□中嶋エキス□



「セーフティ・セックスは当然だよ」  

 お昼休み、俺と和希は食堂で話すには似つかわしくない話題で盛り上がっていた。盛り上がっているといっても和希が一方的に話していて、社会問題にまで絡んでくると俺はただ頷くばかりなんだけど。
「避妊をしないで行為に及ぶ男とは付き合うべきじゃない。そんな常識のない男は動物以下だと俺は思うよ」
 アメリカに長い間留学していた和希は、アメリカでの性問題に深い関心を持ったらしい。アメリカではたくさんの若い女の子、中学生、ひどい時には小学生までもが妊娠して、やむなく子供を産んで、学校には生徒の子供を預かる施設が併設されているそうだ。子作り以外での性行為に避妊は絶対必要だと、和希の声が熱っぽくなり始めて、何故こんな話題になったのかぼんやり思い出す。多分中学生で妊娠したというテレビの話題からだったと思う。
「啓太も気をつけろよ」
「……え?」
「避妊は大切だぜ」
 いきなり俺について振られて俺は和希を見返してしまった。
「…お、俺は関係ないよ…」
「関係なくはないよ、これから先のことだよ」
 つい自分の今の性生活を思い浮かべてしまい、顔が赤くなってくるのを気づかれまいと、興味のないそぶりをしながら食べ物を口に運ぶ。
 本当に俺には関係がないんだけど…俺は…なんというか…い、入れられる側、だし…。自分でそう思ったらますます赤くなってきた。
「…男同士だってもっと気をつけなきゃいけないんだぜ?男女よりもコンドームは必須だよ」
「えっ!」
 いきなりタイミングよく男同士について和希が言ってきて、おかずが喉につまりそうになる。
「お、お、男同士っ?」
「そ、おたがいの体の為に、安全なセックスをすることは大切だよ。相手の事を大事に思うなら当然のことさ」
 淡々とセックスと言われたら恥ずかしさで何も言えなくなる。和希は平然としているけど、俺の方はいきなり自分の問題をふられたようで慌ててしまい、どんな言葉を返せばいいのかわからない。それに、和希はさっきの男女の話よりも少しだけ楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「そっちの方面も気をつけろよ、…啓太もな」
「え…、お、俺っ?そ、そうだね、気をつけるよ」
 思わずそう答えたら、神妙な顔をしてくいいるように見つめられて目が逸らしてしまう。なんだよ、その意味深な顔はっ。探るような視線に耐えられなくなり、急いでるからと嘘をついて、席から立ち上がってその場から退散した。



「避妊、かあ…」
 数時間後、自分の部屋でうとうとしながらくつろいでいる時にふと、食堂での和希との会話を思い出していた。
 男同士でもコンドームは必須…か…。俺と中嶋さんって、男同士、だもんなあ…。そっちの方にあてはまるんだよなあ…。なんだか変な感じだ。俺は中嶋さん以外の男の人に興味がないから、ホモとかゲイとかそういった言い方が自分にピンとこない。コンドームの事なんて考えたこともなかった。
 中嶋さんと俺は一応付き合っていて、一応男女でいうセックスに似た事をしている。しかも俺は女役で…男としてそれが情けないことなのかわからない。何もかもズルズルと中嶋さんに引きずられているだけで。
 それに、俺は未だに中嶋さんにされて、最後までの記憶がはっきり残っていたことがなかった。あれを入れられたとたん、気持ちがよすぎてわけがわからなくなってしまう。泣きながら意識を何度も飛ばし、意識が戻ったとたん激しい責めにまた目の前が真っ白になるのを繰り返してしまう。
「う〜…だめだっ」
 更にいろいろ思い出し顔が赤くなってきて、首を振って追い払おうとした瞬間、いつも思い出す映像の中に、あることが見つからないのに気づいて俺は上半身を起こした。
 ……そういえば……中嶋さんって…コンドームつけてた…っけ?
 俺が思い出せる中嶋さんとの行為の中に、つけている部分がかけ落ちている…。
「……あ…れ……?」
 和希が男同士だからこそ相手の体を気遣う為に必要だって言ってた。その知識は和希に言われる前から少しは知っていたけれど、今の今まで自分とは無関係だと思っていたのだ。だけど、中嶋さんはきっと俺よりも経験豊富だから、コンドームをつけなければいけないってことは知っているはずだ。なのに、俺の時にはつけていないような気がする。中嶋さんは…俺とするとき、本当につけていないのだろうか。
 ……どうしてなんだろう…もしかして、俺の体の事は何も気遣っていないっていうことか?
 いきなり不安が襲ってきて眠かった目が冴えてきて、心臓が大きく脈打ち始める。
「……まさか……」
 だめだ。どれだけ思い出そうとしても、入れられる辺りの記憶が曖昧だし、コンドームがついた状態なのかついていない状態なのか、挿入されてもどちらかなんて他に経験がなかったから区別しようがない。ついていたらやっぱり感触が違うんだろうか。入れられる側も変わってくるんだろうか。
 コンドームをつけない方が、入れる側の男は気持ちがいいってよく聞く。もし、中嶋さんが気持ちいいからってつけていなかったとしたら。俺の体の心配なんてしていなかったとしたら。
 俺は…それでもいいのか?
 中嶋さんに好きになってもらえて、俺の方が中嶋さんに執着しているけれど、でも、だからって…っ。心臓が痛くなってきて目を閉じる。
 ……確かめるしかない。つけているのかいないのか、はっきり自分の目で確かめるんだ。



 次の日、俺は不安とわだかまりが消えないまま学生会室に向かった。そこにはいつものように中嶋さんがパソコンのキーボードを叩いている。いつも見るその端正な横顔も、いつもより更に冷たく見えるのは気のせいだろうか。
「……啓太か」
「こ、こんにちは」
 笑ってみるけれど、きっとぎこちない顔だったに違いなくて、中嶋さんは数秒俺の顔を見たけれど、何も言わずに画面に視線を戻した。俺も、それ以上何も会話できないまま俺は書類の整理を始める。
 信じたいけれど、どこかで信じきれない自分がいること、それが自分で信じられないんだ。
 俺は、中嶋さんを疑っている。
 コンドームをつけない事自体が問題じゃない。俺の事をどう思っているのかいつも不安な俺にとって、これが俺への気持ちの唯一の手掛かりなのかもしれない。だからこんなに不安になっているんだ。もし…つけていなければ…俺は…ただの性処理の相手にしか思われていないかもしれない。
 また昨日眠れなかった悩みがぶり返してきて、そうじゃないんだと改める。確かめなきゃだめだって決めたはずなんだ。
 だけど、確かめるということは、中嶋さんとそういうコトをしなくちゃいけないわけで…。
 いつもなら恥ずかしくて絶対に言えないけれど、今回限り、俺の決心は固かった。恥ずかしさより真実をつきとめたい気持ちの方が強かった。俺は息を一度深く吸い込んで、斜め前のデスクに座る中嶋さんを呼んだ。
「……中嶋さん、あの、…今夜、中嶋さんの部屋に行ってもいいですか…?」
 はっきりとそう言えたことに自分でも驚く。中嶋さんも少し驚いたみたいで、俺を見て少し眉を動かした後、口を歪ませて冷たいを笑みを作り「勝手にしろ」と呟いた。行っても構わないっていう合図だ。
 今まで自分から誘うことなんてなかったかもしれない。俺が誘う前に中嶋さんが俺の気持ちを察してくれるから、言葉にする必要なんてなかったのだ。
「先に行っておけ、仕事が片付くまで待ってろ」
「は、はい…」
 これはチャンスかもしれない。部屋に置いてあるかも調べることができるかもしれない。見つけることができれば使っていると思っていいはずだ。
 俺は自分の仕事を片付けないまま、真っ先に学生会室を出て寮に戻り、中嶋さんの部屋へと向かった。  



 シンプルだけれど、ひとつひとつがとても高そうな家具、だけど驚く程物がない。いつも整頓されているから、机の上だけ少しちらかっているのがやけに目立つ。そんな中嶋さんの部屋は、いつ入っても少し緊張してしまう。部屋中に感じる中嶋さんが住んでいるという空気、匂い。意識しだすと落ち着かなくなってくるから考えないようにする。
 俺は一人で部屋に入り、部屋中を見渡していた。
 大きなベットの周り。家具。オーディオ、そして机。
 …中嶋さんがコンドームを直していそうな所はどこだろう?机?洗面台だろうか。俺は音を立てないよう机まで歩みより、そっと一番上の引き出しを開けようと手をかけた。
 ガタンと大きな音がして引き出せない。鍵が掛かっている。
 二番目、三番目の机の引出しを開けようとした。だけど同じように、机にある引き出しすべてに鍵がかかっている。神経質で慎重すぎる中嶋さんらしいというか…だけど、全部っていうのはやりすぎじゃないか?
 すぐに机を諦めて、ベットの周りを探ってみた。少し乱れたシーツをめくってみるけれど、何も見つからない。ベットの下に隠しているかと思い身体を屈めて奥を覗いてみるけれど、よく聞くようなベットの下にいろんなモノを隠している、というのは中嶋さんに限っては考えられなくて、やっぱり何も見えない。
 小さな洗面台に行って、上下の棚を開けてみる。そこには中嶋さんがいつも使っているトニックと洗面用具以外には何もおかれていなかった。
「……どこにあるんだろう…」
 その時部屋に近づいてくる聞きなれた足音が聞こえてきて、俺は慌ててベットの前で正座をしてこの部屋の住人が戻ってくるのを待っていたふりをした。心臓がドキドキして、手が震えているのを必死で押さえ込む。やがてドアが開いて中嶋さんが入ってきた。
「お、おかえりなさいっ」
 出た声が上ずっていてひや汗が出てくる。中嶋さんは無言で俺の前を通り過ぎ、制服の上着を脱いでベットに放り投げた。それからネクタイをはずし、シャツのボタンをいくつか開けていく。息を呑んでただ見惚れている俺を突然見下ろした。
「俺に何か用事か?」
 唐突に聞かれて俺は目を逸らしてしまった。ここでいきなり「俺とする時にコンドームをつけてますか」なんて聞く勇気は俺にはない。じゃあどうやって確認するのか。部屋にも見つからなかった。あとは…直接身体で確認するだけ、なんだけれど。
「……な、中嶋さん……、あ、あの…」
 だけどどうやって「してくれ」なんて言えるだろう。今の素でいる中嶋さんにいきなり言ったら白い目で見られるに決まってる。そう思ったら俺の決心は一瞬で吹き飛んでしまった。
「いえ、何でもないんです、ただちょっと遊びにきたかっただけで…」
 中嶋さんは無言で見下ろしていたけれど、何も言わずに洗面台に向かった。俺に背を向けていて、鏡はベットの上に投げられた制服までは映っていない。素早くそれらを確認すると、そうっと上着を探ってすべてのポケットの中に手を入れてみる。タバコ以外は何も入っていないのを確認して、急いで手をひっこめたと同時に中嶋さんが戻ってきた。
「俺、帰りますね…っ、それじゃあ…」
 俺は後ろめたさで中嶋さんの方を見ないまま、立ち上がってドアの方に歩き出そうとする。
「…啓太」
 背後から凄みのある低音が振ってきて竦みあがった。もしかして今の行動を見られていたんだろうか。そこから動けないまま立ち尽くしていると、背後でベットが軋む音がして、中嶋さんが腰を下ろしたのだと思った。恐る恐る振り返ると、やはりそこには腰を下ろしタバコに火を点けている中嶋さんがいて、その表情は何を考えているかちっとも読み取れない。
「……下だけ脱げ」
「……え?」
「セックスしたくてここに来たんじゃないのか?」
「……あ、…っ」
 自分からしてほしくて来たくせに、中嶋さんに指摘されたら恥ずかしくてどうしていいかわからなくなる。確かめる為に部屋にやってきたとはいえ、いきなり言われて戸惑ってしまい、忘れようとしていた部屋にこもる中嶋さんの匂いが突然俺の身体を包んで、息が苦しくなってきた。
 …これはいいチャンスだ、そう思うんだ。
 そう思い直して言われたとおりにベルトをはずし、震える手でジッパーを下ろして、ゆっくりとズボンを抜いだ。中嶋さんが俺を見ているのか、目が合わせられなくてわからない。だけどきっと、いつもの冷たい目で俺を傍観しているはずだ。そう思うだけで身体が熱くなってくる。
 最後の一枚を取り去り、俺は上着はそのままで下は何も着ていないという無様な格好になった。シャツで前を隠し、ゆっくり中嶋さんに近づいていく。ベットに座る中嶋さんの正面に立ち、恐る恐る中嶋さんを見下ろすと、タバコの煙を吐きながら俺を見つめる目とぶつかった。底に熱さを秘めたその目を見ただけで、すぐに頭の芯がぼうっとしてくる。
 だめだ、もう流されそうになっている。寸前で踏みとどまろうとしても、その地面から脆く崩れさっていきそうだ。
「自分でめくって見せてみろ、俺を誘うつもりならそれなりの事をしてもらわないとな」
「そ…そん、な…っ」
 嘲笑うかのような響きに顔に血が上るけれど、そうされて興奮することを知った身体はますます熱くなってくる。身体に支配された頭は一瞬で恥じらいもためらいもすべてが崩れ去っていくんだ。
 俺は首は横に向けて目を閉じたまま、ゆっくりと両手でシャツを掴むと、俺の胸の高さにある中嶋さんの顔に向けて、俺のすべてが見えるまでめくりあげた。そんなことをしてる自分にますます興奮して、口の中に唾液がたまってくる。
 立ち上がっているはずの俺のそこに視線が行くのがわかる。一方の口角を上げて冷たい笑みを浮かべているのも。じぃん、と背筋に痺れが走り抜けて腰が抜けそうになる。
 素肌の腰に中嶋さんの両手が回された。
 その瞬間、俺の決心は吹き飛んでしまった。あっけない幕切れ。初めから自分の身体で確認することなどできないと何故わからなかったんだろうと、朦朧としていく最後にふと思う。
 結局、また挿入される瞬間を確認できないまますべて失敗に終わったのだった。



 それから数日間、俺は答えを知ることができないまま、解決できないもやもやを抱えて過ごした。自分の身体で確かめる方法は無理だった。部屋にも服にも入っていない。
 …残っているのは、中嶋さんの鞄だ。いろんなところで突然俺を抱く中嶋さんなら、学校に持ってくる鞄に入っている可能性は大きい。
 だけど、今日まで中嶋さんが鞄から離れる機会がなく、どれだけ粘ってもなかなかチャンスが巡ってこない。
 諦めるつもりはなかった。きっとあの鞄の中に入ってるはずだと何故か確信してしまっていた。もうあの鞄にしか可能性は残っていないのだ。
 そして今日、ようやくそのチャンスは巡ってきた。中嶋さんは会計部との打ち合わせの為、一時間程部屋を留守にするというのだ。俺は上機嫌で学生会室を出て行く中嶋さんを見送った。
 …今だっ!
 机の上に無造作に放り投げられた鞄を引き寄せ、中身を探ってみる。筆記用具と教科書。それ以外に何か入っていないか鞄の底に手を突っ込んでいると、ガラッとドアが開かれる音がして心臓が凍りついた。
「………何をしてるんだ」
 すかさず手を引っ込めても、既に遅いことは明白だった。冷たい、俺の心臓より凍りついた声。大きなリーチで机の前に立ち尽くす俺の横に立つと、無言で鞄を掴んで俺から離す。
「……何を探していたんだ、啓太。言わなければどうなるかわかってるな」
 怖くて身体が震えだす。答えられなければ、きっと最悪の事態がやってくる。震える口で声を振り絞り出した。
「…こ、こんど……む、を……」
「何だと」
「コンドームを、探していたんです…っ」
「……この前俺の部屋に来た時もか」
 やっぱり感づかれていたんだ…俺は素直に頷いた。長い長い沈黙の後、ちいさなため息が聞こえてきた。
「……何を考えているのか知らんが、盗人のような真似は二度とするな、わかったな」
 俺は泣きそうになりながら何度も頷くことしかできない。すると中嶋さんが何かをズボンのポケットから取り出し、俺に見せた。
「…これがどうしたんだ」
 手のひらの上におかれたそれは、間違いなくコンドームだった。
 制服の上着のポケットは探せたけれど、ズボンのポケットは確認できなかったんだ。やっぱり確かに中嶋さんはそれを持っていた。
 だけど、ちゃんと使っているのかを聞かなくては解決したことにはならない。俺は勇気を振り絞って聞いてみた。
「……中嶋さん…それ、使って…ますよ、ね…?」
「…どうしてそんなことを聞く」
「………あの……」
「お前との時に使っているか、が聞きたいのか?」
 俺が聞きたかった核心を言い当てられて、俺は返事をできず俯き、ただ首を縦に振った。改めてこんなことを聞くことがいきなり恥ずかしくなってきて、顔を合わせられない。男女だったらもっと簡単に聞けたのだろうか、何故こんなに後ろめたい気持ちになるのかわからない。
 しばらくの沈黙の後、中嶋さんが小さな声で答えた。
「……俺は使うように心がけてる」
 驚いて見上げると、真剣な目をして俺を見ていた。俺が真剣に聞いた時に、この人が嘘をついたことなんてないことは一番よく知ってる。
 俺の中に光が差してきた。
「…じゃあ…っ」
「もう解決したのか?」
 自然に顔がほころんできて、俺は素直に頷いてしまう。
「誰かが何か言ったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、和希に、男同士でもつけなきゃだめだって、聞いて…」
「………ふぅん」
 楽しげな中嶋さんの声に顔を上げると、すべてを見透かされるような目に捕らえられる。 中嶋さんは手にしたコンドームを口に持っていき、目が離せない俺を見据えながら、口に咥えて歯で袋を破った。
 心臓が高鳴ってきて慌てて俯く。
「…あ、あの…会計部へ、は…」
 く、と小さな笑みが聞こえてくる。自分で聞いておきながら、今からされるだろう事にもう俺は期待してしまってる。
「行ってほしいか?…それともひさしぶりにお仕置きされてみたいか?」
 いつもの、俺と二人でいる時にだけにしか聞けない熱のこもった低い声。それは俺の官能を呼び起こす合図。
 俺はどちらかを選ぶかわりに、中嶋さんの胸に頭を押し付けた。




 次の日の食堂。
 問題が解決したことで、俺は上機嫌で食堂に向かった。
 和希がいつものように後でやってきて俺の隣に座り、しばらくすると中嶋さんがやってきて、今日は俺の正面に座ってくる。和希が一瞬嫌そうな顔をしたけれど、そのまま無視を決め込んだように無言になる。どうしたんだろう、いつもは俺と和希がいると一緒の席にはつかないのに。
 何故か和希は中嶋さんに対して少しきつい。成瀬さんの時の和希の態度によく似ているけれど、もっと冷たい空気を感じる時がある。中嶋さんは和希が理事長だとわかった後でも前でも態度は変わらない。中嶋さんが和希の事を嫌っているのかはわからないけれど、おたがい多分意識して、中嶋さんと和希は席を共にすることをしなかった。だから今日は本当に珍しい。
 といっても、和希は俺にばかり話をしてきて、中嶋さんは無言で食事をしているんだけど。
 俺は、中嶋さんとも話をしたいんだけど…な…。
 そう思いながらたわいのない会話をしていてる途中、ふと身体を動かそうとして腰を浮かせた時。
 綺麗に洗ったはずの尻のそこから、ドロリと何かが入り口に向かって流れてきた。突然の感触に驚いて体をすくませる。
 昨日の情事の残りが残っている…んだ。
 ちゃんと洗いきれていなかったんだろう、中嶋さんから放たれた液体が昨日の行為を思い出させる。背中に甘い痺れが走っていき思わず息をつめて、必死で感じるまいと息を詰める。
 その時自分のどこかに、奇妙な違和感があった。
 
  ……コンドームをつけたはずなのに、どうして中にアレが入ってるんだ?
 
 つけてるって中嶋さん言ってた…よな…?
 昨日の行為で、中嶋さんは確かにコンドームの袋を破っていたけれど、また途中でわけがわからなくされて、実際に使ったのかは覚えていない。だけど使っていたら中に残っているわけがない。
 …中嶋さんは、俺が気づかないのをいいことに、コンドームを使わなかった。
 しかもそれは昨日だけじゃない、だっていつも中に出されてるんだから。
 …つまり、中嶋さんは…いつもつけていないっていうことだ…!
 信じられない、信じられないよ、中嶋さん…っ!
 むらむらと怒りが湧きあがってきて止められない。俺は中嶋さんを真正面からみ据えて叫んだ。
「中出しじゃないですかっ!!」
 俺の横で和希がみそ汁を落とすのも気づかす、俺は真っ赤になって正面に座る中嶋さんを睨んだ。
「つけてたら中に残ってるわけないじゃないですかっ!!嘘をついていたんですかっ?!」
 そうだよ、そうじゃないか…っ!!
 どうしてそんなことに俺は気づかなかったんだ?バカすぎるよ俺!!
「…今頃気が付いたか」
 わざとらしくため息をついて、中嶋さんが俺を見下すような顔をして俺の顔を見返してくる。
「じゃあ、じゃあやっぱり…昨日言ったことは嘘だったんですね!?」
「嘘はついてない。俺はつけるようにしていると言ったはずだ」
 まったく悪気も感じていない顔で言われて、ますます腹が立ってきて唇が震えてくる。やっぱり中嶋さんは俺の体なんて気遣ってもくれないんだ…!
 絶望と失望で頭がごちゃごちゃになって何も言い返せないでいると、中嶋さんが何故かふ、と顔を和らげた。その態度にもますます腹が立ってきて、何を言ってやろうかと口を開いたとたん、中嶋さんがはっきりと、俺に言い聞かせるように言った。
「…啓太、よく思い出せ。俺は自分から外したことはない、一度もな」
 真剣な、強い眼差しで見つめてきて俺は動揺する。一体中嶋さんは何を言おうとしているのだろう。
 中嶋さんは俺の方に体を乗り出してきて、ゆっくりと、大きな声で言葉を続けた。

「つけずに入れろと言うのは啓太、お前だ。つけて入れてもお前が外せと言ってくるんだろう」

 俺の横の席で誰かがむせている音も、俺の耳には入ってこない。
「…………う、」
「嘘じゃない、思い出せ。昨日もお前が外せと言ってきた」
「……そん、なの嘘…だ……っ、嘘だ…っ!」
 一気に血の気が引いて、中嶋さんから目を逸らし、まさかと俺は自分の記憶の中を探る。自分がそう言ったことなんて覚えてない。だけど違和感がある。それが真実だと告げる自分が頭のどこかにいる。
 快感で我を忘れて自分が言ったたくさんの言葉。
 今の中嶋さんの言葉に誘導されて、その中に俺は答えを見つけ出してしまった。
「……嘘……っ、嘘…だ…」
「…思い出した顔だな」
 得意げに中嶋さんがふん、と笑った。その声が聞こえた瞬間から、足のつま先から血が逆流してくる音がする。全身の血が頭に上がってきてパンクしそうになる。

 真実の自分。
 これが俺が散々悩んできた答えだったのか…?
 全部、全部俺のせいだったっていうのか…っ!
「…う……」
 震えている俺の前で、楽しそうに中嶋さんが和希を見て言った。
「啓太は生で入れられるのが随分好きらしいぞ、遠藤。お前も本当は生が好きなんだろう?」
「うわあ――――っ!!!」
 顔を赤や青に変化させて泡を吹きそうになっている和希と、余裕の笑みを浮かべている中嶋さんを置いて、頭も体も爆発してしまった俺は椅子から立ち上がり、自分が出したとは思えない奇声を上げてその場から離れようと駆け出した。
 …本当の自分から逃げられるわけでもないのに。


 ――――追求なんてしなければよかった――――  







END