□クローゼット・セックス□



『中嶋英明』
 真っ白のノートの真ん中に四文字の漢字を書いてみて、俺は授業中一人で顔を赤くした。
 今は必須科目の授業の真っ最中で、難しい話を聞こうと努力してもちっとも頭に入らず――そのうちに頭に今日何度目かのあの人の名前が浮かんできて、なんとなくめくられたノートに名前を書いてみたわけだけど。
 なんで名前だけでこんなに照れくさくなるんだろう。まるでその字が、いやノートかもしれない――が俺を見つめているようだ。四つの漢字、一つ一つがあの人の性格、外見を表現しているみたいに見える。
 本当にその四文字が俺を見下ろしているような錯覚を覚えて、俺は慌てて消しゴムで消してしまった。
 本人でもないのに赤くなるなんて、ほんと情けないよな。
 いつまでも俺って中嶋さんに慣れることがでいないでいる。毎日のように会うし、セックスもたくさんしてるのに、いつも俺は真正面から中嶋さんを見つめることが出来ないし、触ってもいいって許しがでなければ近づく勇気もない。
 あと数ヶ月、いやあと何年したら慣れることができるのだろう。今だって漢字ひとつでこんなに緊張してるんだから、本人に慣れることなんてまだまだ遠い将来だろうってことはわかる。早く慣れる方法ってあるんだろうか。努力でなんとかなるものだろうか。
 もし、中嶋さんの名前を恥かしがらずに書くことが出来たら、少しは慣れることができたりして。そんなことをふと思いついた。いや、そう仮定して思い込んでみたら…中嶋さんの名前を素で書けるようになれば、中嶋さん本人にも慣れるって信じれば、本当になるかも…。
 大切なのは思い込んでみることだ。
 俺はもう一度シャーペンを握り締めて、ノートの真ん中ではなく左上から、罫線に合わせてひとつ、『中嶋英明』と書いてみた。余計な事を考えないように努めながら、続けてもうひとつ書いてみる。
 ただの名前だと思うんだ。そう、これはただの漢字なんだ。
 そう念じてみるものの、三つ、四つ、二桁に及んでくるとその名前の迫力に怖気づきそうになる。瞬く間にたくさんの『中嶋英明』にノートが占領され、埋まっていく。
 慣れるまで、慣れるまでと無我夢中で書き続けているうちに、気がつけば数え切れない量となり、いつのまにかノートの一ページを埋める量になっていた。
 は、と我にかえってその自分のノートを見つめてみる。
「…こわ…っ」
 つい声を漏らしてしまうぐらい恐ろしい、中嶋さんへの呪いを綴るノートとなっていた。こわい。まるで中嶋さんに恨みを持つ男の犯行だ。
 その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、俺は慌ててノートを閉じて机の下に教科書と一緒にしまいこみ、トイレに行くために廊下に出る。
 そしてそれが、事件の始まりだった。


「教科書?」
「ああ、貸しちゃったけどよかった?」
「ううん、いいよ」
 教室に戻って自分の机に座ると、王様が先ほどの授業の教科書を俺に借りにきたと和希が言った。和希が自分のよりも啓太のを借りに来たから、と俺の机の中から取り出して渡したらしい。もちろんそれは構わなくて俺は笑って答える。
「それから、そのノートも貸したんだ、ほら、あの授業って教科書に書いてないことたくさん言うだろ、だから見せてほしいって」
「…誰の?」
「啓太の」
 俺の笑顔は数秒後凍りつくことになる。
「嘘だろっ!!」
 大声で叫んで椅子から立ち上がり、尋常じゃない俺の様子に驚いた和希が背を仰け反らせる。
「ご、ごめん、勝手に貸したら悪かったか?」
 最後まで聞かずに、次の授業が始まるチャイムが鳴るのも聞こえず教室から飛び出した。
 やばい、本当にやばい…っ!!
 あんな中嶋さんの名前を書き殴ったノートを見られたら、世にも恐ろしいことになってしまう、想像もできないことがきっと起きてしまう。王様が驚いて目をむいている姿を想像できる。
 全速力で廊下を走りぬけ、息を荒げていても顔からは完全に血の気が失せていた。あのページがめくられるより先に、王様から取り返さなければ俺の人生の終わりだ。
 最速で三年生の教室にたどり着くと、そこはもぬけの空で、教室のドアを開けようとしても鍵がかかっていて開かない。体育か移動教室だろうか。次の授業で使うわけではなかったのか。
「どうしよう…っ」
 しばらくの間、授業が始まり誰も通らない廊下で、ドアに頭をもたれさせて呟いた。
 王様がノートを開く前、その前に絶対に取り返さなければならない。次のチャンスは次の休み時間、誰よりも早くもう一度ここに来なくては。
 俺は今取り返すのを諦め一年生の教室に戻り、悶々と授業を受けたあと終了のチャイムと同時に教室から飛び出した。
 しかし、なんと三年生は五限目で授業が終了していて、みんながわらわらと帰り始めているのだ。
「王様!!」
 俺は慌てて混雑するドアの入り口から無理矢理三年生を掻き分けて入り込み、みんなが注目するのも気にする余裕もなく、覚えていた王様の席を見つけて机の中を探った。
 ない…っ!
 なんと、雑然にいろんなものが詰め込まれた中に、俺のノートは教科書とも入っていないのだ。ないということはつまり、持って帰ったということで。
 学生会室に向かっているだろう王様を捕まえるために三年生の教室から飛び出した。
「王様いますか!?」
 学生会室のドアを乱暴に開けると、そこにはいつものように中嶋さんが一人、パソコンに向かっていた。いつもは中嶋さんに会える放課後を楽しみにしている俺だけど、今回ばかりは話は別で、中嶋さんのことは二の次だ。
「中嶋さん、王様は!?」
「さっきまでいたがすぐに寮に帰ったぞ。明日のテストの勉強をするからと言ってたが」
「明日のテストって…っ」
 まさかと思い聞いてみると、悪い予感は的中する――中嶋さんの口から告げられた教科は、まさに俺が貸した教科書のものだったのだ。
 もしかしてもう間に合わないかもしれない、不安と絶望が広がりながらも俺は再び今度は寮に向かって走り出した。
 王様が部屋にいて、机に座っていたらもう一巻の終わりだ。


 荒い息を整えないまま、乱暴に叩きたい気持を必死で押さえつつ、王様の部屋のドアをノックする。
一度、二度と叩いてみても、返事は帰ってこない。王様、と名前を呼んでみても返事はない。
 どこかに寄っていてまだ帰ってきていないのだろうか。
 ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。やっぱりいるのではないかと、名前を呼びながらそっと開いてみる。
「王様…?」
 部屋の奥を覗いてみると、そこに王様の影は見えなくて、小さく「失礼します」と呟いてみてから、俺は音を立てないように中に上がりこんだ。
 細い廊下を抜けて部屋を見渡しても、王様の姿はない。やはりまだ帰ってきていないみたいだ。
 こうなったら部屋の前で待ち伏せするしかない。うな垂れながら部屋を出ようとドアの方に振り向きざま、あるモノが目に留まって俺は動きを止めた。
 机の上に放り投げられたものは、毎日王様が持ち歩いている鞄じゃないだろうか。ドキ、と心臓が高鳴る。つまり、一度部屋に戻ってきてどこかに行ったということだ。そしてそれはつまり、鞄の中には今日の授業の教科書が詰まっているということで…。
 決心よりも前に、俺の足は出口に向かわず机に向かっていた。
 今のうちに取り返せばいい、こっそり抜き出しておけば見つからないままでこの事件は終了するのだ。
 そっと鞄を開けて、雑然とつまった中身を探る。焦っているのと緊張で手がうまく動かない。一冊一冊めくりあげてみても、見慣れた俺のノートの姿を何度見直しても発見できない。
「どこにいったんだよ…っ」
 苛立ちが更に緊張をあおり、額から汗が吹き出てきた。だけどやはり何度探してみても見つからない。
 その時だった。
 いきなりドアが開かれる音がして、俺の体はとっさに振り向くことが出来ずに硬直した。王様が俺を発見しただろう沈黙の間、俺の心臓も呼吸も数秒間停止したようだった。
 俺はドアを背に机の前に立ちつくし、下を向いて目を閉じたまま王様の怒鳴り声を待つ。勝手に部屋の中に入り込み、机の上の鞄を物色している俺をどんな思いで見ているのだろう。
 だけど、いつまでたっても声はかからず、怒鳴り声も聞こえない。確かに人の気配はするというのに。
 次第に不思議に思った俺はゆっくりと振り向いき、目を見開いた。ドアの前に立っていたのは、この部屋の住人ではなかったからだ。
「…な、中嶋さ、ん…?」
「…やはりここか」
 発された言葉の意味を理解する理由もなく、何故王様の部屋に中嶋さんが入ってきたのかわからないまま絶句している俺に、中嶋さんの首がこちらに来い、と促した。その表情はほんの僅かだけれど緊張しているようで、言われるまま俺はドアの方に恐る恐る歩き出す。
 ドアの前の細い廊下に立つ中嶋さんにあと数十センチと近づいた時、突然中嶋さんの腕が伸びて俺の左肩を掴んだ。そのまま通路の右側の壁に備え付けられているクローゼットを左手で素早く開けると、強い力で俺の肩を押し、俺をクローゼットの中に押し込んだのだ。
「わっ、ぷ、…な、なにをっ!」
 ポールにたくさんかけられた王様の服が上半身を覆い、きついナフタリンの匂いが鼻をつく。足元は靴の箱のうような箱が散乱していていくつかを蹴ってしまい大きな音を立てた。
 わけがわからず、とにかくクローゼットから出ようと傾いた体を起こすと、今度は大きな手が俺の口を塞ぎ、その手で再び俺をクローゼットの奥まで押し込めると、なんと中嶋さんも入り込んできた。驚く間もないまま、大人二人入れば動く事もできないようなクローゼットの中に俺と中嶋さんは入り込んでしまったのだ。
 中嶋さんが後ろ手でクローゼットの扉を閉めたと同時に、部屋のドアが開く音がした。
 閉められたことで視界が真っ暗になり、思わず叫びだしそうになる。だけど、驚いて漏らした声は口を覆った中嶋さんの強い手が吸い込み、俺に覆いかぶさるように密着した中嶋さんが耳元で囁いた。
(黙ってろ)
 あまり聞くことのないせっぱつまったよう声色は、俺を一瞬で黙らせる。
 扉の向こうで聞こえる、ドスドスと目の前の細い廊下を大またで歩いている足音。今度は間違いなく王様だ。
 つまり、もし中嶋さんが俺をクローゼットに押し込めなければ見つかっていたところだったのだ。という事は、王様が帰ってきたのに気が付いた中嶋さんが俺を隠してくれたのだろうか。
 緊張して固くなった身体には狭いクローゼットの中の不自然な体勢はつらくて、大きく息をついて全身の力を抜くと、口を塞いでいた中嶋さんの手が離れていく。見上げると薄暗い中に、王様の上着に囲まれた中嶋さんの顔が至近距離にあって驚いて俯いた。
 多分、助けてくれたんだよ、な…?
 そのうち、テレビの音が流れてくる。そしてベットが軋む音。どうやらくつろぎながら王様がテレビを見始めたらしい。
 そんな王様の部屋のクローゼットの中に隠れている男が二人。お互いが密着していなければ、少しでも動けば山積みにされた箱を落としかねない狭さなので身動きができない。
 しばらく黙っていたけれど、テレビの音が大きいので多少声を上げても聞こえないだろうと判断して、慎重に小さな声で話しかけてみる。
(中嶋さん、大丈夫ですか…?)
 暗いクローゼットの中で声が響いた。クローゼットの中が真っ暗にならないのは、扉がルーバーラティスになっていて、細長い無数の縦線の光が中に差し込んでいるせいだ。
 勇気を出してもう一度見上げると、十センチもない距離に中嶋さんの顔はあるけれど、大きな中嶋さんの身体が扉から入ってくる光を遮っているので、影になった中嶋さんの表情は見えない。
(あの、中嶋さん…)
(何だ)
 真上から聞こえた返事は、小さくしているもののいつもと同じようにはっきりとした声だ。
(すみません、俺のせい…ですよね…)
(…何をしていたんだ)
 当然聞かれるだろう言葉に、俺は言葉を選んで答える。言えるわけがない、中嶋さんの名前を山のように書いたノートを取り戻すためだなんて。
(今日…王様にノートと教科書を貸したんですけど、急に必要になって、王様を探したんですけどいなかったから)
(それで勝手に部屋に入り込んだわけか)
(…す、すいません…)
(謝るのは俺にじゃないだろう、明らかにお前の行動は盗人と同じだ。バレたくなければここでじっとしていろ)
(…はい…)
 正論すぎて、俺に言い訳する余地などない。見られたくないからって勝手に人の部屋に入り込んだんだ。でも、それがバレて怒られるよりも、あのノートを見られる方が俺にとっては重要なんだってことはもちろん言えない。
(あいつは多分教科書は学生会室に置いてきてる。さっき見たからな)
(…本当ですか?)
(ここから出たら取りにいけばいい)
 ひとまず、俺がクローゼットに閉じ込められている間に王様がノートを開く心配はしなくていいわけだ。あとは見つからずにここを出るだけ、なんだけども。王様が夕飯を食べに食堂に部屋から出てくれる時間はまだまだ先で、それまでこの中で二人で隠れていなくてはならないわけだ。
 奥の壁に背中を押し付けて体を支えている俺はいいけれど、俺の正面に立ち扉を背にしている中嶋さんは、扉にもたれるわけにもいかず、俺の方に覆いかぶさる形で立ち奥の壁に肘をついている。上体を前に倒しているその格好はつらそうで、いっそ俺の体に体重をかけた方がいいのではないかと、俺は中嶋さんの腰を抱いてゆっくり自分の方に引き寄せる。
(俺に体重かけてください、中嶋さん)
 そう囁くと、俺の身体に熱い重みが被さってきて、いきなり感じる気持ちよさに小さな息を吐いてしまう。中嶋さんの腰を抱いていた腕の力を無意識に強くしてしまった。
 密着して気持いい、かも…。
 テレビの音が俺達がごそごそを動く音を消してくれる安心感で、気持の余裕ができてしまったらしい。それに中嶋さんは不法侵入した俺を助けてくれたわけで、それがうれしかったりして。
 調子に乗って思い切り腕を回してしがみついてみる。本当はそんな必要はないんだけど、いつも出来ない分味わって見たい欲求があふれ出してくる。
(暑苦しい)
 うざそうに言った声にもめげず、答えた。
(だって、ここバランスが悪いから)
 そんな嘘の言い訳ができるのも、薄暗いせいで俺のたるんだ顔が見られないからだ。中嶋さんと一緒にいる緊張感は、他の緊張をどこかに置いてきてしまうらしい。
 だけど、思わず「へへ」と口出して笑ってしまい、わざとひっついていることはすぐにバレる。なのに中嶋さんの手の平が俺の背中を伝い、やさしく腰を抱いてきた。
 密着した俺達は、まるで恋人同士みたいで。
(…あ…っ)
 頭を中嶋さんの胸に擦り付ける。もっと触ってほしくて制服をつかんだ指に力がこもる。
(…お前は…本当に節操のないやつだな。どこでも発情するな)
(そ、そんなこと、言われても…)
 じゃあ俺の腰に回した手を離してくれればいい、そう言いたくてもじんわりと身体にしみわたるような快感は感じていたくて振りほどけない。
 だって、身体はとても正直で、俺の脳みそは中嶋さんで一杯で。
 含み笑いが聞こえて、中嶋さんが言った。
(まあ、暇つぶしにはもってこいだがな。…静かにやれよ、啓太)
(…っ)
 更に屈みこまれて、囁いた唇が耳たぶに触れていく。身体に低い声が響きわたり身体を硬直させてしまう。耳が弱いのを知っていて、名前を呼ばれるのに弱いのも知っていて中嶋さんはそう言った。
 それは、俺の暴走を受け入れてくれる合図だ。

 
 王様が歌い始めた。そう、もちろん美空ひばりの歌だ。見ていたテレビからも美空ひばりの歌声が聞こえてくる。それに合わせて歌っているつもりなのだろう。
 俺は数センチ真上にある中嶋さんの唇に吸い付いた。俺の勢いに引くどころか、中嶋さんがそれに答えて冷たい唇が俺の唇を覆い、俺は夢中になって中嶋さんの中に舌を差し入れる。
(…っ!)
 中嶋さんが俺の舌をきつく吸って、身体をびくつかせた俺の腰を掴んで小さく揺さぶった。その振動は、中嶋さんの太腿にいつの間にか触れ合っていた俺の熱くなってきたそこに伝わる。唇からと、直接そこに刺激を与えられて、一気に固く膨張し始める。
 舌が絡まり濡れた音がクローゼットに響いて、王様には聞こえないとわかっているのに、耳に聞こえるその音はやけに大きく響くから緊張して気が気じゃない。
 密着した中嶋さんの身体が熱い。吐く息も俺の肌に触れて、俺の身体に熱が伝わっていく。
(…ぁっ、あ…)
(静かにしろ)
 耳を舌で舐められて、思わず出た声を制止するその声にもまた反応してしまう。逆効果だとわかっていてわざと中嶋さんが楽しそうに囁くのだ。
 耳の複雑な形状を舌が這っていく。濡れた音が耳に響いて、聞こえる音はそれだけになる。大きく聞こえているのは俺だけなのに、王様に気付かれてしまいそうな不安は消えない。声が漏れて止まらない口は自分で塞いだ。とがらせた舌先が耳の穴を出たり入ったりする時には、声こそ押し殺せたものの、舌の動きに合わせて腰を揺らし、中嶋さんの太腿にそれを自ら押し付けていた。
(あうぅ…)
 完全に立ちきったそこは太腿を押し返す固さで、恥かしくてたまらないのに止められない。時おり腿の固い筋肉がからかうようにそこを軽くくすぐっていく。中嶋さんに抱きしめられた体はもっと強い刺激を求めて体温が上昇していき、ふくらみきったあそこが窮屈で、でももっと締め付けられたくて。中嶋さんの指がくいこんだ尻がじりじりと熱い。何かを求めて身体が沸騰しそうだ。
(…な、かじま…さん…も、もっと…触って、下さい…)
 直接触ってほしくて、弄ってほしくてたまらない。震える手でズボンのベルトを外し、ボタンをはずしてジッパーを降ろす。下着に指をひっかけてゆっくりと下げると、ズボンと下着が一緒に膝の下まで落ちた。さすがにクローゼットの中で俺が自分から下着を脱ぐとは思わなかったのか、楽しそうな笑いが聞こえる。
(せっかちなやつだな)
(だ、だって…、は、早く…し、したい…っ)
 いつもはありえない、この密着した空間が俺に余裕をなくさせているんだ。
 このまま抱かれてみたい。肌を合わせて中嶋さんの身体の熱を感じながら挿入されたい。そう訴えるとからかうような声がする。
(この状態でどうやってやる気だ)
 そう、身動きが殆どできないクローゼットの中で、正面を向き合った俺たちが体勢を変えてセックスするなど、絶対に無理なんだって、そんなことは俺にだってわかるのに、だけど抱かれたくてたまらない身体は、我慢することができなくて。
 このまま中嶋さんに足の先まで触れながら、入れられたらどんなに気持いいだろう。
 俺は自分の手で尻を掴み、そろそろと指を入り口に近づけていく。中嶋さんがそんな俺の様子を見つめている。かっこ悪いってわかってるけれど、どうしてもこのまま、ここで中嶋さんに抱いてほしい。
(…ん…っ)
 左手で尻の肉を広げて、右手の人差し指をそっと入り口にあてがい、指先をゆっくりと挿入する。そこは殆ど何の抵抗もなくすんなりと指を受け入れ、難なく第二関節まで入り込んだ。
(ぁ、あ…な、中嶋さん、な、かじまさん…)
 身体を中嶋さんにおしつけ、立ちあがったあそこを太腿に擦りつけながら、俺は指を動かし始める。
(うまく考えたな)
 楽しそうな声も俺の興奮を更に煽る。
 中嶋さんのあそこが挿入されている、そう想像しながら指を入れたり出したりすると、太さのなく手ごたえのない指が逆に倒錯的な快感をもたらした。中嶋さんの身体はちゃんと匂いと熱さまで感じる距離にあって、本当に中嶋さんがしてくれているような錯覚さえする。
 すぐにほぐれたそこを中嶋さんみたいに乱暴に掻き混ぜみると、背筋を強い快感が走って体を仰け反らせてしまう。
(あ、…すご…っ)
 そのまま指を根元まで埋めて壁を擦ると立ち上がった先端から熱い液体が溢れるのがわかった。中指を増やして二本で音が立つ程に入り口を捏ね回すと、声を抑え続けた口から掠れた高い声が漏れ出た。
(指が、と、溶ける…っ)
 更に指を三本に増やしてバラバラに動かすと、中嶋さんのあそこだと錯覚した尻の穴が吸い込もうと蠢いて、締め付ける壁を指で押すと中がどんどん柔らかく溶けていく。
 ぐちゃぐちゃになってる。指と入り口が一緒に溶けて、どちらがどっちなのかわからない。熱いゼリーをかき混ぜているようで、指との境界線がわからなくなる。
(あ…っ、な、なにか…ほ、ほしいよ…っ、指じゃ、いや、だ…っ)
 指でどれだけかき混ぜても、太くて固いあの感覚には到底及ばない。そんなことはわかっていたけれど、思い込みだけではそこを満足させることはできなくて。太腿におしつけた俺のあそこの先端から溢れる透明な液体は袋にも達して、中嶋さんのズボンの制服を汚すのにも気づけない程に必死だった。
(な、中嶋さん…っ)
 クローゼットの中では、このまま抱いてもらう事ができない。そんなことはわかっているのに求めてしまう。
(ほ、ほしいよ…ぉっ)
 三本の指を一番奥まで入れて、大きくかき回すと目尻に涙が溢れてくる。もっともっと固くて強いモノがほしいと、溶けきった中が訴えるように蠢く。
 中嶋さんの手が俺の腰から離れて、ブレザーのポケットから何かを取り出した。カチ、と音を立てて開かれたそれは携帯らしく、涙で霞んだ視界に緑の光が見える。中嶋さんはそのまま長い指先でメールを打ち始め、しばらくして呼び出し音が鳴ったのは、クローゼットの向こう、王様の持っている携帯だった。
 王様が携帯を開いている音がする。その後小さな舌打ちが聞こえて、ベットが軋む音がした。
「ったく、ヒデの人使いの荒さはなんとかならねえのか」
 ブツブツと一人で呟いている中で聞き取れたのはその言葉で、足音がクローゼットの方に近づいてくる。突然の接近に驚いて息を詰めて身体を硬直させていると、部屋のドアが開かれる音がして、そのまま王様が出て行き再びドアが締められた。
 いきなり沈黙が訪れて、俺はどうしていいかわからずまだ動けない。中嶋さんがクローゼットのドアを開けた。部屋の明るい光とひんやりした空気がクローゼットの中に入り込み、密室から解放されたことを知る。
「出ろ」
 先に出た中嶋さんに促され、俺はずり下ろしたズボンを足にからませながらクローゼットから出る。夢から一気に醒めてしまったような感覚にとまどっていると、手首を掴まれてそのままカーペットの上に倒された。
「な、…っ」
 そして、俺の体の上にばさっと大きな音をかけてかけられたもの。その中嶋さんが投げてきたものが俺の体の上から床に落ちて、開かれたそのページが俺の目に入ってきた。
「これ…っ!」
 それは、俺が王様に貸してしまい、取り返そうとしたノートだったのだ。しかも、開かれているページは『中嶋英明』の名前が山のように書かれたそこで…。
 息を吸うことも忘れて呆然としていると、楽しそうな声が頭の上から降ってきた。
「…何だろうな、これは」
「どうして、これを…」
「たまたま学生会室で見せてもらった。先に見つけたのが俺で助かったな。こんなモノをあいつに見られたら啓太は俺のストーカーだと疑うだろう」
 ストーカーという言葉に頭に血が上り、ますます思考回路が働かなくなる。
「啓太がどんな方法を使ってでも取り返しにくるのは察しがついた、現に予想通り部屋に侵入していたからな」
「中嶋さん…っ!」
「で、なんだコレは?俺に恨みでもあったか?」
 へたりこんだ俺の前に立ち、からかうように問い詰められる。俺は床を見つめたまま何も答えられない。
「さすがに俺も気持ち悪いんだがな。ここまで熱心に書かれると」
 きつい言葉心臓に刺さってくる。
 俺の努力をちっともわかってくれないどころか、気持ちが悪いだなんてひどすぎる。確かに俺のした事はヘンなのかもしれない。でも、でもそんな言い方ってないよ。
 くやしさなのか怒りなのか、湧き上がってくる言葉は止められない。俺は中嶋さんを仰ぎ見て叫んだ。
「…す、好きな人の名前を書いちゃいけないんですかっ!?たくさん書いたら中嶋さんに少しは慣れるんじゃないかって、そう思ったらいけないんですかっ!ひ、どい…です…そんな言い方…っ」
 一気にこみあげたものは、涙になって流れ落ちていく。
 しばらく声を押し殺して泣き続けていると、目の前に消しゴムが落ちてきた。
「今のうちに消しておけ、とにかくそのままじゃまずい」
 冷静な言葉に更に傷つきつつも、言われるまま俺は消しゴムでその文字を消し始める。床の上でノートを広げて消しているからか、なかなか綺麗に消せなくて何度も擦っていると、いつの間にか中嶋さんが目の前から消えて俺の背後に回り、俺の腰を持ち上げた。
「なに、…あ、あああ…っ!!」
 脳天まで貫いてくるような強い衝撃に俺は大声を上げる。
 中嶋さんの固いそこが、先ほどまでの刺激で溶けきった入り口を一気に貫いたのだ。突然の行為に抵抗することも出来ず、そのまま激しく揺さぶられてただ悲鳴を上げ続ける。
 さっきまでほしくて熱をもっていたそこは、痛みを感じずすんなりと一番奥まで広がり、中嶋さんを絡めて締め付けようとする。
「あっ、あっ、ぃ、いやだ…っ」
「さっさと消せよ、跡が残らないよう綺麗にな」
 四つん這いの俺を後ろから犯しながら、中嶋さんが文字を消せと言ってくる。とっくに意識が尻に集中してしまっているのに、それをわかっていて中嶋さんは命令するのだ。
 消しゴムを掴みなおすことさえ難しくて、何度も落としながら字を消そうと手を動かしても、ちっとも消せないどころか紙がよれて皺になってしまう。
「け、消せない、…よ…っ!」
 動かないでほしいと訴えても、もちろん止まってくれるはずもなく、俺の体も中嶋さんを求めて自分から腰を中嶋さんに突き出してしまう始末で、次第に思考回路が奪われていく。全身の意識が貫かれたあそこに集中する。
「や、やぁ、あぁ――ぅ」
 とうとう消しゴムを掴む力を失い、それを放り出したその時、中嶋さんの携帯の着信音が王様の部屋に響き渡った。驚いて身体をすくめる俺の体を揺さぶったまま、背後で中嶋さんがその電話をとる。
「…ああ、もう少し待ってろ。今すぐ行く」
 楽しげに答える声は、俺を抱きながらとは到底想像できないだろう。犬のように這いつくばる俺に腰を打ちつけながら、冷静に中嶋さんは話し続ける。
「それから丹羽、お前啓太に教科書とノートを借りただろう、ああ、…そうだ」
「…あ、ぁ、あっ」
 声を押し殺そうとしても、自分で塞いだ口から声が漏れて止まらない。中嶋さんの袋が俺の尻に当たる規則正しい音が卑猥で、電話の向こうの王様に聞こえているんじゃないかと思う程大きく部屋に響き続ける。
 俺はといえば、電話の内容を聞く余裕などなく、ただ自分の声を抑えることだけに必死で、両手で口を塞いでも漏れる口をなんとかしたくて、自分の制服のシャツをたくしあげて口に押し込んだ。
「俺に先に貸してくれ、……ああ、…すぐ返すからいいだろう、啓太には俺から言っておく」
 そんな俺から声を上げさせるために、中嶋さんが更に俺を揺さぶる。押し込んだシャツは唾液に濡れて口から抜けた。
「ぃや、あ、あぁ、っ」
「今から行く、そんなに怒るな。……それよりも、美空ひばりはいいがニュースを見ろ、それ以上バカにならんよう少しは努力したらどうだ」
 そう言って一方的に切った後には。
 俺の気を失わせるまで、中嶋さんの乱暴な動きは続いたのだった。



 その次の日、生徒会室に入って見つけたのは、眉を寄せてうなっている王様だった。それを無表情で聞いているのは真正面の机でパソコンを打ち続けている中嶋さんだ。
「なんだか違和感があるんだが…おかしいよなあ?」
「そう思うならそうじゃないのか」
「でもよお、あのセキュリティで守られている寮で空き巣なんてありえねえと思わねえか?絶対おかしいんだよ、クローゼットの中が目茶苦茶になってんだぜ?あれは絶対金目の物を物色していったんだ」
 一瞬心臓が止まった。
 それは昨日俺と中嶋さんが隠れたあのクローゼットの事以外に考えられられない。俺は恐る恐る二人に近づきながら、精一杯の笑顔で王様に笑いかけてみる。
「き、気のせいじゃないんですか?」
「そうかあ?いくら俺でもあそこまで汚くはしてなかったぜ?なんかヘンな液体も服についてるしよ…」
 空を睨んでいるその王様の目が青ざめている俺を見たら、すぐに俺が犯人だってわかるはずだ。
「…内部の犯行じゃないのか」
 パソコンの画面に向かったまま中嶋さんが言って、俺は驚いて思わず叫びそうになってしまう。
 な、何言ってるんだよ中嶋さん…っ、そんな墓穴を掘るようなことを言うなんて。
「そ、そうなのか、内部の犯行なのかっ!ヒデ!そうか、もしかして俺たちのやり方が気がくわねえヤツとかか!ありえるな、それは」
「…そうだな、俺が調べてやるよ。必ず犯人を挙げてやる」
「やってくれんのか、ヒデっ。やけにやさしいじゃねえか」
 たちまち上機嫌になった王様は現場の様子をこと細かく中嶋さんに伝え始めて。
 ふと、中嶋さんと目が合った。
 青ざめたままの俺を見て、一瞬だけバカにしたような笑みを浮かべると、すぐに目を反らして熱心に王様の話を聞き始めた。いや、聞くふりを始めた。
 
 こんな中嶋さんに、一体俺はいつ慣れることが出来るんだろう――
 






END