおかしくなるまで抱かれてすべてを塞いでほしい。七条さんの言葉はそのまますべて俺の妄想となり、俺を犯す七条さんのモノを見たくて堪らなくなる。尻の奥が疼いて、椅子に擦りつけて穴を刺激しようと尻をはしたなく揺らしてしまう。
「ぁう、……っ、ん……っ」
「でも、イクときにはいつも君が僕に抱かれて泣きながら何度も射精しているのを思い浮かべますよ。伊藤くんは? 伊藤くんはどんなことを考えているんですか?」
「お、俺は、……ぜ、全部っ、七条さんの……っ」
 七条さんが無言で口角を上げてその目を細めた時、誘惑に負けてとうとう俺は見てしまった。
 俺の身体の方にまっすぐに向き、カリの先端の窪んだ尿道口から透明な液体が勢いよく出ているのを。七条さんの妄想の中で俺の尻の穴に埋まっているはずの欲望を。
 俺を犯す凶器を目にしてしまい、ついに涙が頬を伝う。
 触れられていないのに、挿入されているような感覚に声が止まらない。七条さんの扱く手の動きに合わせて腰が揺れて、尻の奥が収縮してあるはずのないものを何度も締め付ける。そこを見ているだけで俺は七条さんに犯されているのだ。
 七条さんが背筋を奮わせる低い声で笑った。
「……ダメですよ、僕の顔を見て下さい。僕はこんなに我慢しているのに」
「……ん、あぁ……っ、だっ、だって……っ」
「明後日たくさん見せてあげますから。……そうですね、一度目はまず君の口の中に入れて、たくさん出していいですか?」
「……やぁ……あ……っ」
 思わず垂れそうになった唾液を手の甲で拭っても、どんどん溢れ出てきて何度も喉を鳴らしてしまう。濡れた手を股間に戻して袋とアナルの間の筋をつつくと、尻の筋肉が何度も収縮して先端から透明な液体が溢れてくる。
「いつもそうやってオナニーしているんですか?」
「み、見ないって……、七条さん、……っ」
「君が先に見たんですよ、おあいこです」
 見られていることで更に興奮していくどころか、七条さんにもっと見てもらえるように腰を突き出してしまう。カリを左の手の平で包み込みながら、裏筋を右手の指の腹で強く押し込みながら扱き続ける。
「二度目は君のかわいいお尻の中に入れさせてください。きっとひさしぶりできついでしょうねえ、とても楽しみです」
「や、やだ……、七条さん……っ」
「想像するんですよ、伊藤くん。僕の精液で君の中が一杯になっているのを」
「ぅあっ……、い、いや……ぁっ」
 尻に力が入って、身体が射精しようとガクガクと腰を前に突き出し、何度も七条さんを呼んだ。カリを包む手を握り締めて零れようとする精液をくい止めようとするのに、扱きまくる右手は止められない。
 まだ七条さんを見ていたいのに、身体は絶頂を求めて暴走し始める。
「飲ませ、て……七条さん、飲ませて……下さいっ」
 何でもいい、せめてどこかひとつでいいから、七条さんを感じながらイきたい。
「それはダメです。オナニーになりませんよ」
「でも、でも……っ、お願い、お願いします……っ、七条さんが、ほしい……っ」
「そんな顔で誘惑しないで下さい。今君を抱いたら二人とも明日の試験が受けられなくなるんです。僕もくやしいのですが」
 言葉とは裏腹に、困っても悲しんでもいない楽しそうな表情が恨めしい。俺の懇願もさらっと聞き流し、長い間扱いていた七条さんが俺に射精の許可を求めてくる。
「……伊藤くん、そろそろイってもいいですか? もう我慢できそうにありません」
 あやすように右手を動かしてほら、と濡れそぼり色濃くなったそこを俺に披露したあと、俺の返事も聞かないまま、扱く手を左手に持ち替えてこちらにゆっくりと歩き始めた。
「し、七条さん……っ?」
「そのまま扱いていて下さいね」
 自分の扱く手を止めて、驚いて七条さんを凝視する。俺に触れないって言ったはずなのに、一歩一歩ゆっくりと扱きながら七条さんがどんどん近づいてくるのだ。
 もしかして触ってくれるのだろうか。抱いてくれるのだろうか。反り返ったあそこの細部が見えてきて、期待に喉を鳴らしてしまう。
 座ったままの俺の数十センチ前にまできて、七条さんが立ち止まり目の前で跪いた。何を、と言うよりも早く七条さんの空いた右手が膝のところでひっかかっていた俺の下着とショートパンツを掴むと、素早くそれを足から抜き取った。俺の足のどこにも触れずに手際よく。
 なのに、ここから何をされるのか胸を躍らせて目を閉じていても、七条さんはそれ以上何もしてこない。
 そのかわり聞こえてきたのは、至近距離で七条さんが自分のそこを扱くリアルな音。本当にハンバーグみたいだ、そうふと思いながらゆっくりと目を開けてみた。
 胸の高さにある醜悪なモノの先から、今にも俺に向かって白い粘液が発射されようとしている。この至近距離からだと俺の身体にかかることは間違いない。それが目的で近寄ってきたのかと、もしかしたら飲ませてくれるかもしれないと期待で胸が高まる。
 うれしくて頭を上げて、そのまま俺は声を失った。
 七条さんの口が見えない。見覚えのあるものが遮っているからだ。
 俺の下着にべっとりとついた染みを、まだ乾いていないそこを丹念に舐めている――
 ガタッと大きく椅子を揺らす音にようやく七条さんは口を離して、驚愕し顔を引きつらせている俺に目線を落とし笑った。舌を濡らしているのはきっと俺の残留物だ。
「許して下さい、一人ではこんなに素敵な『センズリネタ』はないものですからつい。おかげで最高の絶頂を迎えられそうです。すごくおいしいですよ、君の味がします」
 濃厚な笑みと、うっとりと呟くような低音の響き。イク直前にしか見られないぞっとするような色気に呑まれて、イヤなのに、恥かしくてどうしようもないのに、抗えず引きずり込まれていく。
 底が見えない、深い深い七条さんの沼に沈んでいく。
 七条さんがまた俺の下着を丹念に舐め始める。自分のものを扱きながら、少しだけ息を荒げながら。七条さんの先走りが跳ねて俺の頬を濡らした。扱くのを止めていた俺のそこがびくんと大きく跳ねる。
「う――ぅ……っ」
 いきなり堰を切ってせりあがる衝動に、身体がついていけずうまく息ができない。俺の異変に気が付いた七条さんが、俺の下着を口に咥えて右手を椅子の背もたれに置き、俺の方に前屈みの姿勢になる。
 目の前に迫った黒ずんだ小さな穴がぱっくりと開いたとたん、そこから熱湯のような大量の精液が俺に向かって放出された。俺の顔、Tシャツ、何もつけていない下半身に白濁したものが飛び散る。
 俺も右手に握るものを擦って、七条さんに向かって射精し始める。七条さんの制服も俺の精液に汚されていく。
 おたがいに声は出なかった。俺は扱きながら、目の前のものを見つめるのに夢中だからだ。七条さんもきっと俺のそこを見ていて、声が出ないのは俺の下着を咥えているからだ。
 長い長い射精を終えたあとの濃厚な空気の中で、七条さんが屈みこんで触れるだけのキスをした。
 やっぱりとても熱い唇だった。




「これで明後日までもちそうです、ありがとうございます」
 すっきりとした顔で七条さんは俺に告げた。
「……ずるい」
「……どうしてですか?」
 そのうれしそうな顔から俺は目を逸らして俯く。
 誤算だった。明日になれば、今度こそ身体に触れることができるという期待が膨らんでしまい、ますます待ちきれなくなってしまったのだ。なのに七条さん1人だけが満足しているのがくやしい。こうなったのも七条さんのせいだと言いたいけれど、参加表明したのは俺からだったので何も言えない。
「……明日、会いに行っていいですか……」
 だから、今日は我慢する。明日になればできるのだから。あと数時間なんだから。
「明日ですか? いいですが……僕は明後日まで試験があるのでお相手はできませんが、それでもよろしければどうぞいらしてください」
「え……っ、七条さんは明後日までなんですか?!」
「はい。先程からそう言っているのですが……」
 今の今まで、皆が明日で終わるものだと思い込んでいた。七条さんは2年生で、試験の日程が違うっていうことに気がつかなかったのだ。
 じゃあ、明日は1人で悶々と過ごさなきゃいけないのか。せっかく試験が終わるのに、あともう一日も。俺はがっくりと頭を落としてしまう。
 明日こそ自分で処理してしまいそうだ。だけどさっきみたいな強烈なオナニーを体験してしまったあとに出来るのだろうか。
 うなだれている俺に、七条さんが声をかける。
「もし明後日まで我慢できなければ、伊藤くんも勉強している僕でされてみてはいかがですか?」
「な……っ」
 驚いて見上げると、とても楽しそうに微笑んでいる七条さんと目が合った。
 この七条さんを見ながら、ひとりでしろっていうのか?
「で、で、できませんよ、そんなこと……っ!」
「……やはり、僕ではダメですか……そうですよね……」
 悲しそうに目を伏せてしまう七条さんに慌てて言い訳をする。
「いいいえ、そんなことはないですっ!決してそんなことじゃあ!」
「………」
「ただ俺が恥ずかしいから、だから……っ」
 七条さんのように常識を少し逸脱した人には、相手を見ながらオナニーすることがどれだけ恥ずかしいか気がつかないらしい。
「……じゃあ、明日は必ず僕の部屋にいらしてくださいね。大丈夫、君の邪魔はしません。何度でもお好きなだけ出していって下さい」
「……は?」
「必ずですよ。お待ちしています」
 そう言って、ニッコリ笑いかけた笑顔はあの、何かを企んでいるときのはりついて微動だにしないものだ。
 何故、ここまでのやりとりが七条さんの誘導だったことに気がつかなかったんだろう。
「い、行きませんから。絶対に行きません!」
「じゃあ、明後日は部屋に鍵をかけるしかなさそうです」
「……七条さん……」
「はい?」
 平然と、輝かんばかりの満面の笑みで返されて、俺の口はあんぐりと開いたまま。
 いつまで俺は七条さんの突飛な行動に振り回されるんだろう。笑顔に負けてしまう自分が悪いのだろうか。これが惚れた弱みというものなんだろうか。
 文句を言いながら、実はどんな七条さんも好きだと思っている自分が一番やっかいだ。
 
 その日俺は朝まで勉強を続けた。
 明日の我が身に怯えながら、こっそり期待に胸を膨らませながら。





END